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二 夜王府に棲むものは。
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「あの」
木鈴と共に馬車に乗り込み、それが動き出すと、羽綺は夜王府の使用人なのだという少女におずおずと声をかけた。
「はい、奥様! なんでしょう?」
木鈴は元気よく、はきはきと応じてくれる。先程と同じように明るい笑顔を向けられると、羽綺の頬もまた、自然とゆるんでいた。質問の言葉も継ぎやすい。
「差し支えなければ教えてほしいのだけど、わたしは旦那様にとって、何番目の妻なのかしら? これまで楊府から出ることがなかったものだから、世間のことをぜんぜん知らなくて……縁談が決まったのも急のことで、夜王殿下のことをまるで存じ上げないの。殿下の他の妻の方々とも、できたら仲良くしていきたいと思っているのだけど……」
貴族でも、力ある者であれば、第二夫人、第三夫人を持ったりもする。皇族ともなれば、幾人もの妻を府邸に住まわせているのが通常だった。
しかし、羽綺はこれまで、人付き合いという人付き合いをしたことがない。楊家の中でのいままでの生活の経験から、表面を取り繕うのはそれなりにうまくできるような気もするのだが、はたして、同じ人を夫に持つ妻同士の関係にそれが応用できるものかどうか、大いに心配だった。
(やっぱり、ひとりの夫を巡っての女同士の戦いとかがあったりするのかしらね……まるで縁もゆかりもなかった世界だわ。できたら巻き込まれないようにしたいけれど)
羽綺がそっと吐息していると、木鈴は、こと、と、愛らしく小首を傾げた。
「殿下の妻は、奥様おひとりですよ?」
「……え?」
「殿下はいままで王妃を立てていらっしゃいませんし、ご側室もいらっしゃいません。羽綺さまがお輿入れになって、落ち着いたところで、正式に夜王妃として立てていただけるよう、陛下にお願いなさるおつもりとのことでございます」
木鈴の言葉に、羽綺は目をぱちくりさせた。
(妻がわたしひとり? 夜王妃? ……夜王という方は、ずいぶん変わったお方なの? それとも、わたしをうつくしい深層の令嬢かなにかと思い込んでいらっしゃるとか……?)
「あの……」
夜王というのはどんな人なのかと羽綺が続けて尋ねようとしたときだった。
かたことと音を立てながら石畳の上を走っていた馬車が、ふいに、停まった。
「あ、着いたみたいですね。――さ、奥様、きっと殿下がお待ちかねでございますよ!」
「え、ええ」
木鈴に促され、羽綺は戸惑いながらも馬車を降りた。
*
夜王府は、城自体がぐるりと郭壁に囲まれている皇都・長寧の、北東の隅に位置している。さすが王号を持つ皇族の住まう王府というべきか、広大な敷地を誇る府邸であるらしかった。
夜王府という扁額のかけられた立派な門が、いま、羽綺の目の前である。
馭者を務めてくれていた泰然が門扉を叩いて合図をすると、しばらくして、中で閂を上げるらしい音が聞こえてくる。それを待って泰然がおもむろに扉を押すと、きぃ、と、わずかに軋むような音を立てて、それは開いた。
「おかえりなさい、ふたりとも。――そして、ようこそおいでくださいました、奥様」
中に控えていたのは、二十代も中ごろだろうかと思われる青年だった。
物腰はやわらかく、上品な顔立ちをしてはいたが、着ているのは泰然が纏うのと揃いの袍だ。使用人の出で立ちであるということは、この青年が夜王というわけではなさそうである。
「楊羽綺と申します。これからお世話になります」
「わたくしは、宋皓月と申します。当府の家令を拝命いたしております。――奥様には、たいそう急なことで、驚かれましたでしょう? 主人に成り代わりまして、お詫びを申し上げます」
