大関誠は温泉大臣~俺、異世界に温泉旅館作ります!~

八百十三

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第4章 温泉旅館に必要なもの

第25話 オープンなう

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 神聖暦751年風月25日。

 年末も近づき、街が年越しで活気づく中、レイヨン区タサック村は馬車で溢れかえっていた。
 重厚な造りをした車体にかかる垂れ幕には、神聖クラリス帝国皇帝家のみならず、ファヤ教教主家の紋章も見受けられた。
 更には近隣のアチソン公国の公爵家、ローゼンダール大公国の大公家の馬車だけでなく、東方のシュマル王国の王家や北方のエルデナー共和国の代表者の馬車、南方海域のアグロ連合国の馬車までもが並んでいる。
 まさに、チェルパを構成するほとんどの国の代表者が、一堂に会していた。
 こんな錚々たる顔ぶれが、世界初の温泉旅館の・・・・・・・・・オープンを祝うために・・・・・・・・・・、年末の忙しい時期にこうして集まってくれているわけだ。

 他にも、神聖クラリス帝国内の商工会のトップ、霊泉スプリング所有者、近隣の村々の村長などが、セレモニーに出席している。
 集まったやんごとない身分の人々、そこまでとは行かずともいい身分の人々が、ギャラリーとしてその時が来るのを今か今かと待ち構えているのをステージの端からチラリと見て、俺は身体の震えが一層強くなるのを感じていた。
 仕立てたばかりのジャケットの上から腕を握りながら、ぎこちない動きで視線を右に向ける。

「クレマンさん……俺、緊張のあまり挨拶トチりそうで怖いんですけど……」
「はっは、大丈夫ですよマコト殿。失敗しても責め立てられたりしませんから、ゆっくり確実に話していきましょう」

 俺の隣で、上から下まで上等な衣服に身を包んだクレマンが、身体を揺すって笑いながら俺の背中を叩いた。
 だが、励まされても俺の緊張と震えが収まる様子はない。むしろ一層緊張が強くなった気すらした。ほんと、失敗したらどうしよう。うまく言葉が出てこなかったらどうしよう。
 腕を掴む手を離して、ポケットをまさぐる。その中に小さな紙が入っているのを確認した。取り出して広げるそれは、昨日、イーナとクレマンに清書してもらった挨拶の文面だ。
 その文字に目を落としつつ深呼吸していると、ステージからイーナの声が聞こえてきた。

「それでは皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより、温泉旅館「オオゼキ」のオープンセレモニーを、始めさせていただきます!」

 今回のセレモニーの司会を務めるイーナの声が、声を拡散させるマイクのような魔道具によって出席者に届けられる。同時に拍手と、記録機のシャッターが下ろされる音が聞こえてきた。
 いよいよだ。

「始まりましたな、マコト殿。行きましょう」
「は、はい……」

 クレマンに背を押されるようにして俺は、ステージの袖から真ん中へと、記録機のフラッシュが焚かれる中を一歩一歩、震えながら進んでいくのだった。



 手に持ったメモをぐっと握りしめ、身体をガチガチに緊張させた俺が正面を向くと、文字通り目の前が真っ白になった。
 客席の様子など目に入らないくらいに、記録機のフラッシュがまぶしい。
 そのまばゆい光に頭がくらっとなるのを何とかこらえると、俺とクレマンの左側に立つイーナの声が大きく響いた。

「皆様の御前におりますのが、左から温泉旅館「オオゼキ」のオーナーであるマコト・オオゼキ、館長を務めるクレマン・ピアンターテでございます。
 司会進行は私、イーナ・ドットヴァイラーが務めさせていただきます。それでは初めに、館長であるクレマンより一言、ご挨拶を申し上げます」

 イーナが手に持った魔道具をクレマンに手渡した。その丸っこい身体を張るようにしながら、クレマンがゆっくりと口を開く。

「えー、只今ご紹介に与りました、「オオゼキ」の館長の任を拝命いたしましたクレマン・ピアンターテでございます。
 私は宿屋「紫陽花亭」のオーナーとして、これまで世界各地に数十を超える宿屋を作ってまいりました。
 その私でさえも、今回の温泉旅館「オオゼキ」の館長就任のお話を頂いた際には、果たして私に務まるだろうかと、不安を覚えたものです。
 この世界チェルパに今まで存在しなかった、「温泉旅館」という、霊泉スプリングと宿屋を一つにまとめた新しい業務形態。異世界ソレーアより持ち込まれた、新しい宿屋の形。
 こちらにいらっしゃるオーナーのマコト・オオゼキ殿と、霊泉監督庁長官であるイーナ・ドットヴァイラー女史、共に勤務するスタッフの皆様、建設にご尽力いただいた働き手の皆様。
 皆様の多大なるお力添えがあって、こうして「オオゼキ」は形になりました。

 えー、私達は今まさに、新たな世界が始まる、歴史的な瞬間を共にしているのでございます。
 これまでにない体験を、極上の温泉と共に、皆様に提供できれば幸いでございます。
 タサックから世界へ、沈み風呂ヴァン・エヴィエの普及と啓発を!この合言葉と共に、スタッフ一同精一杯のおもてなしをさせていただきます。
 簡単ではございますが、挨拶とさせていただきます。皆様、ありがとうございました」

 挨拶を終えたクレマンが頭を下げると、大きな拍手がギャラリーから沸き起こった。
 さすがの風格、さすがの貫禄だ。大勢の前での挨拶に慣れているのがひしひしと伝わってくる。その経験のちょっとでも分けて欲しい。
 クレマンから魔道具を返されたイーナが、再び声を張った。

