夫に離縁が切り出せません

えんどう

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「ねぇアレク、これはどう?」
 街の道具屋で私は一枚のローブを持ち彼の方を見た。
「それ良さそうだな。羽織るには丁度いいか」
 今日はアレクが南の方へ旅に出ると言うので、その支度のために街へ買い物に来ていた。
 さすがに屋敷にいる時のような格好は出来ないので街の人に紛れるために質素な服に袖を通したが、やはりこちらの方が動き易いので私は気に入っている。
「悪いな、買い物付き合わせて」
「大丈夫よ。最近は屋敷にこもりきりだったもの、退屈だったし」
「息子は?」
「世話係の乳母が見てくれてるわ。少し出てくると伝えてあるから大丈夫」
「そう」
 私たちは元が貴族の出だ。普通の人ならば赤ん坊を母親が見るのは当たり前だろうが、私たちでは赤ん坊の世話は乳母や世話係が見るのが当たり前だ。
 特にアレクと私は同じ人に育てられた分、長い付き合いだが。
「…ねぇアレク」
「なんだ?」
「あなた、おば様に抱き締められたことはある?」
 おば様というのはアレクの実母のことである。長らく会っていないその顔を思い浮かべて私は尋ねた。
「ないな」
 バッサリと即答した彼に、そうよね、と呟く。けれどおば様が冷たいんじゃない。それが、私たちの中の普通なのだ。
 家族間の情はある。けれど必要以上に関わらない。
 我が子だからと抱き締めることもなければ、共に眠ることもないだろう。
 私の幼い頃の記憶にあるのはアレクと、乳母のサラと、窓越しにこちらを一瞥だけして去って行った母の姿だけだ。
「なんだ、抱き締めたくなったか?」
「…そういうわけでも、…いえ、どうかしら」
 言葉を濁せば彼は少しだけ驚いた顔をした後に笑った。
「抱き締めたいなら抱き締めたらいいだろ」
「情が湧いてしまうわ」
「それでいいじゃないか。お前はその子の母親だろう?」
「けれど」
「俺たちがそうされなかったからといって、その子にまで同じ扱いをする必要はない。お前の望むままに動けばいい。その時に俺の助けが必要なら、その時にまたそう言え。どんなことでもお前のためにやってやる」
 そんなことを言いながら頭を撫でてきた彼に目を伏せて笑う。そうしないと泣きそうだった。
 どうしてここまで私を気遣ってくれるのかわからなかった。けれどそれを聞いてしまえば、何かが壊れる気がして。
「…ねぇアレク、」
「カレン!」
 顔を上げれば、彼が私の腕を引いた。恐らく人にぶつかるのが目に見えたからだろう。けれど、結局背中に衝撃が走った。
「きゃっ…!ご、ごめんなさい!」
 明らかに私からぶつかってしまった。申し訳なさに振り返って謝れば、ぶつかった彼女もこちらを見て首を振った。
「いいえ、こちらこそ…………あ」
 こちらを映したその瞳の持ち主は、見覚えのある顔で。
「……奥様?」
 訝しげなその表情をしたのは、あの日、シークを屋敷まで送り届けた、幼馴染のエレナだった。
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