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つまむ日々
しおりを挟むこの家に来てから、たぶん七年くらいになるかなぁ。
木製で、持ち手に赤いすべり止めの輪がついている私。
相方とは、長いあいだ一緒にいる。
少し先が焦げているのも、折れかけたことがあるのも、ぜんぶ二人の歴史だ。
私たちは、いつも“二本で一つ”。
けれど、誰も名前なんて覚えていない。
「さいばし」――ただそれだけ。
仕事は地味だ。
油の中から唐揚げをそっと引き上げたり、
煮物の向きをちょっと整えたり、
落ちそうな豆腐を全力で支えたり。
誰かに褒められることもないし、
すべって怒られたことも、一度や二度じゃない。
それでも、私はこの仕事が好きだ。
だって、料理のいちばん繊細なところ――
火加減の見極めや、崩れないようにすくう、その“ていねい”の中に
私の存在があるから。
ある日、彼女が言った。
「そろそろ買い替えようかな。先がけっこう削れてる」
そのとき、私の芯のあたりが、すこしだけ揺れた。
でも、その日の夕飯、彼女はやっぱり私を使ってくれた。
焦げた先で、器用にナスをひっくり返しながら、
「やっぱこれがいちばん使いやすいんだよね」とつぶやいた。
……たぶん、聞こえたふりをしてもいいよね。
料理が終われば、私は水にひたされる。
熱湯にも耐え、洗剤の泡にもまれて、その後静かに乾くだけ。
食器の隙間に立てかけられたまま、眠る夜も多い。
でも、そのたび思う。
「また明日も、あなたの手にふれられるだろうか」と。
私は、料理という名の舞台に立つ、無名の脇役。
けれど、今日も、だれかのごはんの“とっておき”を、そっとつまんでいる。
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