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生還と無常の現実

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『マインド適合レート90%、身体融合レート80.4%、篝ドライブ発動エリアにアライバル。ボディー次元境界突破。マスター、マスターはアニマルをやめる勇気はあるかい?』

脈動するウルフレッドの心臓。あまりにも強い鼓動に、骨の髄までその振動が伝わってくる。
全身に広がる皮膚の下に這い伸びて蠢くような小さな虫の感触が全身に広がってくる。不快だ、大変に不快でそしてその不快感が越える――意識の限界を、肉体の限界を。
不快感と共に広がる万能感、全能感。全身に流れるエネルギーの流れとでもいうのか、濁流のように血液と一緒に押し寄せてくる得も言われぬその法悦の感覚は例えるには、言葉にするにはあまりにも快感的すぎる。
視線を落とし貫かれた心臓の場所、そこに収まったそれを見た。
心臓のように脈動する心臓とはまるで違う緑色に発光するそれ。

「なんだ……これ……」

『篝ドライブだ。それがマスターのコマンドであり、このフロンディアの再開拓のカギとなるだろう』

脳に直接響いてくるカガリの声にウルフレッドは混乱する。
隔絶された空間、静謐な純白のその空間で対峙するのはヘラス・ゲートだけのはずなのに頭の中にガンガン響いてくるカガリの声は余裕綽々と言った声色だった。
確証めいたその言い方に疑問を持たなくもない。篝ドライブとはまずなんだ? この心臓にあるこれの事を言っているのか? 身体融合レート? 肉体次元境界面? ……嗚呼、そうか、とウルフレッドは達観したように考えた。考えるだけ無駄。無駄な事なんだ。足掛かりにもならないちぐはぐなジグソーパズルを渡されてその全貌を表そうとしたところで、そのパズルが全く別種類が一緒くたそしてそれを一つの形にするというのが無理な話。
となると考えるだけ無駄、考えるのを諦める。
そう、諦めた。諦めて投げ捨てて受け止めた。そう言うものだと、こう言うものだと、思考停止気味にそう受け止めて考えなかった。考えず、感じた。
肉体に流れるそのエネルギーを全身で感じて脳をフルに活用して、ヘラスと向き合っていた。
何故だろうか。既に死者デッドマンだからか? どんな動きもどんな戦略も取れる気がする。今迄無意識の裡に、これは無理、これをやっちゃあ肉体が持たないと判別していた無茶な戦略が次々と思い浮かんでくる。
袈裟懸けに一撃――上半身が消し飛ぶ、構わない。
逆風にヘラスを割るか――首が千切れ飛ぶ、構わない。
ならばフェイントを付けて距離間合いを悟らせず隙を見せたところで斬り込む――粉々に粉砕される、構わない。
何故だ、何故だろう。馬鹿げてる、馬鹿げているだろう。しかし分かる、確信できる、直感できる、自信を持って断言できる。
死なない。ウルフレッドは死にやしない。
例えどんな攻撃を、打撃を、斬撃を、銃撃を、砲撃を、雷撃を、迎撃を、遊撃を、追撃を、進撃を、衝撃を、反撃を。
あらゆる攻撃に対して全て受け止めてそしてそれらすべてを受け切って攻撃をする自信が沸々と湧いて出てくる。
経験則から来る法則ではない、神頼みの他力本願的な直感でもない――直感でもなく、経験則でもなくそれはただの自信。
ありもしない、直感神頼み賽子を投げて百発百中で位置を出すほどのか細い可能性もないただの、本当にただの自信。心臓が、潰れ穿たれた心臓が、痛い位に高鳴っている。
骨を通すまでもなく胸に開口した緑葉とした青葉なの草木の色を思わせる色を放つそれが煩く忙しなく、瞬く間もなく止まることなく高鳴っている。