「いえ、あの……たしかに驚きましたけれども、荷物もさほどありませんし、なんとかなりましたから。それよりも、こちらで今後、わたしなどがお役に立てますかどうか、それが不安で」
羽綺が言うと、皓月は穏やかに微笑んでみせた。
「大丈夫でございますよ。むしろ、奥様なしでは、殿下はこの先を生きていかれません」
「はあ……」
(そういわれても……ちょっと大袈裟じゃないかしら)
羽綺が戸惑っていると、羽綺の横に控えていた木鈴が、とことこと皓月のほうへと歩み寄って、その袖を引いた。
「ね、皓月さん、いつまでも立ち話じゃ、奥様が疲れてしまいますよ! 早く中へ入って、あたたかいお茶でも差し上げましょうよ」
「それもそうですね。――奥様には、正堂のうちの、東の一室をご用意いたしております。そちらへご案内いたしますね」
「荷物は後で、兄が運び入れますから……さ、奥様、中へどうぞ」
馬車を停めにいくらしい泰然とはいったんそこで別れ、皓月と木鈴の先導で、羽綺は夜王府へと足を踏み入れた。
すっかり暮れた後だったが、前院の燈籠には明かりが灯されているので、手持ちの提灯がなくても足元は見えていた。
花垂門を越えると院子が広がっていて、やはりここの燈籠にも灯が入っている。門の並びの御座房には明かりが見えるが、対照的に、左右にある廂房は、人がいないのか、夜の中で真っ暗に佇んでいた。
院子を抜けた正面が、夜王府の正堂であろう。一番立派な堂宇である。府邸を取り囲む塀の続き具合から言って、その奥にも、後殿や後院がありそうだった。
(楊府も広いけれど、比じゃないわ)
生まれ育った府邸を出ることのなかった羽綺は、夜王府の規模に圧倒されていた。
「ねえ、皓月さん、殿下は?」
ちょうど正堂へ続く階を上ろうとしたところで、木鈴が誰かを探しでもするかのように、きょろきょろと周りを見まわした。
「殿下はもちろん、すぐに奥様にお会いになるおつもりなんでしょう?」
「それがですね……」
木鈴の問いに、皓月はわずかに言い澱んだ。
青年は、ちら、と、羽綺のほうを振り返る。羽綺はその眼差しを受けて、はたはた、と、黒い目を瞬いた。
(旦那様は、どうかなさったのかしら)
皓月の醸す雰囲気からすると、夜王はすぐには羽綺に会えない、もしくは、会うつもりがないらしい。そちらの都合でこんなにも慌ただしく輿入れ――といっても、羽綺が身一つでやってきただけで、儀式もなにもなかったのだが――させておいて、いったいそれはどういうこと、と、羽綺はわずかに眉根を寄せた。
(もしかして、勢いで縁談を申し込んだものの、冷静になって後悔したとか?)
もしもそうなら、顔を合わせる前の段階で、もはや破談の危機ではないのか。だが、そう好き勝手に振り回されたのでは、こちらとしても、せめて文句のひとつも言ってやりたい気分になる。
(でも、皇族相手にそんなの、言えっこないわね……楊家の名に泥を塗るどころの話じゃないもの)
相手は皇帝陛下の弟君だ。失礼があっては、一族郎党の首が飛んでもおかしくはなかった。
そうなれば、羽綺としては、おとなしく、言われるがままにしているしかない。ふう、と、こっそり息をつくと、皓月の態度には何も気づかなかったふうを装って、羽綺はことりと首を傾げた。
「あの、旦那様はもしかして、お忙しいのでしょうか? わたしに何かお手伝いできることはありますか? あ、炊事、洗濯、掃除と、家事全般はひととおりできますので、何でも遠慮なく言いつけてくださいね」
「まあ、奥様! 家事だなんて、とんでもありませんわ。そういうのはわたくしどもがいたしますから、奥様はのんびりなさっていればいいんです!」
「そ、そうですか……」
これまでずっとやってきたことだから、急にしなくていいと言われても、逆に困ってしまうかもしれない。だが、木鈴の言葉を聴く限りは、夜王にこちらに会う気がないとはいえ、羽綺が早々に王府から追い出されるようなことにはならなさそうだった。
ちら、と、皓月の顔をうかがうと、彼もやわらかく笑んで、木鈴の言を肯定するように、ひとつ静かにうなずいて見せる。
「奥様は、書がご趣味とか。そのことで、いずれ主人より、お手伝いをお願いすることが出てくるとは思いますが……そのときは、どうぞ殿下をお助けください」
「ええ、もちろん……わたしで力になれるのであれば喜んで。――ですが、ほんとうに、他はいいのですか? そういえば、旦那様は、何か生き物を飼っていらっしゃるともおうかがいしましたが」
「……生き物、と、おっしゃいますと?」
皓月はこちらの意図を探るように、じっと羽綺を見て問い返した。その眸の奥に宿る光に、羽綺ははっと息を呑む。
実際は魔物と聞かされているだなどと、まさか正直に言うわけにもいかなかった。あれは義伯母の単なる意地悪だったかもしれないし、と、羽綺は自分で話題を振っておいて、次の言葉を探し倦んでしまう。
(でも、この、皓月さんの反応……まるでほんとうに、何か普通ではない生き物が、ここにいるみたいな……)
羽綺がそう思った時だった。正堂から廂房へと続いている浮回廊の下で、何かが、動いた。
「あ……」
羽綺は思わず声を上げる。
ひょおぉう、と、風が吹きぬける。
その刹那、一斉に夜王府の院子の明かりが消えた。
蒼く月光が滴っている。夜の下の空気は張り詰めるような静謐に満ちていた。
その静けさの中、回廊の下から、のっそりと獣が現れた。
白銀と紫黒色の斑の毛並みの、優雅に長い三本の尾をもつ獣だった。体躯は熊のように大きく、虎のようにしなやかで、皓皓たる月光下に、まるで狼のように気高い姿をさらしている。
目は、顔の中央に、ひとつだけ――……虹彩は黒檀色、瞳孔は青鈍色だ。
「あなた……夢で、逢った」
羽綺は思わず、そうつぶやいていた。
木鈴と共に馬車に乗り込み、それが動き出すと、羽綺は夜王府の使用人なのだという少女におずおずと声をかけた。
「はい、奥様! なんでしょう?」
木鈴は元気よく、はきはきと応じてくれる。先程と同じように明るい笑顔を向けられると、羽綺の頬もまた、自然とゆるんでいた。質問の言葉も継ぎやすい。
「差し支えなければ教えてほしいのだけど、わたしは旦那様にとって、何番目の妻なのかしら? これまで楊府から出ることがなかったものだから、世間のことをぜんぜん知らなくて……縁談が決まったのも急のことで、夜王殿下のことをまるで存じ上げないの。殿下の他の妻の方々とも、できたら仲良くしていきたいと思っているのだけど……」
貴族でも、力ある者であれば、第二夫人、第三夫人を持ったりもする。皇族ともなれば、幾人もの妻を府邸に住まわせているのが通常だった。
しかし、羽綺はこれまで、人付き合いという人付き合いをしたことがない。楊家の中でのいままでの生活の経験から、表面を取り繕うのはそれなりにうまくできるような気もするのだが、はたして、同じ人を夫に持つ妻同士の関係にそれが応用できるものかどうか、大いに心配だった。
(やっぱり、ひとりの夫を巡っての女同士の戦いとかがあったりするのかしらね……まるで縁もゆかりもなかった世界だわ。できたら巻き込まれないようにしたいけれど)
羽綺がそっと吐息していると、木鈴は、こと、と、愛らしく小首を傾げた。
「殿下の妻は、奥様おひとりですよ?」
「……え?」
「殿下はいままで王妃を立てていらっしゃいませんし、ご側室もいらっしゃいません。羽綺さまがお輿入れになって、落ち着いたところで、正式に夜王妃として立てていただけるよう、陛下にお願いなさるおつもりとのことでございます」
木鈴の言葉に、羽綺は目をぱちくりさせた。
(妻がわたしひとり? 夜王妃? ……夜王という方は、ずいぶん変わったお方なの? それとも、わたしをうつくしい深層の令嬢かなにかと思い込んでいらっしゃるとか……?)
