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しおりを挟む遠くで聞こえる音楽を背にテラスの柵に肘を置いたカトリーナは少しの間だけ目を瞑った。レジスが紹介してくれた人を覚えることでいっぱいで、楽しむというには程遠い時間だったけれど、俺の大切な人だと紹介してくれる彼の隣に立っているのは幸せだった。
「あ……」
踵に滲んだ血は靴擦れのせいだろう、どうりで痛かったわけだと手をかざす。ほんわりと浮かんだ光が徐々に傷口を塞ぎ、靴擦れなどどこにもなかったようになる。
神聖力は物心ついた時から持っていた。ひどい怪我をした人も癒すことのできるこの力を誰かに使うのは、神官が連れてきた相手だけだ。
この力は尊いものだから好き勝手に使うものではない──そう教えられてきたカトリーナだったが、実際には目に届かないところで何度か人の傷を癒していた。
レジスと出会ったのもその時だった。教会へ視察に行くという大神官に連れられ訪れた先で、ほんの少しだけ自由になる時間があった。そのときに知り合った子どもの怪我を治しているところを見られ声をかけられたのがすべての始まりだ。
(……ジャック・ディモン様……)
先ほどの失礼な男の名前を思い浮かべてため息を吐く。人から顕著に悪意を向けられたのは初めてで、怒りよりも恐ろしさや苦しさが勝ってしまう。
けれどレジスの様子を見る限り彼は本当に信頼のおける友人なのだろうと察せた。この先もレジスといるために彼とも、親しくはなれなくとも心に隔てのない関係になれたらと考えた。
もう十分休んだし夜風に身体が冷えてきた。レジスのところに戻ろうとテラスから戻ったカトリーナは、その人混みの中から恋人の姿を見つけることはできなかった。
(どこに行ったのかしら……)
せめてどこにいるか聞いておけばよかったなと、先ほど別れた場所を見渡したけれど姿はない。一人できょろきょろと視線を彷徨わせる私を他の人たちが目を細め口元を覆い眺めている。
もしかするとこの人たちもあの人と同じことを考えているのではないだろうか。平民上がりの女が図々しくパーティーに来るなんて──。途端に怖くなり大人しくテラスで待っていようかと考えた私に声がかかった。
「カトリーナ嬢。お一人でどうなさったのですか?」
「あ……ウィストン伯爵様……?」
先ほどレジスから紹介された男性の名前を呼ぶ。温和な笑みを浮かべた彼が頷いた。
「覚えてくださったのですね。お一人ですか」
「彼とはぐれてしまって……ジャック・ディモン様と一緒にいらっしゃるはずなのですが」
「あぁ、それならあちらにいるのでは?あの者といる時はあの場所に行かれるのです」
彼が指差した先を見れば確かにレジスのような人影が見えた。どうやら反対側のテラスにいたようだ。
「ありがとうございます」
「いいえ。──カトリーナ嬢」
歩き出そうとした私の名前をウィストン伯爵が呼ぶ。
「なんでしょうか?」
「爺が口出すのもなんですが。レジス殿下はお優しいだけではない、どうぞお気をつけなさい」
「……え……?」
それ以上なにを言うこともなく人混みへと戻っていった彼に変な気持ちになる。レジスに気をつけるだなんて、一体なにを言うのだろう。
不可解に思いながらもこれ以上一人でいるのも嫌で足を早める。レジスの姿が近づくにつれて人は少なくなり、彼に声をかけられる距離にまで近づく頃には周囲は静寂になっていた。
まだ話しているのだろうか。ちょうど会話が終わったところならいいのだけれど、と足を踏み出した時。
「まぁ見目はいいが平民の女だろう?」
さっきの、ジャック・ディモンの声が聞こえた。私の話であるとわかると足が止まり喉から声は出なかった。
「お前、ああいうのはやめろ」
「ああいうのって?」
「彼女の前で余計なことを言うな。何も知らずに能天気にパーティーを楽しんでくれたらいいのだから」
カトリーナは今、恋人が一体何を言っているのかとても理解できなかった。
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