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しおりを挟む「今日はもう遅いことですし、また改めてはどうですか?」
陽が沈み始めて墓地に入ることを躊躇ったのだろう、そもそもあまり乗り気ではないアンシアがそう提案してくる。
「大体お嬢様がわざわざ来る必要なんて……」
「私がそうしたいのよ」
ルイスにも手伝わせているのに私だけ何もしないわけにはいかない。男爵邸へ赴いたのもなにか些細なことでも手掛かりがあればと思ってのことだ。収穫はさしてなかったが、気にかかることは一つできた。
うるさいアンシアを馬車に置いて一人で墓地へと足を踏み入れる。
「あら……?」
どうやら先客がいたようだ。もしやなにか繋がりがあった人間では──と目を凝らし驚く。
「ジャン?」
「……リシア?どうしてここに」
驚いた眼差しでこちらを見つめたのは幼い頃から付き合いのあるハドソン伯爵家の次男だった。
「驚いた……あなたもまさか」
彼女に金を巻き上げられた一人だと言うんじゃないだろうなと顔が引き攣りそうになったけれど、それを口に出すよりも先に彼が答えてくれた。
「マリアンヌとは顔見知りだった。そんなに親しかったわけじゃないんだけど、亡くなったと聞いた時は驚いて……葬儀には参加できなかったから、せめて花くらいは供えたくて」
「そうだったの」
「まさか君とこんなところで会えるなんて思わなかった。その……君も色々と大変だったね。俺はあの夜は体調を崩した母のそばにいたから騒ぎを聞いたのは後からだったけど」
「私は大丈夫よ、気を使わないで。……マリアンヌとはどういうきっかけで?」
疑うわけではないけれど、同年代の人間との関わりは調べてもなかなか出てこなかったから怪しんでしまう。
「夜会で……とても綺麗な子だと思ってつい声をかけてしまったんだ」
「あなたが?」
引っ込み思案なジャンがそんなことをする姿は想像できない。驚いた私に彼もさほど気は悪くしなかったようだ。
「一時は親しくもなったんだけど、俺が彼女に失礼なことをしてしまって疎遠になって……いつかちゃんと謝れたらと思っていたけれど、まさかこんなことになるなんて」
「そうだったの。──変なことを聞くけれど、その、彼女と金銭のやり取りは?」
「マリアンヌと?まさか。一度もなかったよ」
ますます不思議になる。自分への好意をあからさまにして近づいてきたジャンから金を取らなかった理由はなんだろう。そもそも彼女の整った容姿があれば、結婚の約束などせずとも貴族を相手にうまく取り入ってねだった方がより大金を手にしたのではないか。
「そう。彼女と繋がりがあった異性はあなただけ?」
「そりゃ、まぁ、そうだろうね」
何か理由があるような言い含みをするジャンに続きを促したけれど彼は首を横に振った。
「ほら、彼女はそんなに社交的じゃなかったから。俺はもう行くよ。久しぶりに会えて嬉しかった、またゆっくりお茶でもしよう」
「そうね」
去っていく彼の後ろ姿を見送ってから私は彼女の名前が彫られた墓石の前に腰を下ろした。
「……あなたは何がしたかったのかしら」
あまりに不可解なことが多くて、人の行動を読むことに長けていると自負していた私の自信をへし折るように彼女のことは何も分からない。
私が彼女をまともに見たのはあの夜だけだ。不意に男爵家の玄関に飾られていた絵を思い出す。
「そういえばあなたのお母様、あなたと瓜二つね」
若き日の男爵に肩を抱かれている女性はマリアンヌによく似ていた。もう少し歳を取り大人になれば彼女もこんなふうになっただろうと思うほど。
(……あら?)
記憶にある限りの屋敷の中を思い出す。男爵と亡くなった母君との絵画がいろんなところに飾られていたけれど、その中にマリアンヌの最近のものや、幼い頃のものは一切見当たらなかった。
彼女が夜な夜な遊び歩いていた理由が楽しみのほかに理由のあるものだとしたら──。
考え込む自分の姿を遠くから眺めている人間がいたことに、その時のリシアが気付くことはなかった。
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