『攻撃アクションをしないのか?』

「お生憎と戦略を立ててるの。ヘラス・ゲート様は俺の攻撃行動には過敏に反応して攻撃してくるようだし、止まってるうちに攻撃乃至逃げる手はずを思考しているの」

『イフ提言する。突撃だ。ウィーにオブジェクトを保ったヘラス・ゲートのアタック如きレインに打たれるようなものだ』

意味が分からなかった。しかし考えない。
答えなど端から辿り着く事など到底不可能な深淵の責問と同じそれにぶち当たっている故に凡俗凡人、残念痛恨不甲斐ない迄の脳足りんのウルフレッドに答えを導き出せという方が無理難題であり、寧ろ思考放棄こそ当然の既決と言えた。
それ故に無数にこの無限に取れる行動の選択肢が一気に少なくなった。そう、たったの二択になったのだ。
カガリの提言を受け入れるか突っぱねるか、その二択。
応えはほぼ一択だ。提言を突っぱねたところで前段階の無限思考に陥るだけで堂々巡り、ならば一つだろう。

「アタックしちゃう? 死んじゃう感じがバンバン感じるよ~?」

『デスにはしない。ウィーはワンマインド同体、一蓮托生の運命のアンダーに紡がれた因果律のトップにいる。永遠の次元久遠のボディーをハンドにプットインしアニマルをやめるデシジョンを早急にデシジョンを』

後には引けない。いや、引く気になれない。
後に引くと言う事は即ち崖の底へと身を投げる事に他ならない。逃げ場など見出せないこの状況で、たとえ前進するべき選択肢が蜘蛛の糸よりもか細く頼りない道でも進むしかないのだ。
慎重に、厳重に、一歩一歩確実に勝利への道標フラッグを辿って進むしかないのだ。

「本当に死なないの? 死なないのが確かなら行っちゃうよ。後先考えずに捨て鉢に前進しちゃうよ」

『それで構わない。疾うにマスターはヒューマンのそれとは原始マーク現象マークにアニマルのそれではない超次元ライフアピアランスと定義して構わない。この次元アンダーでマスターを破壊しうる存在は、このフロンディア・ゲートではない』

「なら――もう進むしかないよなァ!」

考えるのをやめてゴールド・ドリームを構えた。
瞬間、肉体が、腹部がごっそり感覚が消滅する。痛いなどというクリオアを感じるよりも先に消失したという感覚だけが呆然と訪れて理解するのはウルフレッドの腹部に相当する部位がごっそり根こそぎ、臍も腸も大腸も背骨も何もかもが一切合切容赦なく削り取られていたのだ。
眼で見て感覚で判断する。ヘラス・ゲートその巨腕に付着する赤々としたドロリとした液体が腕にべったりとついて錆びついた鉄を思わせた。その赤色の正体はと言うと言わずもがなウルフレッドの腹の中身なのだ。
死んだ――オートガードが反応しきれない程の速さで体を削り取られた。しかし死という概念に適合する体ではない事はカガリが再三のように言った。
そう、もう死なないのだ。何をどうしようと、磨り潰されようと切り刻まれようと死なない。死にはしない。
失った腹部の感覚質が矢庭に戻るつるりとした元の腹に戻っている。何事もなかったように、復元されていた。
失ったはずの五体がひょっこり家で息子が返ってくるかのように脈絡もなく応答もなく戻ってきたのだ。

『復元レート100%。プレゼントのコンディションはダイアウトビフォーのコンディション、とどのつまり篝ドライブを移行した現状況に復元された。これでプルーフされただろう。マスターはもう死なない』