「ありがとうございました。それでは続きまして、オーナーのマコトよりご挨拶を申し上げます」

 その言葉と共に魔道具が俺へと差し出された。挨拶前だというのに拍手が沸き起こる。
 拍手が大きく響いているというのに、俺の喉がつばを飲み込む音がいやに大きく聞こえた。心臓が早鐘を打っている音も感じられて、耳が痛い。
 頭の中が真っ白になってマイクへと手が伸びない俺に、イーナの手がそっと添えられた。そして口が小さく動く。

「大丈夫ですよ、オオゼキさん」

 いつもと同じ口調で、でもほんのり穏やかなその声に、ほんの少し、気持ちが楽になった気がした。
 ぎこちない動きで手を差し出し、魔道具を受け取りしっかり握る。もう片方の手で挨拶の文面をしっかりと持って、俺は口を開いた。

「っっ……」

 声を出そうとして、肺から空気を送り出そうとするも、俺の喉からは引き攣った声しか出なかった。
 まいった、どうしてこんな時に、こんな晴れの舞台に、俺はこうなんだ。折角イーナも励ましてくれているというのに。
 俺は手に持つ魔道具を、もう一度ぐっと握った。目を強く瞑って、改めて声を張り上げる。

「ご、ご来場の皆様、こ、この度は、温泉旅館「オオゼキ」の、オープンに先立ちまして、こうしてお集まりいただき、感謝いたします。
 本旅館の、お、オーナーに就任いたしました、マコト・オオゼキ、と申します。
 名前からお分かりかと思いますが、私はいわゆる、来訪者マレビトです。地球ソレーアの、日本という国から、今年の熱月に来ました。
 本旅館に引いている、二つの霊泉スプリングは、私がこの、タサック村で発見したものです。これを何か活用できないか、そう考えた時に、故郷の温泉旅館を、こちらにも作れないか、と思いました。
 チェルパでは、風呂を入る時に、蒸し風呂ヴァン・ヴァポールが主流だと聞きました。それでも、湯の中に浸かる沈み風呂ヴァン・エヴィエの風習もあると聞いて、私は確信しました。
 ソレーア式の、日本式の温泉旅館を、こちらでもきっと作れるはず、だと。

 この旅館のデザインは、私が日本で訪れたことのある中で、特に気に入っている旅館の建物を、モチーフにしたものです。
 お部屋の内装も、風呂場も、私達がデザインいたしました。
 きっと、異世界を、私の故郷の世界を、か、感じてもらえることと、そう思います。
 今日この後、ご来場の皆様には、本旅館の温泉と、レストランのお食事をご堪能いただく予定を組んでおります。是非とも満喫していただければと思います。
 これからも、温泉旅館「オオゼキ」を御贔屓にして、いただければと、思います。ありがとうございます」

 挨拶文を読み切って、俺は大きく頭を下げた。
 そんな俺へと向けられる大きな拍手は鳴りやまない。顔を上げてギャラリーを見ると、皆にこやかな笑顔をして俺に拍手を送っていた。
 俺はやっと、緊張から解放されて晴れやかな笑みを浮かべるのであった。



 挨拶を終えて、セレモニーの式次第が滞りなく進み、最後の挨拶も終わって俺がステージ上から降りると。

「マコト・オオゼキよ、挨拶ご苦労であった」

 俺に声をかけてくる老年の男性がいた。豪奢な衣装に身を包み、円形の中に双頭の鷲が描かれた紋章が刺繍されたマントを羽織ったその人物を前にして、俺は背筋をピンと、それはもうピンと伸ばした。

「こ、皇帝陛下!!勿体なきお言葉にございます!!」

 そう、この男性こそ神聖クラリス帝国第156代皇帝、エドゥアール8世である。
 エドゥアール8世は深くしわを刻んだ顔を柔らかく笑みの形に作ると、左手をスッと差し出してきた。

「よい。チェルパに転移して間もない頃合いより、この国のために尽くしたその方の働き、誠に大儀である。
 帝国の魔導省よりレイヨン市に住居を与えたことと思うが、居心地はどうかね?」
「は、はいっ!た、大変結構なお住まいを頂戴しまして、感謝しております!」
「そうか、それは何より。
 それで、旅館の完成の暁に、もう一つその方に与えようと思うものがあるのだ」

 随分と唐突なエドゥアール8世の発言に、俺は口をぽかんと開いた。そんな俺の様子を気にすることなく、エドゥアール8世は言葉を続ける。
 仰ることには。

「後日に、正式に授与式を執り行うが、その方に「温泉大臣・・・・の称号を与えよう・・・・・・・・
 新たな万能霊泉ソーマスプリングを発見し、それを国民に温泉旅館という形で広く知らしめた功績を讃えてのものである。誇りを胸に名乗るがいい」

 エドゥアール8世の発言に、俺はいよいよ顎が外れるかと思った。
 周囲で話を聞いていた人々が再び俺へと拍手を送ってくる。「おめでとう」との声も方々から聞こえてきた。
 俺は皇帝陛下に、深く、深く頭を下げたのだった。

「……ありがとうございます!!」



 温泉旅館「オオゼキ」オーナー、マコト・オオゼキ、20歳。
 「温泉大臣」の称号までもいただいてしまった俺は、恐縮と感激が綯い交ぜになった心境のまま、各国首脳陣に取り囲まれるようにして、温泉旅館の案内を始めるのだった。

 各国首脳陣、各商工会トップ、霊泉スプリング所有者、村長、全員の評価はいずれも上々。
 沈み風呂《ヴァン・エヴィエ》をより普及していこうと話す人もちらほらといる程には、温泉の評価がよかった。
 これは、先行きが期待できそうだ――そう、俺は確信していたのである。
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