夫に離縁が切り出せません

えんどう

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「昨日アレックスがここへ来たそうだな。どこに匿っている!?」
 玄関先で怒鳴った叔父に、父は面倒くさげに「そうなのか」と尋ねてきた。恐らくステューが言いつけたのだろうことはすぐに分かったし、予想もしていた。
「お久しぶりです、おじ様。それにしてもあんまりな言い様ですわね」
「話を逸らすな!お前にはをやっただろう、アレックスを返せ!!」
「おいカレン、本当に匿っているのか」
 関わるなと言ったはずだと眉を寄せた父に冷たい視線をやれば彼は押し黙った。もう子供ではないのだと気付くことに、私は随分と時間がかかってしまった。
「確かに会いましたわ。けれど匿ってなどおりません」
「戯け!お前だろう、アレックスに余計な入れ知恵をしたのは!!」
「会わせても貰えなかったのに何を入れ知恵するというのです?」
「こんな、こんなことがあっていいものか!!親の承認も無しに勝手に籍を抜くなど、こんなことが…!」
 ──今なんと言った?籍を、抜く?
「おい、アレックスが籍を抜いたのか?」
「私は認めてなどおらん!!それに何も持たないアイツが頼るところなどここしかないだろう!早く居場所を吐け!!」
 そうは言われても、私の頭は真っ白だった。まさか伯爵家から籍を抜いているだなんて思わなかったから。そんなことが出来ることすら、私は知らなかった。
「籍を抜いたということは、もうこの国で暮らす気はないということか?」
 父の問いかけに叔父はそれはもう顔を青くさせた。
「今すぐ国境に人を遣らねば…!」
 そう言ってもう一人の自分の息子の存在も忘れて帰って行った叔父に、父は大きなため息を吐いた。
「アイツのアレックスへの執着は大したもんだな。ステュー、お前ももう帰りなさい」
 やれやれと肩を下ろして部屋へと戻っていく父を見送ってから私はステューを睨んだ。
「よくも言いつけてくれたわね」
「知っていることを話して何が悪い?」
「もういいわ、早く帰って。貴方の顔を見ていると私は頭が痛くなるの」
「ハッ、兄貴に捨てられたんだろ?さっきの様子じゃ、籍を抜いたなんて知らなかったらしいしな」
「…何が言いたいの?」
「兄貴も中々だよな。昨日会いに来た時に金でも渡したか?全部逃亡資金で、連れて行ってもらえるどころか置いていかれたんだもんなぁ?」
「──相変わらずよく鳴くお口ね」
 幼い頃からずっと旅に出るのが夢だと言っていた。結婚したら新婚旅行でここに行こう、なんて幼い頃に約束していた。
 それが大人の勝手な都合で全て泡となって消えたのだ。
「アレクは夢を叶えただけよ。あの人なりに考えたことよ、捨てられたなんて思ってないわ」

 後に調べたことによると、アレクが折檻される原因を作ってしまったと気に病んでいたオルガ先生が逃亡資金を調達し、国外にアレクを逃したのだという。
 叔父から随分と酷い目に遭わされたらしい彼は、それでも涙を噛み締めて喜んでいた。
「あの子を私のたった一言のせいで長年苦しめてしまったことが、本当に悔しくて堪らなかったんだ」
 今はもう家庭教師をやめて、父からのツテで学園の臨時講師に落ち着いた彼は未だに叔父から目の敵にされている。

 幼い頃からこの箱庭の中に収まるのが当たり前だと信じて疑わなかった。
 けれどアレクは自分で羽をかき集めて、この狭い世界から自由になるすべを見つけたのだ。
 それと共にこの狭い世界にずっと引き止めてしまっていたのが私の存在だったということが、悲しくて堪らなかった。アレクは私がいない方が良かった。私がアレクを縛り付けていた。
 彼がいなくなったこの場所は、冷たくて、真っ白で、孤独で、何もない世界だった。
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