僥倖、と言えば聞こえはいいがカガリ曰くもうウルフレッドはもう生き物ではない。
命を捨てて、久遠を得た生き物と呼ぶには概念的に逸脱したモノになり果てている、しかしそれを嘆くほどの余裕は今はない。オートガードが反応しきれない相手に余裕を見せて戦えるほどの実力はウルフレッドにはない。
どうすればこれを攻略できる。これを再開拓できる。
手詰まりに思えるが――しかし既存の概念を捨て去れば容易にその結論に行きつく事が出来たではいか。
簡単な話だ。
――殺されながら前に進んでヘラスを挽き肉にすればいいだけの話なのだ。
幸いなことにヘラスの攻撃、一撃目の心臓を貫いた攻撃と腹部をえぐり取った二撃目の二つを見れば奴の攻撃あまりにも早すぎ脳味噌に痛みのそれが達するまでもなく死んでいる。そして復元される。
死んでも死なないからだなんてなんと便利な事か。いくらでも無茶が効く、無茶してグチャグチャになっても回復できる。なら進めばいいだけじゃないか。
あれだけか細かった道筋が今では地平線一杯に広がるこのフロンティアの大地のように広々と見渡す限りの凹凸もでっぱりも何もない平らな道筋が眼前に広がっているんだ。
なら迷う必要性は何もない。完結明瞭だった。
死にながら進んでどこまでも貪欲に貪食に際限なく見境なく突き進むだけだった。
腕が千切れる。痛みよりも先に腕が復元される。
顔が吹っ飛ぶ。記憶が一瞬飛んだが一瞬だった。
下半身が消し飛んだ。しかしそれも生えてくる。
際限がない。切っても切っても生えてくる蜥蜴の尻尾のように三岐腸目プラナリアの無限の再生能力のように、体が無限に無限に復元される。
笑えてくるぐらい滑稽で見ていて己の姿を想像して哀しくも愚かで季節で散りゆく花々のそれの如く花散の花弁の様で無常なそれに感じる事と言えば偏に無残としか形容できない。
こんな体になってまでこんな生き物になり果ててまで何を求めてこんなただ永遠とティッシュ箱から紙を抜き続けるだけの作業のような行為のそれに意味を見出すことは果てなく意味がない。そう意味がないのだ。
意味がないからこそ生き甲斐になる。意味がないからこそ無価値だからこそ我々なのだ。
ただ怠惰を貪ってその日を凌いで日々を暮らす――それこそ再開拓者リ・トライズなのだ。
もう目と鼻の先にまで、ほんのちょっと腕を伸ばしてそれに向かって腕を振り下ろしてゴールド・ドリームの刃を突き立てれるほどの距離にまでウルフレッドとヘラス・ゲートの距離が縮まった。

「ハーッピ~ドリームッ!」

何もないからこそ上を見続けれる。何も持っていないからこそ嫉める。
持たざる者が持つ者の姿形権力他諸々に羨んで嫉んで愚痴られる事など猿にも出来る。だが我々は人間種なのだからそう人間、その両腕は自分のナニを弄る為だけに神様が遣わしてくれた手でこの与えられし苦難と苦行の全てを自ら解決する為にある。
ウルフレッドは神を信じるだけの信心深い殉教者でもなければ、進化論を奉仕する従事者でもない。いうのなら罪なる子、ただ怠惰を求めて人生を投げて酒に溺れ、煙に脳まで侵されてすべてが麻痺してその麻痺した感覚の中から少しでも刺激となりえる感覚を取り戻すために、この命賭けをしているのだ。

「GIIIAAAAAAAAAA!」

掘削機の如く深々とヘラス・ゲートの中にゴールド・ドリームが潜り込み中身を掻き出して舞い散る血と表現すべきか、青々とした草花の磨り潰したような青臭いそんな香りを漂わせる青黒いそれがウルフレッドの顔に散って染め上げた。
フロンティア・ゲートの再開拓法の手立てなど分かりはしない。何よりこれは本来旧遺物の回収依頼でありフロンティア・ゲートの再開拓ではい。人員も技術もすべてがない。故にヘラス・ゲートへできる事など一つ。
完全破壊以外にウルフレッドができる事がない。
きっとこの事がキュリオシティのお偉方にバレたなら打ち首獄門にされても文句は言えない。口が裂けても言わず墓の中まで持っていくだけのドデカイ秘密になりえるだろう。
今更悔い入るわけではないが、これで僅かに人間種の発展が遅れるのは確かだろう。
フロンティア・ゲートあってこその人間種の発展であり、その貴重な大型フロンティア・ゲートをこの手で破壊すると言う事はまさしく人類衰退の歯止めを外す事であり、確実に良い事はない。
――だがそれが何だというのだ。人類の発展を阻害する行為であっても明日明後日に人間種が唐突に絶滅する訳でもなし、僅かに絶滅の足を速めただけの話で少なくともウルフレッドが生きている間は絶望する事などないだろう。
途轍もない力で身を振り乱し暴れるヘラス・ゲートにゴールド・ドリームを深々と突き刺して振り落とされる事無くしがみ付く。
中身を抉り回す様にゴールド・ドリームの刃をヘラスの中で引っ掻き回しえぐい香りの血をびちゃびちゃと引っ掻き出す。

