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城と扉

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ユナとシンが二人が湯殿を目指して歩いている頃。

穴に落ちた二人を追いたくて、アンジェは何度も床に拳を叩きつけます。ですが地面には傷さえつきません。
辺りを見渡しても道はなく、たった一人残されたアンジェは何度も何度も地面に拳を叩きるほかありません。しかし床には傷もなく拳に痛みも走りません。まるで手応えがなく、蜃気楼を殴っているかのような感触しかないのです。

アンジェは、唐突な出来事に、混乱して訳のわからない状態に涙が溢れてきました。

───どうしよう………リノには怪我させちゃうし、シンとユナを見失っちゃった………どうしよう。

そんなことを何十回と繰り返し、涙で床を濡らす頃に少し疲れたような顔でリーンゼィルが戻ってきました。その背にはリノはいません。

「おーい、ただいまぁ。あれ?アイツらは?」

フワフワとパーラがリーンゼィルの前に浮かんで彼を出迎えます。ですが、パーラの姿はアンジェにはみえず、涙を湛えたままリーンゼィルの方を呆然と見て座り込んでいました。

「え?あ、お嬢さん一人だけ?ユナたちは?」
アンジェは、彼になにかを言おうと口を開きますが声がでません。その様子を見てリーンゼィルは、ポリポリと頬をかき、なんとなく状況を察して彼女の頭を撫でました。

「ん。無理しなくていい。パーラ。状況を教えてくれ」

そういうと、パーラに少しだけ厳しい声でたずねました。

『赤髪の子達を湯殿に案内しました。狼達も別の湯殿におおくりしております』
「それは、わかった。で、彼女はなんで一人なんだ?」

リーンゼィルは、少し眉根をあげ腕組みして問いました。

『彼らは幼ければ一緒でも良いでしょうが、見たところ彼女は年頃です。
男性と女を一緒に入れるわけにも行きませんでしょう」

「それなら、俺が戻ってからでもいいだろ?」

『彼らは随分と障りを纏っていました。城に邪気を残すわけにはいきません。一刻も早く払わねばなりませんでした。
ですので、先にあの二人をジーンの元に送りました。
彼女の障りは殆んど私が払いましたので後はリーンゼィル様が戻られてから泉へご案内申し上げるつもりでした。
彼女に申し訳なかったことをお伝え頂いてもよろしいでしょうか?』

最後はほんの少し申し訳そうな声だったので、彼女が好んでやったわけではないことを理解すると、リーンゼィルは仕方なさそうにため息をつきました。

「わかった。それは仕方ないな。俺も迂闊だった。彼女には俺が話そう。泉の準備だけ頼んでいいか?」
『ええ、かしこまりました。では、彼女をよろしくお願いいたします』

そう言ってパーラは、姿をけしました。

「さてと、お嬢さん大丈夫かい?俺のせいで怖い思いさせてすまなかったね」

「…………っ」

アンジェは、口をパクパクと動かしますが何故か声がでません。不思議そうに彼女を見ていましたが、


「もしかして、声がでないのか?パーラが殆んど払っているが、少し障りを吸ってしまったのかもしれないな」

彼女は首を振りながら、リーンゼィルの服を軽くひいては先程リーンゼィルが戻ってきた方向を指差します。

「………うぅ、……?」
「あっ、もしかしてさっき俺が治療した少年のことかい?それともユナ達のこと?」

アンジェは、何度も頷きます。その頭を撫でて、彼の中でもできる限り優しい声でリーンゼィルは答えました。

「ユナ達は、今体についた触りを払いに湯殿にいった、案内人がいるから彼らは終わったらすぐに戻ってくる。
それと、預かった少年も大丈夫だよ。
少し熱は出てるけど、障気も出しきったし傷口も綺麗に塞がった。後は、体力回復するまで休めば元通りになるよ。なんならら様子を見にいくかい??」

リーンゼィルがそういうと、こくこくと、アンジェは強く頷き彼の手をひきました。

「慌てなくても大丈夫だよ」

引かれるままに、リーンゼィルは彼女の後ろについていきますが、まるで違う方向に向かおうとするアンジェを優しく手をひきます。



─────この子の手。
女の子の手にしてかなり固いな。相当の手練れなのかもしれない。

そんな事を考えながら、リーンゼィルが腕を伸ばせば先程は存在さえしなかった壁に扉が現れます。アンジェは驚きで目を見開き、真似をして手を伸ばしますが、扉は現れません。不思議そうに首を傾げます。

「あぁ、ここはね。
少し特殊なんだ。普通の人に扉は作れない。ここは、城を預かっているパーラもしくは俺にしか作り出せないんだ」

「…………?」

「まぁ、あまり気にせず俺についておいで。少年の休んでいる部屋へ案内しよう」
「…………」

アンジェは、少しだけ彼の青い瞳をまっすぐに見つめると、彼の手を強く握りリーンゼィルが開いた扉を潜り抜けていきました。


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