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10,王子様は唐突です
普段から中々利用者のいない図書室が、シャルロットは入学してからずっとお気に入りの場所だった。
幼い頃に大好きだった従兄から貰った本に魅了されて以来、シャルロットは本に囲まれることが幸せとなっていたのだ。
心踊るような物語小説、まるで現実にありそうな悲しい恋愛小説、驚くべき発見をした偉人の生涯…。一つ読むたびに幾万の知識を得ることが出来る本を、シャルロットは素晴らしいという言葉では足りないほどに愛していた。
いつしかこんな本を書いてみたい、読んだ人を感動させるような本を世に広めたい。
そんな夢を想像していた頃だっただろうか。初めて王子と言葉を交わしたのは。
「食べるか?」
ぼうっと宙を見つめていたシャルロットに、王子が果物の皮を砂糖漬けにした菓子の皿を差し出してくる。
「いいえ。またそんなものばかり食べていると、主治医に怒られてしまいますわよ」
昔から甘いものが好きだという彼は、砂糖の摂取量が多すぎる。好きというよりも、一種の依存症のようなものだろうとシャルロットは考えるが。
「それに、太りますわよ」
「そんなの食べた分運動しないからだ」
「健康にも悪いです」
「運動すればいい」
普段の聡明さはどこへ行ったのか、砂糖の摂取量よりも運動量を増やせば健康体とでもいうのか。
「それで?自ら俺の馬車に乗ったということは、そういうことでいいんだな?」
笑いながらも真面目な目をするレオンに、もう迷いなどないとばかりに頷いてみせる。
王女のあの発言を話そうかどうか迷ったが、今更考えても仕方のないことだと、考えることを放棄する。それにきっと私が事実であって欲しくない故の思い込みだろう。
「えぇ、大丈夫です。穏便に、それでいてあの二人も満足ーーとまではいかなくとも、納得する結果でしょう」
そうだな、とレオンが頬杖をついて窓の外を見る。そして、ギョッとしたように目を開いた。
「…おい、シャルロット」
「はい?なんですか?」
「お前の婚約者が付いてきているが」
「……はい?」
意味がわからず、シャルロットも身を乗り出して窓の外を見て、口をぽかんと開けた。
後ろを付いてくる馬車の窓からは、アルフレッドが二人と同じように身を乗り出してこちらを見ている。どんな表情をしているのかまでは遠くて見えないが。
「…不貞の証拠を見つけたと追ってきたか、それとも」
「……それとも、なんですか」
「自分のものが他人に渡る、独占欲による嫉妬か」
「そんなもの」
「まぁいい、このまま城へ行くぞ」
「えっ?」
家の側で降ろしてくれるとばかりに思っていたが、どうやらそんな気はないようだ。
「善は急げというだろう。愚妹ももう帰っているだろうし、このままアイツを連れて話し合いをしようじゃないか」
「今からですか!?」
心の準備もできないままに言われ、シャルロットは動揺してしまう。
「そんな、急すぎませんか」
「新たな婚約者を見つけるのに余計な時間を使っていいのか?」
「それは……そうですけれど」
「じゃあいいだろう」
そう言いながら王子が御者に声をかける。言葉を聞いた御者が、アルフレッドの乗った馬車の御者に手信号を送った。すぐに了解の意が確認できたのを告げられた。
「…貴方は本当に急ですね、いつも」
「そんなところがいいと行ってくれたのはお前だ」
「まぁ、そうですわね」
レオン王子に話しかけられたのは、本当に唐突だった。
「これ、お前が書いたのか?」
いつもは自分以外いないはずの図書室の、自分の特等席。そこに置き忘れたものを取りに戻ると、その場所に座った王子が私の忘れ物を手に持っていた。
誰にも気付かれないように至って普通のノートに書いていた小説。それは私がもう何年も修正を入れながら、書き上げてきたもの。
それを人に見られたという恥ずかしさと自国の王子が話しかけてきたというパニックで、私はもうその場に立っていられないほどだった。
だというのに彼は再度パラパラとノートを捲った。
「…これ、続きはまだ書き上げていないのか?」
「は、はい!?」
「面白い。続きは?これからか?」
「お、面白いって、これがですか…?」
書いてはみたものの、人に読ませるような代物ではないように思う。文章はちぐはぐだし、何が描きたいのか分からないくらいへたくそ。
なのに彼はそれを勝手に読んで、面白いという。
「曖昧な表現があるが、読み難くはない。この主人公の性格、俺は好きだぞ」
「……ありがとう、ございます」
「勝手に読んで悪かったな。前にも声をかけたが、本を読むのに集中して気付かなかったようだから」
「え!?」
まさか王子殿下の言葉を無視していたなんて。顔が真っ青になったので、さすがにレオンが笑って手を振る。
「別に気にしていないから謝るな。むしろ目の前にいるのに気付かないのが面白かった」
「も、申し訳ございません…」
「謝るなと言っているのに。…まぁいい、よければまた続きが書けたら見せてくれ」
「はっ、はい!」
高位貴族といえどたかが侯爵令嬢、間近でお会いしたことも学園の入学式くらいのこと。
緊張しすぎて碌に何も話せなかったシャルロットは、出来ればもう話したくなかったのだが。次の日から毎日レオンが突撃してくることにより、虚しい願いは砕け散ったのだった。
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