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第2章 冒険と昇進

第20話 着ぐるみ士、特攻する

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「ギィィィッ!!」
「シャァッ!!」

 雷が四方八方から飛ぶ。それと一緒にサンダービーストが飛び掛かってその爪牙そうがを振るってくる。
 それを受け止めるのは盾役の重装兵ガードたちだ。自身の背後に治癒士ヒーラー罠師トラッパーをかばいながら、敵の攻撃をその身で防いでいく。
 その守りの隙間から、弓使いアーチャーが矢を射かけ、魔法使いソーサラーが詠唱の短い第一位階の魔法を浴びせかける。そうして獣たちが身を引いたところに罠師トラッパーが罠を仕掛けて動きを止める。
 実に効率のいい、戦術的な戦いがそこで繰り広げられていた。それを指揮するのは、当然ルドヴィカである。

「後衛職は円陣の中心に集まって背中合わせになれ!! 前衛職はその周囲に配置、連中を近づけさせるな!! 魔法使いソーサラーは雷避けの雷球サンダービットを絶やさず回せ!!」

 この指揮能力と、居合わせた他パーティーの戦力も的確に動かせるのが、彼女の大きな強みだ。元々はヤコビニ王国の近衛騎士団に所属していたという話だから、その能力の高さもうなずける。
 サンダービーストたちの攻撃の第一波をしのいだところで、ルドヴィカの鳶色とびいろの瞳が俺達に向いた。

「ジュリオ君、リーア君、ジャコモ! S級の私がX級相当の君たちに指示を飛ばすのは非常に心苦しいが、従ってもらえるか!」

 その、こちらの立場との差を考慮しながらも、力強いその言葉。俺はすぐさまうなずいた。拒否する理由はどこにもない。

「当然です!」
「言われた通りにするよー!」
「気にせず指示をくれ、なんだ!」

 リーアもジャコモも、俺と共に彼女に指示を求める。その反応に口角を持ち上げながら、ルドヴィカの長剣の切っ先が集団の向こうに向いた。その剣の先から風がほとばしり、風弾となって地面に着弾する。
 風が吹き荒れたそこには、集団から一人離れてアンブロースが座している。彼も彼で雷獣達を指揮しながら、幾筋もの雷をこちらに向かって飛ばして来ていた。
 雷避けの雷球サンダービットは絶やさずに展開されているが、アンブロースの雷一発を吸い寄せたビットは即座に爆発していた。通常のサンダービーストの雷を四発吸い寄せても爆ぜないのに、恐ろしい威力である。

「我々の陣営にとって、君たち三人の戦力は大変に貴重だ。Aランクの通常の雷獣どもなら私たちでも相手は出来るが、『雷獣王』は手に余る。ついては、突破口が開けたら早急に、君たちは『雷獣王』を抑えにかかってもらいたい」
「なるほどな」

 『雷獣王』アンブロースを憎らし気にねめつけながら、ルドヴィカは俺達に言葉をかける。視線の先ではアンブロースが魔獣語で、前衛のサンダービーストへと鋭い声を投げていた。

「怯むな雷獣ども! 人間ごときに後れを取ることなど、ないということを見せつけてみろ!」

 その言葉を受けて、攻撃の第二波が始まる。再び重装兵ガード戦士ウォリアーへと食らいついてくる獣達を、冒険者は必死になって抑え込んでいた。
 前衛のサンダービーストの直接攻撃と、木の上にいるサンダービーストの放つ雷だけならまだ御しやすいが、そこに『雷獣王』の的確な指揮と、強力な雷の援護が加わる。戦況はギリギリだ。

「相手はこっちから距離を取って、雷獣をけしかけながら雷を飛ばして来ている……俺たちが抑えられれば、その両方を止められるからな」
「そうだ。彼奴きゃつの後方からの援護がないだけでも、だいぶ楽になる」

 俺の発した事実確認に、ルドヴィカも頷きながら魔法を飛ばす。正直、彼女自身も指揮に徹しているわけにはいかない現状だ。
 そうなれば、俺たちが働かないわけにはいかない。ここでX級クラスの三人が動き出せば、一発でひっくり返せるはずだ。

「了解! ジャコモさん、派手に行くぞ!」
「よっしゃ、うまく使ってくれよジュリオさん!」
「あたしも頑張るよー!」

 俺とジャコモ、リーアの三人は一気に飛び出した。
 リーアは戦士の多く配置した右手側へ、俺とジャコモはその逆側へ向かう。走りながら、俺はジャコモの肩をポンと叩いた。

「ジャコモさんは左手、重装兵ガードのアレッシアさんの援護を頼む! 俺はその周辺を散らす!」
「あの盾持ちの女だな? 任せろっ、ガァァァッ!!」
「ギアァァァ!!」

 彼が一言吠えながら飛び掛かれば、重装兵ガードのアレッシア・ボゼッティに組み付いていたサンダービーストが一息に吹き飛ばされた。それと一緒になってその延長線上、数体のサンダービーストがまとめて風に吹き飛ばされていく。
 フェンリルの得意とする風魔法、風牙ガストファングだ。咆哮が突風を伴って、獣が牙で食らいつくように襲いかかる。もちろん、味方側と認識されているアレッシアにはなんのダメージもない。さすがだ。
 後方では、リーアが目まぐるしい動きで跳び回りながら、前衛後衛お構いなしにサンダービースト達を殴り飛ばしていた。一足いっそくで木の枝まで跳び乗っては、そこに陣取る獣を叩き落している。

