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第2章 冒険と昇進

第18話 着ぐるみ士、雷の森に至る

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 ジャコモが走り始めて二時間が経っただろうか。
 俺は彼の背中にしがみつきながら、ぐんぐん迫っては後方に消えていく風景と、だんだん大きくなってくる落雷の音に慄いていた。
 視線の先の空はどんよりと曇り、幾筋もの稲妻が光っている。明らかに異常な天候だ。

「なんか、ひっきりなしに落雷が見えるんですけど!?」
「俺にも見える!! これ、あいつ相当機嫌が悪いかもな!!」
「うわー、お空キレーイ!」

 絶えず脚を動かすジャコモも、俺の叫びを受けて声を張った。一方俺の後ろにいるリーアは、至って呑気なものである。よくまあ、あの空を見てキレイとか言えるものだ。
 しかし、アンブロースの機嫌がそんなに悪いとなれば、話をするにはよろしくない。もしかしたら既に冒険者ギルドが依頼を発行しているかもしれない。

「こんな時に行くんですか!? 日を改めた方が――」

 別の日にした方がいいのではないか、と提言する俺だが、しかしジャコモはぶるぶると首を振った。むしろ更に速度を上げにかかる。

「いや、こういう時だからこそだよジュリオさん!! 機嫌が悪いのを鎮圧できるって方が、能力示すにはちょうどいいだろ!!」
「えぇー!?」

 彼の言葉に、俺は悲痛な声を上げる。確かに自分の力を示し、配下についてもらうにあたり、不機嫌で荒れているところを抑え込めれば一番いいだろうが、それにしたってこんな雷がひっきりなしに落ちている状況で戦うなんて。
 内心で震え上がりながらも、俺は視線を前に向ける。もう、ピスコボ森林の木々がよく見える距離まで来ていた。

「ってか、もうピスコボ森林が見える距離まで来たんですか!? こんなに早いんですか、フェンリルの足って!?」
「早いだろ! ジュリオさんもこの速度で走れるんだぜ!」

 俺の言葉にそう返しながら、ジャコモは楽しそうに声を上げた。
 都合二時間を全速力で駆け続け、それでオルニの町からピスコの村まで到達できるとは、恐るべし。早馬を走らせても、半日はかかる距離なのだ。
 それだけの速度で駆けると言うことは、相応の音と風が発生するということ。事実、森の入り口に立つ人間達が、驚きに目を見張りながらこちらを指差していた。

「な、なんだっ!?」
「魔狼だ、魔狼がこっちに向かって走って――!!」

 五人、十人、十五人……三組から四組の冒険者パーティーがそこにいた。ざっと情報を見るに、いずれもA級以上だ。
 だんだんと接近してくる冒険者達の姿に、ジャコモがすんと鼻を鳴らす。

「既に冒険者が集まってるみたいだな」
「どうします、一度止まって僕から話をしましょうか?」
「いや、大丈夫。俺はジュリオさんの従魔だからな、今は。そのまま行こう、速度を落とすから気をつけて」

 俺の言葉にそう返すと、ジャコモは一気に速度を落とした。俺の身体がぐいっと前方に振れ、彼の首の毛皮に押し付けられる。

「わ……!!」

 着ぐるみ越しでも分かるそのもっふもふな感触に俺が目を閉じた時には、既に歩くくらいの速度まで落としていたらしい。人間を巻き込むことなく無事に停止できた事に、ジャコモが深くため息をついた。

「ふーっ。よし」
「あわわ……」
Xクラス規格外扱いの魔狼だ……雷獣が暴れている時に来るなんて、この村はおしまいだ……」

 対して、冒険者集団はものの見事に恐れおののいていた。
 当然と言えば当然だろう、何しろ神獣を鎮圧するために来たはずが、その場にもう一頭神獣クラスの魔物がやって来たのだから。
 ジャコモを取り囲んで己の武器を握る冒険者達だが、その手は震えている。加えて、その武器を抜き放つことはしない。
 当然だ、彼らの目にはジャコモの首の紋章が、彼が俺の従魔であること・・・・・・・が見えているのだから。
 程なくして、ジャコモが戸惑いがちに口を開いた。先程までの魔獣語ではなく、人間語で言葉を発する。

「えーと、あのな? 俺、別に皆の邪魔をしに来たわけじゃないからな?」
「ひっ、喋った」

 その声に、冒険者達がまたも震え上がる。
 人間語での会話を習得している魔物は、いないわけではない。むしろ従魔になっている魔物はほとんどが人間語で喋れる。
 しかしそれでも、魔狼ほどの魔物が人間語で喋るというのは大事おおごとだ。如何にジャコモが元から喋れるタチだとしても、である。

「あ、あのー、もう降りていいですか」

 緊張と恐怖が場を支配する中、俺はおずおずと顔と手を上げた。
 フェンリルの着ぐるみを身にまとった俺の姿と、顕になる俺の簡易情報ステータスに、またしても場がざわめき出す。

「X級の着ぐるみ士キグルミスト!?」
「ジュリオ・ビアジーニ……まさか、『白き天剣ビアンカスパーダ』の!?」

 彼らの言葉に、俺は小さく首を傾げた。
 なんだかんだ、パーティーを解雇されてからまだ一週間も経っていない。「双子の狼ルーポジェメリ」が知られていないのも、無理はなかった。

「今はもうそのパーティーの一員じゃないんですけどね」
「どうもー、『双子の狼ルーポジェメリ』のジュリオとリーアでーす!」

 後頭部を掻きながら話す俺の隣で、リーアが元気に挨拶する。
 にわかに冒険者集団がざわつく中、金属製の軽鎧を身に纏った長身の女性が、一歩前に踏み出る。その胸元には「勇者」を示す紋章が輝いていた。

「誰かと思えばジュリオ君か……二重職業ダブルクラスとなって、規格外のステータスを身につけたと聞いていたが、魔狼を従えるとはすさまじいな」
「ルドヴィカさん、お久しぶりです……ええ、俺も、正直びっくりしてるんですが」

 「荒ぶる獅子ルヴィードレオネ」のリーダー、S級冒険者の剣士、『獅剣しけんの勇者』ルドヴィカ・ディ・ヴァイオが、俺の姿を見るなり深くため息をついた。
 Sランクパーティー「荒ぶる獅子ルヴィードレオネ」は、ヤコビニ王国に所属するパーティーでも特に優秀な集団だ。規律の整った戦闘は、あらゆる冒険者のお手本になるとまで言われている。
 そのリーダーであるルドヴィカとは、「白き天剣ビアンカスパーダ」時代に何度も顔を合わせている。彼女のパーティーメンバーには、かつて「白き天剣ビアンカスパーダ」から離脱した者もいるから、俺やイバンは彼女のパーティーとはそれなりに親しかった。
 他に居並ぶ面々も、S級やA級の冒険者がほとんどだ。かなりの実力者揃いと言えるだろう。

「これだけS級冒険者やA級冒険者が勢揃いしているということは、依頼の発行は、もう?」

 その場の冒険者達に目を向けながら俺が問いかけると、ルドヴィカはコクリとうなずいた。

「ああ、されている。君たちも、それを受けてやって来たんじゃないのか?」
「いや、俺たちは……」

 やはり、依頼の発行は済んでいたらしい。
 ピスコの村のように小規模な村でも、大概は冒険者ギルドの出張所が設けられ、依頼の発行と受注、完了が出来るようになっている。そうして冒険者の仕事が、なるべく慈善活動ボランティアにならないように気を配っているのだ。
 とはいえ、俺たちはオルニの町のギルドには寄っていないし、その話を聞いてもいない。完全に慈善活動ボランティア気分だ。リーアもジャコモもゆるゆると頭を振る。

「あたし達は『くえすと』で来たんじゃないよ。お友達に会いに来たの」
「これだけ機嫌が悪い状態だと、知り合いの俺でも抑えるのに一苦労だと思うけどな。でも、ジュリオさんがいるなら平気だろ」

 魔狼兄妹の言葉に、冒険者の面々は驚きを通り越して呆れを含んでいた。

「お友達……」
「サンダービーストが友達だなんて、魔狼とは恐ろしい……」
「友達感覚で気軽に会いにくる相手じゃないだろうに……」

 その反応に、小さくため息をこぼす俺だ。
 当然の反応だろう、何しろXランク規格外扱い、ひと暴れすればそれだけで森を焦土に変えてしまう神獣だ。このピスコボ森林だって、何度も雷で焼き払われては、村民が植樹して形を保ってきたのだ。
 その相手を、お友達呼ばわり。関係性も規格外過ぎて何も言えない。
 ルドヴィカも面食らっている様子だったが、納得した様子でうなずいた。

「……分かった。可能なら、君たちにも同行してもらえると有り難い。X級が一人いれば、こちらも大いに助かるだろう」
「了解です。手続きしてきますね」

 その言葉に俺もうなずいた。元々森の中に入り、アンブロースと相対する予定なのだ。彼が目標の依頼が発令されているなら、受注してから行ったほうがいい。
 俺はジャコモの首を軽く叩いた。冒険者ギルドの出張所がある、ピスコの村に行かねばならない。

「リーア、ジャコモさん、行こう」
「はーい」
「分かった」

 一声かければ、リーアもジャコモもすぐにうなずく。そしてのっしのっしと、大人しく俺の後ろについて歩くのを、冒険者達は呆気にとられて見ていた。
 そして、同様にこちらの背中を見ていたルドヴィカが、ポツリと呟く。

「あれが、『西の魔狼王・・・・・』の力か……」

 その声色には、確かな敬意と、僅かな怖れがにじんでいた。
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