「あの……」
夜王というのはどんな人なのかと羽綺が続けて尋ねようとしたときだった。
かたことと音を立てながら石畳の上を走っていた馬車が、ふいに、停まった。
「あ、着いたみたいですね。――さ、奥様、きっと殿下がお待ちかねでございますよ!」
「え、ええ」
木鈴に促され、羽綺は戸惑いながらも馬車を降りた。
*
夜王府は、城自体がぐるりと郭壁に囲まれている皇都・長寧の、北東の隅に位置している。さすが王号を持つ皇族の住まう王府というべきか、広大な敷地を誇る府邸であるらしかった。
夜王府という扁額のかけられた立派な門が、いま、羽綺の目の前である。
馭者を務めてくれていた泰然が門扉を叩いて合図をすると、しばらくして、中で閂を上げるらしい音が聞こえてくる。それを待って泰然がおもむろに扉を押すと、きぃ、と、わずかに軋むような音を立てて、それは開いた。
「おかえりなさい、ふたりとも。――そして、ようこそおいでくださいました、奥様」
中に控えていたのは、二十代も中ごろだろうかと思われる青年だった。
物腰はやわらかく、上品な顔立ちをしてはいたが、着ているのは泰然が纏うのと揃いの袍だ。使用人の出で立ちであるということは、この青年が夜王というわけではなさそうである。
「楊羽綺と申します。これからお世話になります」
「わたくしは、宋皓月と申します。当府の家令を拝命いたしております。――奥様には、たいそう急なことで、驚かれましたでしょう? 主人に成り代わりまして、お詫びを申し上げます」
「いえ、あの……たしかに驚きましたけれども、荷物もさほどありませんし、なんとかなりましたから。それよりも、こちらで今後、わたしなどがお役に立てますかどうか、それが不安で」
羽綺が言うと、皓月は穏やかに微笑んでみせた。
「大丈夫でございますよ。むしろ、奥様なしでは、殿下はこの先を生きていかれません」
「はあ……」
(そういわれても……ちょっと大袈裟じゃないかしら)
羽綺が戸惑っていると、羽綺の横に控えていた木鈴が、とことこと皓月のほうへと歩み寄って、その袖を引いた。
「ね、皓月さん、いつまでも立ち話じゃ、奥様が疲れてしまいますよ! 早く中へ入って、あたたかいお茶でも差し上げましょうよ」
「それもそうですね。――奥様には、正堂のうちの、東の一室をご用意いたしております。そちらへご案内いたしますね」
「荷物は後で、兄が運び入れますから……さ、奥様、中へどうぞ」
馬車を停めにいくらしい泰然とはいったんそこで別れ、皓月と木鈴の先導で、羽綺は夜王府へと足を踏み入れた。
すっかり暮れた後だったが、前院の燈籠には明かりが灯されているので、手持ちの提灯がなくても足元は見えていた。
花垂門を越えると院子が広がっていて、やはりここの燈籠にも灯が入っている。門の並びの御座房には明かりが見えるが、対照的に、左右にある廂房は、人がいないのか、夜の中で真っ暗に佇んでいた。
院子を抜けた正面が、夜王府の正堂であろう。一番立派な堂宇である。府邸を取り囲む塀の続き具合から言って、その奥にも、後殿や後院がありそうだった。
(楊府も広いけれど、比じゃないわ)
生まれ育った府邸を出ることのなかった羽綺は、夜王府の規模に圧倒されていた。
「ねえ、皓月さん、殿下は?」
ちょうど正堂へ続く階を上ろうとしたところで、木鈴が誰かを探しでもするかのように、きょろきょろと周りを見まわした。
「殿下はもちろん、すぐに奥様にお会いになるおつもりなんでしょう?」
「それがですね……」
木鈴の問いに、皓月はわずかに言い澱んだ。
青年は、ちら、と、羽綺のほうを振り返る。羽綺はその眼差しを受けて、はたはた、と、黒い目を瞬いた。
(旦那様は、どうかなさったのかしら)
皓月の醸す雰囲気からすると、夜王はすぐには羽綺に会えない、もしくは、会うつもりがないらしい。そちらの都合でこんなにも慌ただしく輿入れ――といっても、羽綺が身一つでやってきただけで、儀式もなにもなかったのだが――させておいて、いったいそれはどういうこと、と、羽綺はわずかに眉根を寄せた。
(もしかして、勢いで縁談を申し込んだものの、冷静になって後悔したとか?)
