夫に離縁が切り出せません

えんどう

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本編

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 重厚な門を潜り抜けた私は停まった馬車から身体を滑り降ろさせた。王城へ来たのは久しぶりだ。滅多に用事など無いし、最後に訪れたのは昨年の王城内で開かれた夜会。
 たかが着替を届けるためだけにこんなに着飾るのもどうなんだとは思うが、今の私はカレン・ラストハート、シークの妻だ。まさか夫の顔に泥を塗るわけにもいかない。
 かつての記憶を頼りに父のいるはずの政務室へと足を動かす。
(…物凄く見られている気がするのは、気のせいかしら?)
 勤務中の殿方から不躾な視線が送られている気がする。だが気にするのも面倒で、私は一心に前だけを向いて歩いた。


「おや。美しい方が居ると思えばラストハート公爵夫人ではありませんか」
 政務室の戸を叩こうとした私に声をかけてきたのは、息子の誕生日会にも参加してくれた第一王子のハルクだった。
「──王子殿下。ご挨拶申し上げます」
「こちらにいらっしゃるのは珍しいですね。公爵ならばこちらにはおりませんが」
 柔和な笑みを浮かべた少年に私は首を振る。
「今日は父への遣いで参りましたので」
「そうですか。仲がよろしいのですね」
「…ふふ、そうでしょうか」
 否定と肯定もしない。あんな父と仲が良いと言われるのは心外だが、そう見えるのならわざわざ訂正する必要もない。
 まだ十六だというこの少年を、私は随分と苦手に思っていた。何かを見透かしているようなその瞳が、とにかく苦手で堪らない。
 私の知る十代の若者よりも随分と大人びているのが原因かもしれない。
「王子殿下も御政務の途中でいらっしゃいますか?」
 暗にさっさとどこかへ行けと願いながら口にすれば彼は相変わらず食えない笑みを浮かべたまま首を横に振る。
「いいえ。鍛錬の稽古の帰りですが、美しい人が来ていると聞いて大回りしてしまいました」
 なるほど、だからいつもよりも服装が崩れているのか。一人納得しながらその後の言葉に慌てて声を出す。
「こちらには女性はいらっしゃいませんでしたよ。すれ違ったのは殿方ばかりでしたから、反対の通路の方では?」
「──成る程、これは公爵が苦労なさるわけだ」
 ぽそりと呟かれた言葉がカレンの耳に届くことはなかった。
「僕には貴女がとても美しく見えるのですがね。今度、貴女宛に鏡を贈りましょう」
 そう言った王子があまりに自然な流れで私の手を引き、その指先に口づけを落とした。
 何が起きているのかも分からず「へ?」と声を上げた私は、次の瞬間すごい勢いで身体が後ろへと引っ張られ王子と距離を置かされてしまった。
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