大関誠は温泉大臣~俺、異世界に温泉旅館作ります!~

八百十三

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第2章 驚きの温泉

第9話 アリシアなう

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 タサック村を揺るがす世紀の大発見から三日後。俺は宿屋「鋼鉄の駄馬亭」の一室でそっと目を覚ました。
 俺はあれからこの村に滞在し、シルヴァーナとローランドについて坑道の調査に当たっていた。エドマンドとマテウスは、村に残って鉱山の管理会社や帝都の霊泉監督庁と諸般のやり取りにあたっている。
 で、それら諸々の仕事が終わった夜半になれば、「鋼鉄の駄馬亭」の食堂に集って鉱山関係者も交えての大宴会。
 名物料理のタサック牛(この村は郊外に牧場がたくさんあるらしい)のホロホロ煮は、ほっぺたが落ちるほどに美味しくて柔らかかったし、エールも飲みやすくて美味しかった。

 ただ正直、騒ぎすぎだろう、宴会を催すお金はどこから出るんだ、早くヴェノに帰りたいと何度も思ったが、エドマンド達や鉱山の人達が心底嬉しそうなのもあり、なかなか言い出せずにいた。
 ヴェノに帰って依頼の達成報告もしないとならないのでは、と問うたこともあったが、まだ調査は完了していないとけんもほろろ。
 それに、霊泉監督庁の査察がもうすぐ入るのに、発見者の俺がタサックを離れるというのも、どうにも後味の悪さを感じる。

 カーテンの隙間から差し込む上りゆく朝日に、そっと目を細めてみる。部屋に朝日が差し込んでも、部屋が分かれているシルヴァーナを除いた他の三人は一向に目を覚ます様子はなかった。
 俺が早々に音を上げたのに対して、全員浴びるようにエールを飲んでいくのだから恐れ入る。あの大人しい外見のマテウスがパーティー一の酒豪なのには正直ビビった。
 この熟睡ぶりだとしばらく目を覚ます様子はないだろう。朝食の時間まで二度寝を決め込もうか、と考えたところで。
 コンコン、と部屋のドアがノックされた。

「お休みのところ申し訳ございません、マコト様にご来客です」

 ドアの向こうから聞こえてくるのは宿の女将さんの声。俺は大きく首をかしげた。
 査察が入るのは今日の昼過ぎからの予定だったはず。こんな朝早くから来るはずもない。ならば誰が、しかも俺を指名して会いに来たというのだろう。
 とはいえ待たせるのも申し訳が無い、俺はそっとベッドから降りると手早く身なりを整え、ドアを開ける。果たしてそこには申し訳なさげに微笑む女将さんの姿があった。

「お待たせしました……俺に来客と?」
「はいそうです、犬の獣人ビーストレイスで巻き毛の可愛らしいお嬢様が」

 もし女将さんの向こう側に鏡があったら、さぞかし目をひん剥いている俺の顔が映ったことだろう。
 俺への客。犬の獣人ビーストレイス。巻き毛のお嬢さん。
 条件に合致する俺の知人は一人しかいない。まぁそもそもこっちに来てからの知人なんて両手で数えるくらいしかいないけど。
 俺は深く、そう深くため息をついたのだった。



「あっ、マコトさーん!おはようございますー!」

 階段を下りて宿のロビーに出た俺を、三日前から聞けずにいた声が出迎える。
 もう遠目からでもわかるほどに尻尾をぶんぶん振りながら上機嫌で出迎えたのは、やはりというかまさかというか、ヴェノに残ったはずのアリシアだった。
 階段を降り切ったところで手すりに手をかけたまま硬直する俺のもとへ、アリシアが一目散にかけてくる。
 そして。

「大発見おめでとうございますー!!」

 飛びつくようにして俺に抱き着いてきた。
 俺の露出した肌にアリシアのもふもふした柔毛が優しく触れ、俺の胸から腹にかけてブラウスとベスト越しにでもその豊満な形状がありありと分かるバストが柔らかく触れる。
 いきなり思い切り接触した女性の豊かなお胸に俺の脳みそが瞬間沸騰する。同時に抱き着かれた勢いに押され、ぐらり傾ぐ俺の体躯。

「あっ」

 そう儚い声を残して、俺は階段のステップに後ろ向きに倒れこんだ。



「……ーい、おーいマコトー、生きてるかー?」
「マコトさんしっかりしてくださいー!」

 暗転していた意識が覚醒してくると、俺の視界にまず入ってきたのは俺の顔を間近でのぞき込むエドマンドとアリシアの顔だった。
 どれくらい気を失っていたのかは分からないが、俺はどうやら倒れこんだ衝撃で気を失っていたらしい。
 星が散りながらもだんだんと鮮明になる視界。そして気付いた、なんか頻りに頬をぺちぺち叩かれている。この遠慮のない叩き方はエドマンドだな、そうに違いない。
 俺は数回目を瞬かせると、ゆっくりと身体を起こしていった。ぶつけた後頭部が随分痛い。

