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14,恋どころか、愛["]
しおりを挟む「シャルロット・フレージア……シャルロット…」
少年はうっとりとした表情を浮かべて、ベッドの上で横になっていた。
あのお茶会の日から、もうずっと彼女の声が耳に残っている。あんなに美しい少女を初めて見た衝撃と、未だ残る不思議な想いが、ここ最近アルフレッドの頭を占めている。
「綺麗な空色の瞳、ふわふわな金色の髪……」
彼女の容姿を記憶で辿りながら、アルフレッドは起き上がって姿見の前に立った。
「…チビで、暗くて、髪も瞳も黒くて、何の取り柄もない」
自分と彼女が釣り合うはずがないのだと、考えても考えても諦めることは出来なかった。
「あんなに可愛い子と結婚できたら、どれほど幸せだろう…」
ほうっと息を吐いたアルフレッドに、うげぇ、と変な声を上げたのは兄のルイスだった。
「お前、俺が来たことにも気付かないなんて」
「…兄さん…」
元凶である兄を恨みもしたが、今はあの天使に出会えたことで感謝すらしている。
「シャルロットのこと、そんなに気に入ったのか」
「…名前を呼び捨てなんて」
「いいだろ、別に。お前だってすればいいじゃん。うちのが格式高いんだから」
「そうなの?」
自分が知っているのはあくまで彼女の存在だけで、色んなことを知っている兄がとても頼もしかった。
「おう。あの子、フレージア侯爵家の一人娘だってよ。男兄弟居ないみたいだし、このままなら入り婿取るだろ?お前も次男だし、丁度いいんじゃねぇの」
「え、丁度いいって」
「まぁ今はまだわかんねぇけど、あと数年して様子見てから婚約話持ち込んだらいいんじゃねぇ?」
五歳児ながらに、家庭教師から婚約者がなんたるかについては聞いていた。だからこそ、アルフレッドは目の前が真っ赤になった。
「ぼ、僕が彼女に釣り合うはずがないだろ!兄さんならっ、…母上にそっくりの、その藍色の髪があるけれど」
何もかも平凡な自分は、兄のように容姿に自信が無い。それもあんな美しい子を前にしたらなおさらだ。
「まぁ、お前もまだガキだからな。すぐに他の子好きになるって」
兄はこの時の自分を、初めて外の世界に出て夢中になっているだけだと思っていたようだ。
けれど、自分の彼女への想いは月日が経っても、年数を重ねても、変わることはなかった。むしろこれ以上ないほどに増えていた。
次にシャルロットと会ったのは、それから約一年半後の貴族の通う学園に入学した時のことだった。
もちろん友人の多い彼女が自分のことを覚えているはずもなく、目の前を通り過ぎて行ったことに落胆もした。
だがそれ以上に、近くを通った時の花の匂いだとか、さらに美しくなった姿だとかに、ただ後ろから見続けることしか出来なかった。
男子とも普通に仲良くなる彼女に何度も話しかけようとしたけれど、人見知りがマシになったとて口下手が治るわけではなかったので、なんと声をかければいいのか分からなかった。
毎日毎日、一日中。彼女の後ろ姿を見守って、彼女が友人と笑うのを見守って、どんな話をしているのかさえ聞き耳を立てていた。
そうして日に日に膨らんでいく恋心はいつしか愛へと変わり、僕は兄からはっきり「気持ち悪い」と言われるほどにはストーカーと化していた。
けれど別に何かしたわけじゃない。ただ彼女があまりにも美しくて、しかもそれを自覚していないから心配だったのだ。休みの日なんかは街に行くというから、変な輩に絡まれても大変だと後ろでボディーガードしていただけだし、彼女が図書館で借りた本を借りてただ眺めていたりしただけ。
あとは、彼女の趣味嗜好をなぞって、自分の嫌いな野菜を克服したりしただけだ。彼女のためなら、嫌いなものだって好きになったし、好きなものだって嫌いになった。
全ては彼女に相応しい男になるために。
「よかったな。父上が、お前とシャルロット嬢との婚約を前向きに検討してくれるってよ」
呆れ眼差しの兄からそう告げられたのは、アルフレッドが十四歳ーー彼女に恋に落ちてから、約九年が経った時だった。
「そ、それ、本当に!?」
「本当だ。だからお前、そろそろ気持ち悪いことやめろよ」
「気持ち悪いこと?」
兄が何を指しているのか分からず首を傾げると、嫌そうな顔をされた。
「朝に陽が出てから夜に暮れるまでずっと彼女を尾行することだ!!!」
「なっ…あれはただ、心配で!」
「限度があるだろう、友人でもないのに!」
幼い頃は自分の完全なる味方だった兄は、いつしか自分のことを変な目で見るようになっていた。
「それは僕が彼女を愛しているからっ…!」
「だーーっ!わかった、わかった!もういいから、とりあえず尾行はやめろ!それと毎日彼女の観察日記を書くのもやめろ!わかったな!?じゃないと婚約はやめとけって父上に言うからな!?」
「そんなっ……!」
やっとやっと、夢にまで見た婚約が叶うかもしれない。聞かされた瞬間は夢見心地だったのに、今は現実に突き落とされた気分だ。
「どうする?婚約をやめるか、見守るのをやめるか」
「………見守るの…やめます…」
くっと噛み締めて答えたアルフレッドに、兄は心の底から安堵の息を吐いていた。
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