「ギュフッ……!」
「ジュリオー、あたしはこのままでいいんだよねー?」
「ああ、どんどん接近して、どんどん暴れてくれ!」

 明るく朗らかに声をかけてくるリーアに言葉を返しながら、俺も前衛のサンダービースト達を蹴散らしていった。一発殴るだけで、Aランクのサンダービーストが面白いように吹っ飛ばされていく。
 ある程度戦況がこちらに傾き、スペースも出来たところで、俺はほぼ両隣にいる戦士ウォリアーのロージー・マーニとモレノ・ガイアルドーニに、強く声を飛ばした。

「ロージーさん、モレノさん、広範囲に魔法いきます! 下がって!」
「わ、分かった! ロージー、すぐ引け!」
「えっ、うん!」

 俺の言葉を受けて、二人の戦士がすぐさま後方に下がっていく。俺から数メートルは離れたことを確認してから、俺は両手を前に突き出した。

「黒き嵐よ、闇夜をもたらす鋭き波となれ! 岩雪崩ロックアバランシェ!」

 詠唱を二節省略して、発動するのは岩雪崩ロックアバランシェ。広範囲に岩を召喚し、大質量で一気に押しつぶす、大地魔法の中でもかなり強力な魔法だ。本来なら、高位の魔法使いウィザードでないと習得できない魔法でもある。
 本来だったらもっと詠唱が長く、発動には時間がかかる魔法なのだが、出現した岩の数も大きさも、詠唱を省略せずに発動した時とそう変わらない。サンダービースト達の逃げ場も最早なかった。

「ギッ――!」
「ギャァッ……!」

 次々に岩に押しつぶされて絶命していく獣達。流れていく間の木々もへし折って倒していったから、この一撃で倒したサンダービーストは二桁に上るだろう。
 数分にも満たない間に一気に戦況がくつがえった様に、ロージーとモレノが呆気に取られていた。

「嘘みたい、岩雪崩ロックアバランシェって大地魔法第七位階でしたよね!?」
「詠唱を二節省略して威力を下げてるはずなのにあんなだなんて、恐ろしいですね、X級ってのは!」
「ものの数手でこれだ、勢いはこちらにある。このまま押し切るぞ!」

 驚き、恐れ、感動。色々な感情がい交ぜになる冒険者たちを、ルドヴィカがさらに鼓舞こぶする。
 対してアンブロースは、あっという間に味方が倒され、不利になったことに目を見張っていた。忌々しく言葉を吐きながら、俺をにらみつける。

「おのれら……!」
「ジュリオ君、あとの連中はこちらで抑え込める。『雷獣王』を!」
「よし!」

 ルドヴィカの力強い言葉に、俺はうなずいた。方向転換してアンブロースに向き直れば、リーアとジャコモの二人に呼び掛ける。

「リーア、ジャコモさん! 道が開いた、行くぞ!」
「分かった!」
「はーい!」

 すぐさま反応した二人が駆け出すとともに、俺も地面を強く蹴った。速度最大。一気に『雷獣王』アンブロースの顔が間近に迫る。

「なに――!?」
「うぉぉぉぉっ!!」

 よもや俺に・・距離を詰められるとは思わなかったのだろう。驚愕に目を見開くアンブロースのその顔面を、俺は一息に殴り飛ばした。
 アンブロースの巨体が宙に浮きあがる。浮いて、地面に叩きつけられ、何度も転がって、一本の巨木にぶつかって止まった。その巨木がみしり、と音を立てる。
 その有り様に、ジャコモがあんぐりと大口を開けて驚いていた。

「ふっ……」
「お、おい、ジュリオさん、いきなりぶん殴って大丈夫か?」
「アンブロースさん、死んじゃった?」

 突き出した拳を引き戻す俺に、困惑しながらジャコモとリーアが声をかける。
 確かに、木にぶつかって倒れ伏したアンブロースは微動だにしない。生きてはいるが、ダメージは相当だろう。
 困り顔の魔狼二人に、俺は軽く首を振る。

「死にやしないさ、Xランクの神獣だぞ」
「いや、でもなぁ……」
「ジュリオも、Xランクだもんね」

 俺の言葉に、何とも言い難い表情のジャコモだ。
 確かに、俺も魔物で考えればXランクの魔狼ウルフ同様。同等同士で本気でぶん殴った形なのだ。万一が無いとも言えないわけで。
 と、ようやくアンブロースは息を吹き返したらしい。ゆらりと立ち上がり、地面を踏んだ。

「ふ、ふ……」
「あっ、生きてた」
「おいアンブロース、お前まだやる気かよ。今のジュリオさんのパンチの威力、見ただろ」

 ジャコモが戸惑いがちに声をかけた、次の瞬間だ。
 アンブロースの全身から強大な雷光が放たれた。雷光に飲み込まれた背後の巨木が、一発で根元から消し炭になる。

「やるとも! こんな高揚感は久しぶりだ、人の身の中に魔狼のとてつもない力を宿しているだと!? おい貴様、本気で来い!! 俺も本気で相対してやる!!」
「え、ちょっ」

 アンブロースの視線が向くのは、当然、俺だ。
 俺との一対一での本気の戦いを欲している。それはもう、誰がどう見たって間違いない。止めようもない。
 後方ではルドヴィカをはじめ、冒険者達が困惑する声も聞こえた。冷汗を垂らしながら、俺は傍らの二人にそっと声をかける。

「ジャコモさん、リーア。二人とも頼む」
「うん、なーに?」
「あぁ……」

 短く返事を返してくる二人。俺はすぐさま、後方に向かって腕を振った。

「ルドヴィカさんたちをここから避難させてくれ!! 多分、この森はもうすぐ、ひどいことになる!!」

 間違いなく、森は跡形もなくなる。降り注ぐ雷と未だ光を発し、こちらに全力でダッシュするアンブロースを見ながら、俺は確信していた。
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