「GIIIAAAAAAAAAA!」

到底生き物の声とは言い難い声で暴れまわるヘラス。矢庭に空へと飛び上がり、ウルフレッドを下に仰向けにバタンと倒れた。
途轍もない重量がウルフレッドを引き潰し、体の半分が圧壊する。
潰れ散りウルフレッドの赤い血とヘラス・ゲートの青黒いが混ざり合いながら空白の空間に束の間の色を与えていた。ヘラスに意思があるのなら終わりだろうと考えただろう。
実際普通の人間種ならば善戦したと言っていいだろう。これだけの被害を大型フロンティア・ゲートに与えたのだ。表彰モノだ。だがもう――ウルフレッドは普通ではなかった。

「カァッ!」

奇怪な掛け声と共に肉体が復元され潰れ散った半身がたちどころに生えていた。
これ幸いと仰向けに倒れたヘラスのマウントを取って見せるウルフレッドはヘラスの肉体に刺さったゴールド・ドリームを掴み取り奇声を上げながら嗤った。

チアズ・ザ・ライフ人生に乾杯!」

遠慮も手加減もない。兎に角必死になってウルフレッドは下に転がったそれに向かってチェーンソーを振り下ろす。
手足が吹き飛び胴体だけの達磨になったヘラスの躯体に突き立てる刃はなんと柔らかな肉質か。
手加減はするな。これは人ではない。手加減はするな、取って食われるのは寧ろこっちだ。
無から有を生成できるフロンティア・ゲートに人間種の想像力では到底辿りつけない発想があり得る筈で、この間でもいつウルフレッドの肉体を消し飛ばす算段を付けているのかと思うとゾッとする。
だから細かくするんだ。二度と立ち上がれないように二度と起動しないように細かく細かく、細切れに! 粉みじんに! 足腰立たなくなって永久にその日の目を見ないように!。
見るも無残に、傍から見ればウルフレッドは正しく悪鬼の如き形相で人類に止めを刺しに来た悪魔の如く映るだろう。そうであっても構わない。
その日が凌げるだけの食い扶持がそれにあるのならいくらでも惨殺して見せよう。
世界が揺らぐ、あれだけ何もなかった純白の空間が薄らいで遂に見えたのはヘラス旧文明水没都市の中心部からの風景だった。

「旦那! オール! やっと見つけたよ! 生きてるかい!」

ビーバーズはあちこち傷だらけで血を流しながらウルフレッドを見るなり飛びついてくる。
心配していたのだろう。自分自身も相当な戦闘を行っていたのは姿を見るに容易に想像ついた。
オールは、ガタガタと震えて蹲って今にも白目を剥いて泡を吹いてぶっ倒れそうなほどに蒼白な顔をしていた。
全員が全員壮絶な体験をしたのは容易に想像が付く。だがともかくウルフレッド達は生き残った。
そう実感できるモノが論より証拠とばかりに辺りに散らばっていたのだ。
そう。ウルフレッドが自らの手で、ゴールド・ドリームで細切れにして辺り一帯に散らばったヘラス・ゲートの残骸が。

「どうなってやがんだか。いきなり変な空間に飛ばされ。ヘラス・ゲートに追い回されたと思ったらいきなり戻ってきたんだよ。おいオール、オールしっかりおしよ」

「ッ――ッ……」

ともあれウルフレッドはこうして生きている敗残兵の如く、この命は拾われたのだ。
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