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晴れ渡った青空に突如雷鳴?

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高遠が戻ってくるまでの間、私はベッドの前の床に座りこみ、床に積んであった漫画雑誌をパラパラとめくりながら考え事をしていた。

吐けるだけ吐いて、シャワーを浴び、少しだけお酒が抜けて冷静になると、今の状況がとんでもなくヤバイ事に気づいた。

――二十代半ば過ぎの恋人のいない男女。
――互いに入浴済み。
――目の前には大きなベッド。

しかも枕元にはご丁寧にティッシュまで置いてある。

詰んだ。これは完全に詰んだ。
これってもう完全に、私は喰わぬと『男の恥』になるという『据え膳』状態だ。

いくら相手が高遠だとはいえ、歩けなくなる程泥酔し、ノコノコ自宅まで付いて来た自分を恨めしく思った。しかし、今更逃げ出すわけにもいかない。警戒心を露わにし過ぎるのは、高遠の事を信用していないと示しているようで躊躇われるのだ。

一応私にも、今まで散々高遠に迷惑をかけてきたという自覚はある。
高遠にとって、迷惑ではあっても、何の得にもならないのに、高遠はいつも当たり前のように傍にいてくれた。変わりばえのない私の愚痴に。理不尽な八つ当たりに。多少の文句は言っていたけれど、決して本気で嫌がらず、いつも最後まで付き合ってくれた。
そんな高遠の優しさがどれだけ私の心を支え、救い、癒してくれたのか。本当は私だって気付いている。

……しかし、だからと言って、じゃあ高遠と寝れるのか?といったら…実際どうなんだろう?

私達の関係は男女の仲を超越したものだと思っている。正直なところ、いつも一緒にふざけてばかりいるから、私達の間でそんな色っぽい事が起こるなんて想像したこともない。

(いやいや待て待て。高遠はいつも私の事を女として残念過ぎるって言ってるし。そもそも私を『据え膳』だなんて思ってもないかも?) 

とりあえず、にならないよう気を付けて、普段通りに接しよう。そう心に決めて深呼吸した時、ドアが開いて高遠が戻ってきた。

「お前…まだ起きてたのかよ?先に寝てて良かったのに。ほら、もう遅いからさっさと寝ろ」

まるで犬でも追い払うかのように手首を動かす高遠の表情かおは、濡れた髪を拭く為なのか、頭に被っているタオルのせいで窺い知ることはできない。

「じゃあ、お布団貸してくれる?自分で敷くから」

「は?何言ってんだよ!お前はベッド使え!」

「いや、さすがにそれは申し訳なさ過ぎるし。それに…今床が見えてる面積で高遠が横になれるとも思わないし。だから、ね?」

「ね?じゃねぇよ!何こんな時だけ殊勝な態度とってんだよ!あーもー。じゃあ俺はドアの向こうで寝るから!お前も早く寝ろよ!」

そう言って、何も持たずにドアの向こうに行こうとした高遠の腕を、私は咄嗟に掴んで引きとめた。

「ちょっと!お布団は?」

「は?んなもんねーよ。寧ろ今の時期は床の冷たさが逆にいいんだよ」

「はあ?もしかしてあんた、そのまま床に寝るつもり?そんなんじゃ疲れが取れないし、体痛めるよ?ていうか、予備の布団もないのに私を連れて来たの?一体どうやって寝ようと思ってたのよ」

「……うっせぇな。そこまで考えてなかったんだよ。仕方ないだろ。あの状況じゃ」

「あの状況って!…ああ、まあそうか…。私のせいか…。じゃあさ、ベッドを半分ずつ使って一緒に寝ようよ!私そんなに寝相悪くないし。高遠は?うーむ。互いの陣地を侵さないように真ん中に何か置く?」

「……」

「おーい!高遠?顔が見えないと何考えてるか分からないから嫌なんだけど。頭拭いてあげようか?」

私は高遠の頭に載っているタオルへと手を伸ばした。
……その瞬間、高遠の節くれだった大きな手が私の手首を掴んだ。

「…お前、本当にこの状況で俺が何考えてるかわかんないの?」

「痛っ!高遠…マジで痛いから。力強過ぎ」

掴まれた手首が軋むように痛んだ。睨むように高遠の顔を仰ぎ見ると、タオルの下に隠れていた顔が垣間見れた。私の瞳に映った高遠の顔は、今まで見た事もないくらい真剣なものだった。鋭い光が宿る双眸は『雄』のを孕んでいる。

高遠は掴んだ手首をそのまま高く持ち上げて反対の腕を私の腰に回し、抱きこむようにして私を引き寄せた。そして、射抜くように真っ直ぐ私を見つめながら、苛立ったように言葉を紡ぐ。

「好きな女が、ずっと好きだった女が、俺んちの風呂入って俺の服着てるんだ。その上、無防備な湯上り姿を見せつけられて、男が何も感じないとでも思ってんの?それとも俺は男として見られてなかった?」

「え?す…好きな女?それって私の事?風呂って…服って…だって、もどしちゃったから、そうするしか…」

『そうするしかなかったじゃない』と続けようとした言葉は、高遠のキスに飲み込まれ、音にはならなかった。

力の加減もされずに掴まれた手首が熱い。
高遠の左手が私の腰から後頭部へと回され、逃がさぬよう後ろから押さえこむ。それに合わせて、口付けは更に深いものへと変わっていった。

ぬるりとした温かい生き物のような高遠の舌が、私の口腔内を縦横無尽に動き回る。自分の舌で絡めとるようにして私の舌を引き出した高遠は、それを絡ませたまま、舌先で器用に上顎の裏をなぞり、私の舌を喰らうかのように唇で柔くんだ。
高遠のくせに、その口付けはとても巧みで蕩けるようなものだった。

長い口付けの後、高遠は私の耳元で意地悪く囁いた。

「流石に少し苦いな。まだ微かに胃液の臭いもするし。夢にまでみたお前との初めてのキスが胃液風味だなんて…。まあ、俺ららしいのかもな?
……なあ山瀬。お前なんて顔してんの?誘ってんの?」

耳朶を擽ぐる熱い吐息に、私はぞくりと身体を震わせた。
自分が今どんな表情かおをしているのか分からない。
けれど、高遠がわざと私を辱めるような台詞を囁いている気がした。
妙な色気を纏った低い声はダイレクトに子宮に響き、を刺激する。

「苦いって。そんなの当たり前でしょ?いくら念入りに口をゆすいだとはいえ、よく嘔吐したばかりの人にキスなんかできる…んんっ」

苦い?臭い?だったら、キスなんかするな!そう続けようとした言葉を遮るように、高遠は肉厚な舌先で私の右耳の溝を辿り、耳輪を舐め上げ、耳朶を軽く食む。
そして、いつの間にか私の頬に添えてあった左手で、左耳の後ろを何度もいやらしくなぞった。
次々に与えられる感覚に、徐々に力が入らなくなっていく。

それを見透かしたかのように高遠は私をベッドの上に押し倒すと、再び唇を重ねてきた。
私が言葉を発しようと顔を逸らすと、高遠は意地悪く、首筋や耳、頬などに触れるだけの口付けをいくつも落とした。そして時々、思い出したようにいやらしく舐め上げた。
表皮を掠める口付けは私の肌を粟立たせ、肌の上を這い回る舌の熱は私の心をざわめかせた。

お酒が残っているからだろうか?私は湧き上がる快楽に抗えず、自ら求めるように自分の唇を高遠のそれに重ねて舌を絡ませた。

……室内には、湿ったリップ音だけが響いていた。

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