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古城の主

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淡くピンク色に輝く光は、まるでお辞儀するかのように、上下に揺れました。野球ボール程の大きさの光の玉でしかないのに、その仕草には優美ささえ感じます。

「お久しゅうございますね。リィン様。
そして、お初にお目にかかります。赤髪の子。
私は、この城をお預かりしているものです」

「あっ、はい、はじめまして、ユナです。よろしくお願いいします」

「早速で申し訳ないのですが、赤髪の子。
どうかこのお城からお引き取り願います」


柔らかな物腰の女性の声で彼女は冷静に冷徹にそう言いきり、ユナは静かに項垂れます。そんなユナを心配そうにリーンゼィルが肩を支えながら、パーラに食ってかかりました。

「おい!パーラ!そんな言い方ないだろ!」

しかし、パーラは尚も冷たくいい放ちます。

「リーンゼィル様、どうかこの子を外に追い出してくださいませ」
「それは出来ない」

「リーンゼィル様。
その子に憑いたモノは我々の力を遥かに凌いでいます。このままでは、あなた様の御身に影響がでかねません」

「影響……ねぇ、それはもう遅いかも…」

リーンゼィルの最後言葉はぽそりと聞こえない程度の声で、パーラには、殆んどが聞こえていなかったようでした。

「ともかくだ、外は大禍時。風の精霊の荒れ狂う中を子どもを放り出すのは里の守り主として許されるべき行いではない、それにニーチェは封印されている!今は災いなど起こせもしないだろう!」

「リーンゼィル様!
その名前も呼ぶことを許されておりません。
特にあなた様は、女神の聞こえるところでは決してその名を呼んではなりません!」

 冷静に言い返していたパーラが突然荒ぶるように、怒鳴り酷く鬼気迫る物言いに、リーンゼィルは押し負けそうにやりましたが、風吹き荒ぶる大地に外に出したとなると、この子は、ユナは、どこまで堪えられるでしょうか?きっと、ものの数分ももたないでしょう。

リーンゼィルは、本来パーラに伝えるつもりの無かったことを伝える覚悟を決めました。

「………、頼むよ、パーラ」

「なりません、ここは神聖な地。選ばれたもの以外は入ることを許されぬ地でございます。リーンゼィル様だけならいざ知らず、そのような子供を招くなどと。それならば巨人達の都に潜ませればいいのではないでしょうか?当主様も禍時の間くらいなら」

「それは、出来ない」

「……出来ない?」

「今は、ダメなんだ」

「リーンゼィル様、どのような事態が起きているかこのパーラには、知る権利がございます」

「それは、ここでは言えない」

「なら、交渉は決裂ですね」

「まて!わかった、ちゃんと別室で話す。子供に聞かせたい話ではない。それにこれはノエルの頼みなんだ!」

「ノエル嬢の?」

そこで、ようやくパーラは、反応を変えました。

「あぁ、ノエルだ。
この少年達はノエルに頼まれている、とてもとても大切な役割を担っている。しかし、ノエルの予言はとても繊細だ。お前ならわかるだろう」

「ええ、存じております。存じておりますが、ノエル嬢がそうおっしゃられたのですか?本当に?」

「疑うなら後で好きに確認でもすればいい。
詳しくはこいつを村に返すまでは言えないと言われている。
この嵐の中をレイで飛んでいく手もあるが、レイの翼に傷でもつけようものなら……わかるだろ?」
 
「レイを……ですか?
あの子は伝説の鳥。このような子供の為に怪我はさせられません。
なるほど、リーンゼィル様がそこまでなさるのは
ノエル様が予言もあるからなのですね」

「ああ」

「はぁ、仕方ありませんね。
わかりました。あの方は稀代の予言者。
ノエル様が申されリーンゼィル様の頼みであるのならば、私に逆らう権限はございません。
禍時の収まるまでの滞在を許しましょう」

「助かるよパーラ、この借りは必ず返す。
まだ、これから狼達もくる。子供の中に怪我人もいるんだ」

話が終わるころに
慌ただしく狼たちに背負われて少年達が走ってきました。

「おい!ユナ!」
「凄い悲鳴だったわよ!大丈夫だったの!?」

「わっ、シン!アンジェ!」

狼から軽々と飛び上がるとスカートを棚引かせアンジェが、ユナにとびつきます。

「わっぷ!」
「無事ね。よかった」
「り、リノは大丈夫?」

「薬のお陰で寝てはいるけど、熱と、傷口が」

リノの傷口は、塞いでいた大樹の葉がぼろぼろとなり、先程見たものより随分と紫色に腫れ上がっていました。

「これは……大樹の葉が腐り落ちている。呪いも込められていたのか」

「!?呪い!」

「これは、酷い。亡者に切られたのですか?」

「あぁ。そうだ。
禍時に現れる亡者は、精霊が殺し切れなかった者を切り裂き呪い、同じ道へと誘う。このまま放っておけば」

「この子は、亡者の仲間入りとなりましょうね」

「リーンゼィルさん」

ユナがリーンゼィルの袖をひき、心配そうな眸で見あげます。

「あぁ、任せておけ。パーラあそこを開けてくれ」

「………、本来ならば、なりませんと申し上げたいですが、
致し方ありません。
あなた様は本当に無茶ばかりなされる。
本来のならば、選ばれし者にしか入れぬ場所ですが、今宵限りですよ」

「あぁ、流石パーラ!ありがと!!ほら、フェインつれておいで」
「それは、いけません!お連れ出来るのはその怪我人と、あなた様はだけでございます!」

「ええー、ここから動かすと痛そうで可哀想だろ?」

「な・り・ま・せ・ん。
私は本日はとても融通しているのです。リーンゼィル様も譲歩くださいませ」

「チェ、そこまではダメか。
えっと、兄貴の方の名前なんだっけ?」

そう言ってリーンゼィルは、シンの方に目を向けました。

「シン……です」
「そうか、シン。少しだけ弟を預かるな」
「頼みます」

そう言って、リーンゼィルはリノを抱き上げると大きな扉へ消えていきました。
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