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崩れる塔

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 (今頃、向こうの魔導師も心配していることだろう…
しかし、ミロス達がいなくなった以上、他に様子を見に行かせる者はいないし、私も今はまだ動くことは出来ない…
まぁ、報酬は少しばかり待っていただくとするか。
その代わり、多少色を着けてやるとしよう。
……そういえば、船が戻るのは確かあと数日後だな。
ディオニシスの死がこちらに知らされるのは、その時になるか…)

ネストルは船の到着を思い浮かべ、寝台の上でほくそ笑む。



 (今頃、ロージックの麓の町では、大騒ぎになっているだろうな。
あの次の朝、ディオニシスの亡骸は広場で発見された筈だ。
そこへ駆け付けたあの魔導師がディオニシスの遺体の腕輪を見て、もしやこれはリンガーの者ではないかと騒ぎ立てる…
ロージックに商談に来ているリンガーの商人が呼ばれ、あれがリンガーの王子ディオニシスの遺体だと確認する…
噂が広まるのは恐ろしく早い。
その者がこちらへ戻れば、ディオニシスの死はすぐにも国中に広がることだろう…
そうだ…こんな非常事態だ。
 臨時の船が出されるかもしれない。
では、そろそろ戻って来る頃か!?
とにかく、あと少し…あとほんの少しで、私の思い描いた夢の第一幕が上がるのだ!)

 甘美な妄想にネストルの顔は徐々に紅潮する。
その時、部屋の外にざわめきを感じ、ネストルは現実に引き戻された。



 「ネストル…!
すまなかったな、遅くなって。
どうだ、具合は…」

 開かれた扉から姿を現したのは、セルギオス王だった。
 突然の王の訪問に、ネストルは慌てて身体を起こす。



 「無理をするな。
そのままで良い。」

 「いえ…私はもう大丈夫ですから。」

 一瞬、眩暈のようなものを感じたが、ネストルは気丈にそう答えた。



 「何をおっしゃいます。
あなたはようやく死の危険から抜けきったばかり。
 回復にはまだしばらくかかりますぞ。」

セルギオスの後ろから現れたオレスト医師が、ネストルに苦い顔を向けた。



 「オレスト医師、またそんな大袈裟な…」

 「何が大袈裟なものですか。
あんなに酷い怪我をして、あれほど大量の血を流されたのですから。
それに、血をいれることも拒まれる…全く、あなたというお方は…」

 「ネストル、オレストの機嫌がこれ以上悪くならないうちに横になってくれ。」

セルギオスに促され、ネストルは恐縮しながら身を横たえた。
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