39 / 56
本編
39
しおりを挟む「昨日アレックスがここへ来たそうだな。どこに匿っている!?」
玄関先で怒鳴った叔父に、父は面倒くさげに「そうなのか」と尋ねてきた。恐らくステューが言いつけたのだろうことはすぐに分かったし、予想もしていた。
「お久しぶりです、おじ様。それにしてもあんまりな言い様ですわね」
「話を逸らすな!お前にはコレをやっただろう、アレックスを返せ!!」
「おいカレン、本当に匿っているのか」
関わるなと言ったはずだと眉を寄せた父に冷たい視線をやれば彼は押し黙った。もう子供ではないのだと気付くことに、私は随分と時間がかかってしまった。
「確かに会いましたわ。けれど匿ってなどおりません」
「戯け!お前だろう、アレックスに余計な入れ知恵をしたのは!!」
「会わせても貰えなかったのに何を入れ知恵するというのです?」
「こんな、こんなことがあっていいものか!!親の承認も無しに勝手に籍を抜くなど、こんなことが…!」
──今なんと言った?籍を、抜く?
「おい、アレックスが籍を抜いたのか?」
「私は認めてなどおらん!!それに何も持たないアイツが頼るところなどここしかないだろう!早く居場所を吐け!!」
そうは言われても、私の頭は真っ白だった。まさか伯爵家から籍を抜いているだなんて思わなかったから。そんなことが出来ることすら、私は知らなかった。
「籍を抜いたということは、もうこの国で暮らす気はないということか?」
父の問いかけに叔父はそれはもう顔を青くさせた。
「今すぐ国境に人を遣らねば…!」
そう言ってもう一人の自分の息子の存在も忘れて帰って行った叔父に、父は大きなため息を吐いた。
「アイツのアレックスへの執着は大したもんだな。ステュー、お前ももう帰りなさい」
やれやれと肩を下ろして部屋へと戻っていく父を見送ってから私はステューを睨んだ。
「よくも言いつけてくれたわね」
「知っていることを話して何が悪い?」
「もういいわ、早く帰って。貴方の顔を見ていると私は頭が痛くなるの」
「ハッ、兄貴に捨てられたんだろ?さっきの様子じゃ、籍を抜いたなんて知らなかったらしいしな」
「…何が言いたいの?」
「兄貴も中々だよな。昨日会いに来た時に金でも渡したか?全部逃亡資金で、連れて行ってもらえるどころか置いていかれたんだもんなぁ?」
「──相変わらずよく鳴くお口ね」
幼い頃からずっと旅に出るのが夢だと言っていた。結婚したら新婚旅行でここに行こう、なんて幼い頃に約束していた。
それが大人の勝手な都合で全て泡となって消えたのだ。
「アレクは夢を叶えただけよ。あの人なりに考えたことよ、捨てられたなんて思ってないわ」
後に調べたことによると、アレクが折檻される原因を作ってしまったと気に病んでいたオルガ先生が逃亡資金を調達し、国外にアレクを逃したのだという。
叔父から随分と酷い目に遭わされたらしい彼は、それでも涙を噛み締めて喜んでいた。
「あの子を私のたった一言のせいで長年苦しめてしまったことが、本当に悔しくて堪らなかったんだ」
今はもう家庭教師をやめて、父からのツテで学園の臨時講師に落ち着いた彼は未だに叔父から目の敵にされている。
幼い頃からこの箱庭の中に収まるのが当たり前だと信じて疑わなかった。
けれどアレクは自分で羽をかき集めて、この狭い世界から自由になるすべを見つけたのだ。
それと共にこの狭い世界にずっと引き止めてしまっていたのが私の存在だったということが、悲しくて堪らなかった。アレクは私がいない方が良かった。私がアレクを縛り付けていた。
彼がいなくなったこの場所は、冷たくて、真っ白で、孤独で、何もない世界だった。
59
あなたにおすすめの小説
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる