婚約破棄の翌日、彼女は亡くなったようです。

えんどう

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 機嫌が悪い時の父は分かりやすい。粗相のないよういつも以上に気を付けて配膳をしているメイドを横目に、リシアは躊躇っていた口をようやく開いた。
「とても忙しかったようですね。帰宅なさるのはとても久しぶりじゃありませんか?」
「──あちらとうまく話がまとまらなくてな」
 眉間に寄せた皺を指の腹で押しながら父である公爵は低い声で咳払いをした。
「そういえば今日もお前に手紙が届いていたようだが。分かっているとは思うが、相手にしなくていい」
「もちろん承知しています、お父様」
「……ろくでもない分、御し易いと思っていたが。ここまで愚かだとは誰も想像しなかっただろうな」
 臣下とて人間だ。思惑や裏はあるし、心から仕える相手は自分で選ぶ。果たしてあの男を心から支えようと思う人間はいたのだろうか。
「私の婚約解消の件は……」
「それは案ずるな。陛下も今度のことで愛想を尽かされたことだし、次の王太子の目星も付けている」
「お父様」
 嫌な予感はしていた。父はこのルーベルク公爵家を一番に考える人間だ。決して優しい人ではなかったけれどこれまでそれなりに愛情を持って育ててもらったことに感謝もしている。敬愛も親愛もある。
 けれど結局、この人にとって私はただの道具なのかもしれない。
「そんなに不安そうな顔をしなくていい。あれと婚約を解消したら、今度はもう少しまともな男の妻になれるのだから」
「ですが私はあのように婚約破棄された身です。それに国外追放まで言い渡されたのです、それなのに……」
 ようやくあの男から解放されたのに、ようやく自由を手に入れられそうだったのに。テーブルの下で握ったリシアの拳に気付くことなく公爵は鼻で笑う。
「我がルーベルク公爵家の一人娘を追い出せるなどと思っていたのだから驚きだ。たかが駒の一つに過ぎなかったのに」
「ですが……!」
「お前は私の言う通りにしていればいい。王妃となり子どもを産み、王位を継ぐ子どもを育てろ。それが生まれた時から今までのお前の務めだろう」
 そんな務めなど果たしたくないと、言えるはずもなかった。脳裏に浮かぶのはパーティー会場で婚約者と楽しそうに笑い合っていた同世代の令嬢たちの姿だ。
 彼女たちもそれなりに家柄に制限はあれど、いくつかの候補の中から自分で婚約者を選んだと言っていた。私とは違って自分で生涯を共にする相手を選んだのだ。
「……事件の解決の糸口は見つかったのですか?」
「どうだろうな。正直もう私にとってはどうでもいいことだ、有罪だろうが無罪だろうが、全ての罪をあの男が被れば全てうまく収まるのだから」
 父がこの件をさっさと収束させて私の新しい婚約を結ぶ気なのだと分かると心臓がとても冷えた。束の間の自由も私には許されないらしい。
「っ……お待ちください、お父様」
「なんだ?」
 じろりとこちらを睨むお父様に私は怯みながらもなんとか笑顔で言葉を続ける。
「いくら王太子殿下でも酔ったはずみに人を殺すだなんて考えられません」
 剣も持てないあの男が果たして小柄とはいえ女性の身体を持ち上げ橋から落とせるだろうか。それも泥酔した状態でなんて怪しいものだ。
「だからなんだ?」
「どうか新しい方と婚約が決まる前に、王太子殿下の無実を証明していただけませんか?」
 己に恥をかかせた男を庇う発言に父もその場にいた他の使用人も怪訝そうに眉を顰めた。
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