「大丈夫です、というかアリシアさん、なんで……」
「わーん生きてたー、ごめんなさい私が急に抱き着いたからー!」

 上半身を起こしたところに再びアリシアが抱き着いてきた。泣きながら。再び後方に体重がかかるのを腕で押し留めてぐっとこらえる。さすがに二度目は回避した俺だ。
 傍らでエドマンドが呆れ返った表情で俺の背中を叩く。

「ったく、階下が騒がしいと思ったら鼻血噴きながら倒れてるんだからビビったぞ。なにやってんだ、マコト」

 エドマンドの言葉に、俺はゆっくり視線を下に下げる。アリシアが身体にぴったりくっついてよく見えないが、身に着けているシャツの首周りに、確かに血が飛び散った跡が見える。
 そして俺はようやく、自分の鼻に詰め物がされていることに気が付いた。この世界も鼻血の止め方はこれなんだなぁ、変なところで親近感を覚えてしまう。
 ともあれ自分の置かれている状況をはっきり認識した俺は、抱き着くアリシアをなだめつつ、俺は本題を切り出しにかかった。

「とにかくあれです、アリシアさん、何でタサックにいるんですか。ギルドの仕事はどうしたんですか」
「そういやそうだ、アリシアちゃんは仕事があるから、ヴェノに残ったんじゃなかったのか?」

 エドマンドもようやく現状のおかしな点を認識したらしく、俺と一緒になってアリシアに言葉をかける。
 したらばアリシアはふんすと鼻を鳴らし、胸を張りながら口を開いた。

「安心してください、私はギルドの仕事でここに来ていますので!
 先日マコトさんたちが発見された万能霊泉ソーマスプリングについて、帝国内の冒険者ギルドにも情報が回りまして。
 タサック村はヴェノ特区市の管轄内になりますし、調査依頼を発行したのがうちのギルドということもあって、うちのギルドの人員を現地に派遣して調査に当たるパーティーとギルド間の連携を取って、円滑に調査を進めよう、となったんですね。
 その人員派遣に志願しました!ちゃんとギルドから魔法板タブレットも支給されてます!」

 そう言いながらアリシアは肩掛けカバンから大きな石板を取り出して掲げてみせる。話に聞く魔法板タブレットは思いの外大きく重量のある代物だった。
 本来は高ランクのパーティーに支給され、ギルドとパーティー間で密に連絡を取れるようにするものらしいが、今回の案件の重要度を鑑みて特別に支給されたとはアリシアの弁だ。
 なんか体格の割には抱き着いてきたときの衝撃がでかかったなと思ったら、こいつのせいか。
 俺がやれやれと後頭部を掻いたところで、シルヴァーナ、マテウス、ローランドも階段を下りてくる。その後ろからついてきた女将さんがおずおずと声をかけてきた。

「あの、お客様方、朝食の準備が整いました。よろしければお召し上がりください」
「わーいいただきますー!「鋼鉄の駄馬亭」の牛乳とチーズ、美味しいんですよねー」

 俺の上に乗っかったままでアリシアがはしゃいだ声を上げた。いい加減俺の上から降りてくれませんかねぇ。



 朝食を取り、鉱山の会社社員にこれまでの調査結果を報告した俺は、村の入り口に面した牧場でのんびり空を眺めていた。
 あの後複数回に分けて調査を行った結果、黒金鉱石(正体は閃ウラン鉱でラジウムを豊富に含むと、ローランドの鑑定で判明した)が鉱山深部に結構な量埋蔵されていることが判明し、今後は黒金を中心に採掘して運営していくそうだ。
 源泉については恐らく、帝国の直轄になるだろうとのこと。まぁ霊泉を管轄する省庁があるくらいだし、それだけ効能が強い温泉だというなら、そうもなるだろう。

「源泉が国の管轄になったら気軽に触れなくなるのかなぁ……一度くらい入っときゃよかったか……」

 温泉好きなら誰もが憧れる天然ラドン泉。しかも地球だったら世界屈指のレベルになる放射能の強さを誇る温泉。温泉好きとして惹かれないわけがないじゃないですか。
 でも俺はただの温泉オタク。温泉を掘る力も温泉を適温に保つ力も無い。宙を見上げながら「なーんてなー」なんて力なく呟いたところで、地面を叩く蹄の音と、車輪の回る音が聞こえてきたことに気が付いた。
 視線を村の門の外に向けると、二頭引きの馬車が一台、こちらに接近してくるのが見える。俺達がタサックに来る時に乗ってきた乗合馬車の何倍も豪奢で、堅牢な造りになっている車体には、円形の中に双頭の鷲が描かれた紋章が刻印されているのが分かった。
 その紋章、俺には馴染みのないものだったが、どんな意味を持つのかはマテウスから聞かされていた。彼が伝令を帝都の霊泉監督庁に送った後、返ってきた返事の書面に記されていた紋章だ。

「皇帝家の紋章……とうとう来たのか、査察団」
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