もしもそうなら、顔を合わせる前の段階で、もはや破談の危機ではないのか。だが、そう好き勝手に振り回されたのでは、こちらとしても、せめて文句のひとつも言ってやりたい気分になる。
(でも、皇族相手にそんなの、言えっこないわね……楊家の名に泥を塗るどころの話じゃないもの)
相手は皇帝陛下の弟君だ。失礼があっては、一族郎党の首が飛んでもおかしくはなかった。
そうなれば、羽綺としては、おとなしく、言われるがままにしているしかない。ふう、と、こっそり息をつくと、皓月の態度には何も気づかなかったふうを装って、羽綺はことりと首を傾げた。
「あの、旦那様はもしかして、お忙しいのでしょうか? わたしに何かお手伝いできることはありますか? あ、炊事、洗濯、掃除と、家事全般はひととおりできますので、何でも遠慮なく言いつけてくださいね」
「まあ、奥様! 家事だなんて、とんでもありませんわ。そういうのはわたくしどもがいたしますから、奥様はのんびりなさっていればいいんです!」
「そ、そうですか……」
これまでずっとやってきたことだから、急にしなくていいと言われても、逆に困ってしまうかもしれない。だが、木鈴の言葉を聴く限りは、夜王にこちらに会う気がないとはいえ、羽綺が早々に王府から追い出されるようなことにはならなさそうだった。
ちら、と、皓月の顔をうかがうと、彼もやわらかく笑んで、木鈴の言を肯定するように、ひとつ静かにうなずいて見せる。
「奥様は、書がご趣味とか。そのことで、いずれ主人より、お手伝いをお願いすることが出てくるとは思いますが……そのときは、どうぞ殿下をお助けください」
「ええ、もちろん……わたしで力になれるのであれば喜んで。――ですが、ほんとうに、他はいいのですか? そういえば、旦那様は、何か生き物を飼っていらっしゃるともおうかがいしましたが」
「……生き物、と、おっしゃいますと?」
皓月はこちらの意図を探るように、じっと羽綺を見て問い返した。その眸の奥に宿る光に、羽綺ははっと息を呑む。
実際は魔物と聞かされているだなどと、まさか正直に言うわけにもいかなかった。あれは義伯母の単なる意地悪だったかもしれないし、と、羽綺は自分で話題を振っておいて、次の言葉を探し倦んでしまう。
(でも、この、皓月さんの反応……まるでほんとうに、何か普通ではない生き物が、ここにいるみたいな……)
羽綺がそう思った時だった。正堂から廂房へと続いている浮回廊の下で、何かが、動いた。
「あ……」
羽綺は思わず声を上げる。
ひょおぉう、と、風が吹きぬける。
その刹那、一斉に夜王府の院子の明かりが消えた。
蒼く月光が滴っている。夜の下の空気は張り詰めるような静謐に満ちていた。
その静けさの中、回廊の下から、のっそりと獣が現れた。
白銀と紫黒色の斑の毛並みの、優雅に長い三本の尾をもつ獣だった。体躯は熊のように大きく、虎のようにしなやかで、皓皓たる月光下に、まるで狼のように気高い姿をさらしている。
目は、顔の中央に、ひとつだけ――……虹彩は黒檀色、瞳孔は青鈍色だ。
「あなた……夢で、逢った」
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