ショートストーリー

MOE

文字の大きさ
3 / 16

焦げても‥‥

しおりを挟む
私は、鉄でできた、ちょっと重たいやつ。

このキッチンに来て、もう何年になるだろうか。
買ったばかりのころは、彼女がよく油をなじませてくれていた。
「これ、育てるって言うんだって。道具も生きてるんだよ」
そんな言葉が、少しうれしかった。

 
私はいつも、火の上に立たされる。
熱され、油をひかれ、何かを焼き、炒め、煮る。
じゅうじゅうと音を立てて、煙を上げて、香ばしいにおいをまといながら、毎日を生きてきた。

でも、彼女の生活が変わってから、少しずつ私の出番は減っていった。
仕事が忙しくなったらしく、最近はレンジやコンビニ弁当の方が主役だ。

私がただ静かに吊るされているとき、
隣のテフロンの彼がささやく。
「もうそろそろ、引退なんじゃない?」

……そうかもしれない。
でも、私はまだ、熱くなれる。
焦げることだって、いとわない。

 

ある日、久しぶりに彼女が私を手に取った。

「久々に、ちゃんと料理しようかな」

その声が、どこか照れくさそうで、少し寂しげで。
私はすぐに答えたかった。
「おかえり」って。

火が灯る。油がはねる。玉ねぎが踊る。
フライ返しが私の腹をすべり、熱が食材に沁みこんでいく。
私は、やっぱりこの瞬間が好きだ。

手のひらの重さ、火の強さ、油の音、湯気の匂い。
全部が生きてる証だった。

 

焦げ跡はもう取れない。
底は少しゆがみ、取っ手のネジも時々ぐらつく。
でも、それでいい。

使いこまれたというこれらの証は、私にとって誇りだ。
便利さや新しさじゃなく、思い出と一緒に、ここにいる。

いつか、もっといい道具が来て、私の居場所がなくなったとしても、彼女の「おいしい」という言葉を、一度でもまた聞けたなら、それだけで、私は十分だ。

 
これからも私は、焦げても、へこんでも、誰かの食卓を支えていきたい。
だから今日も火の上に立つ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

アルファポリスであなたの良作を1000人に読んでもらうための25の技

MJ
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスは書いた小説を簡単に投稿でき、世間に公開できる素晴らしいサイトです。しかしながら、アルファポリスに小説を公開すれば必ずしも沢山の人に読んでいただけるとは限りません。 私はアルファポリスで公開されている小説を読んでいて気づいたのが、面白いのに埋もれている小説が沢山あるということです。 すごく丁寧に真面目にいい文章で、面白い作品を書かれているのに評価が低くて心折れてしまっている方が沢山いらっしゃいます。 そんな方に言いたいです。 アルファポリスで評価低いからと言って心折れちゃいけません。 あなたが良い作品をちゃんと書き続けていればきっとこの世界を潤す良いものが出来上がるでしょう。 アルファポリスは本とは違う媒体ですから、みんなに読んでもらうためには普通の本とは違った戦略があります。 書いたまま放ったらかしではいけません。 自分が良いものを書いている自信のある方はぜひここに書いてあることを試してみてください。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...