5 / 17
5
しおりを挟む機嫌が悪い時の父は分かりやすい。粗相のないよういつも以上に気を付けて配膳をしているメイドを横目に、リシアは躊躇っていた口をようやく開いた。
「とても忙しかったようですね。帰宅なさるのはとても久しぶりじゃありませんか?」
「──あちらとうまく話がまとまらなくてな」
眉間に寄せた皺を指の腹で押しながら父である公爵は低い声で咳払いをした。
「そういえば今日もお前に手紙が届いていたようだが。分かっているとは思うが、相手にしなくていい」
「もちろん承知しています、お父様」
「……ろくでもない分、御し易いと思っていたが。ここまで愚かだとは誰も想像しなかっただろうな」
臣下とて人間だ。思惑や裏はあるし、心から仕える相手は自分で選ぶ。果たしてあの男を心から支えようと思う人間はいたのだろうか。
「私の婚約解消の件は……」
「それは案ずるな。陛下も今度のことで愛想を尽かされたことだし、次の王太子の目星も付けている」
「お父様」
嫌な予感はしていた。父はこのルーベルク公爵家を一番に考える人間だ。決して優しい人ではなかったけれどこれまでそれなりに愛情を持って育ててもらったことに感謝もしている。敬愛も親愛もある。
けれど結局、この人にとって私はただの道具なのかもしれない。
「そんなに不安そうな顔をしなくていい。あれと婚約を解消したら、今度はもう少しまともな男の妻になれるのだから」
「ですが私はあのように婚約破棄された身です。それに国外追放まで言い渡されたのです、それなのに……」
ようやくあの男から解放されたのに、ようやく自由を手に入れられそうだったのに。テーブルの下で握ったリシアの拳に気付くことなく公爵は鼻で笑う。
「我がルーベルク公爵家の一人娘を追い出せるなどと思っていたのだから驚きだ。たかが駒の一つに過ぎなかったのに」
「ですが……!」
「お前は私の言う通りにしていればいい。王妃となり子どもを産み、王位を継ぐ子どもを育てろ。それが生まれた時から今までのお前の務めだろう」
そんな務めなど果たしたくないと、言えるはずもなかった。脳裏に浮かぶのはパーティー会場で婚約者と楽しそうに笑い合っていた同世代の令嬢たちの姿だ。
彼女たちもそれなりに家柄に制限はあれど、いくつかの候補の中から自分で婚約者を選んだと言っていた。私とは違って自分で生涯を共にする相手を選んだのだ。
「……事件の解決の糸口は見つかったのですか?」
「どうだろうな。正直もう私にとってはどうでもいいことだ、有罪だろうが無罪だろうが、全ての罪をあの男が被れば全てうまく収まるのだから」
父がこの件をさっさと収束させて私の新しい婚約を結ぶ気なのだと分かると心臓がとても冷えた。束の間の自由も私には許されないらしい。
「っ……お待ちください、お父様」
「なんだ?」
じろりとこちらを睨むお父様に私は怯みながらもなんとか笑顔で言葉を続ける。
「いくら王太子殿下でも酔ったはずみに人を殺すだなんて考えられません」
剣も持てないあの男が果たして小柄とはいえ女性の身体を持ち上げ橋から落とせるだろうか。それも泥酔した状態でなんて怪しいものだ。
「だからなんだ?」
「どうか新しい方と婚約が決まる前に、王太子殿下の無実を証明していただけませんか?」
己に恥をかかせた男を庇う発言に父もその場にいた他の使用人も怪訝そうに眉を顰めた。
17
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。
父親は怒り、修道院に入れようとする。
そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。
学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。
ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。
褒美で授与された私は王太子殿下の元婚約者
アズやっこ
恋愛
私が暮らすエーネ国は長い間隣国と戦続きだった。
長い戦を勝利に導いたのは一人の騎士。近い将来次期王宮軍騎士隊長になるだろうと噂されていた侯爵家次男のリーストファー副隊長。
この度の戦で右足を負傷し杖無しでは歩く事も出来ないと聞いた。
今私の目の前には陛下の前でも膝を折る事が出来ず凛と立っているリーストファー副隊長。
「お主に褒美を授与する。何が良いか申してみよ」
「では王太子殿下の婚約者を私の妻に賜りたく」
え?私?
褒美ならもっと良い物を…、爵位とか領地とか色々あるわよ?
私に褒美の価値なんてないわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
居候と婚約者が手を組んでいた!
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!
って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!
父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。
アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。
最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる