うちの猫が強すぎる!

シンカワ ジュン

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第一章 田舎娘とお猫様の日常

田舎娘は、猫を吸う【ΦωΦ】

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 馬に似た魔獣だけど、その後無事に狩ることができた。討伐が完了した当日、あの巨体を何人もの狩人たちが運んでいて実に壮観だったことが記憶に新しい。ちなみに、お父さんたちが相対した時にはその魔獣はすでに虫の息だったとのこと。ですよね。

「なんて名前の魔獣かは分からなかったけど、すっごい美味しかったなぁ」

 森の異常の原因を討伐したということで、その日はほんの少しお祭り騒ぎにもなった。お祝いだからと、馬に似た魔獣の肉をこんがり焼いたものが村人全員に振る舞われたのだが、それがまた大変美味だった。
 もっとたくさん食べたかったけれど、冬の蓄えのために残りは全部燻製や干し肉に加工することが決定していたので、残念だなと思ったのは秘密だ。

 そういえば、先日村の大人たちが集まって話し合いが行われた。議題はもちろん、森の異常とその原因になったであろう魔獣の存在についてだ。
 この件に関してはすでに解決済みとはいえ、領主様に報告するべき事案ではないかという言葉が上がるのは、考えてみれば当然のことだろう。

 なので、お父さんは今日、二人ほど狩人を連れて領主様の元へ向かった。手土産として、しっかりと下処理を済ませた馬に似た魔獣の肉も持参している。魔族である領主様は美味しいものに目がないので、今回の手土産も喜んでくださるだろう。
 ちなみに領主様の館まではこの村からだと丸一日掛かる。泊まりがけの移動になるから、お父さんは明日の夜まで帰って来ないだろう。

 つまり、今この家には私とマロンの二人だけ。

「……むふふふ~、マーローンーちゃーん。今日こそ私が満足するまで吸わせるのだー!」
「ミニャッ!?」

 私のベッドのど真ん中で毛繕いをしていたマロンに抱きついて、彼女の腹に顔を埋める。そしてスーハスーハーと深呼吸して、愛しいにゃんこの良い香りを肺いっぱいに吸い込んだ。

「うへへへ、太陽の匂い」
「ミャー……ゥ」

 やはり猫吸いは最高だな。お腹の次は肉球を吸わせてもらわなければ。

 実はマロン、私に対しては基本的にデレデレのあまあまではあるんだけど、この猫吸いという行為はあまり好きではないらしく、いっつも不満げな声を出す。だけど本気で嫌がらない辺り、彼女の優しさが感じられた。
 肉球を吸っていると、マロンが私の頭を尻尾でベシベシと叩く。これは「もういい加減にしろ」という合図だ。もしもこの合図を無視して吸い続けたら、ニュッ、と鋭い爪が出てくるか、がぶ、とどこかしらを噛まれること請け合いである。もちろん本気の抵抗ではないので、ちょっぴり痛い程度で済むんだけどね。

 マロンの香りを十分堪能した私は顔を上げる。そしてマロンを労るように撫でてから、昼食の準備に取り掛かった。

 今日はお父さんもいないし、マロンにちょっとだけいいご飯を作ってあげよう。

 そうと決めた私は、昨日処理したばかりのテティラビーの生肉を取り出した。
 このテティラビーの肉は脂肪分が少なくてあっさりしてるので、さっと焼いても茹でても蒸しても、何をしても美味しくいただける。今日はせっかくだから、茹でて出汁を取って、そのままスープにしよう。で、茹で上がったお肉をマロンにも分けてあげるのだ。

 ふんふんと鼻歌を歌いながら、飲料水を鍋に移し、火に掛けた。この家のコンロはストーブと兼用なので、この時期はいちいち火を点ける必要がないからいい。もちろん、火を絶やさないよう管理はしないといけないけどね。あと、夏場は普通に暑いし面倒くさい。

 前世、快適な世界で生きていた私には衝撃的な生活ではあったけれど、さすがにもう慣れた。それに、魔獣の角がやたらと便利な着火剤兼燃料になるので、火の扱いは意外と楽だ。火事には十分注意しないといけないけどね。

 鍋にお肉を投入し、火が通るまでしっかりと茹でる。隣ではマロンがにゃあにゃあと鳴きながらウロウロしていた。たぶん、お肉が楽しみなのだろう。
 そうするうちに肉に火が通ったので、取り出してから一口大に切る。そしてマロンの分を皿に盛って、冷めるのを待ってから彼女の前に差し出した。

「はい、お食べ」
「ニャッ!」

 マロンは皿の上の肉に早速かぶりつく。実にいい食べっぷりだ。この世界には前世にあった猫缶や、それこそ対猫兵器であるおやつもないので、彼女にとっては食がいささか寂しかったのだろう。
 マロンのご飯として、解体した魔獣の内臓でも使えれば良かったんだけど、それも大切な食料だからわざわざペット用にはできなかった。だからいつもは塩を使っていない乾燥肉を水で戻したものをあげているんだけど、あまり好みの味ではないみたいで食い付きが悪いのだ。

「もう、贅沢さんめ」

 私はスープに味付けをしながら、皿まで綺麗に舐めきったマロンに愛情を込めた悪態をついた。



 夕ご飯を終えて今日はもう寝るだけとなったので、私は寝間着に着替えてベッドに横になった。それを見てマロンも布団の中にもそもそと潜り込んでくる。
 私の腕の中で丸くなったマロンの体は、ふかふかで柔らかく温かい。とても良い湯たんぽだ。

「あったかいねぇ……」
「ミャフワァーア」

 マロンはあくびをしながら、私の言葉に同意するように小さな鳴き声を漏らす。
 いくらストーブの火があるといっても、寒いものは寒い。だから、このマロンの温もりは本当にありがたくて、そして嬉しいものだった。
 前世ではいつもこうして一緒に寝ていたもんね。冬場はぴったりくっ付いて、夏場は暑いからあなたは私の足下で丸くなっていた。

「……マロンがまた私の所に来てくれて、本当に良かった」

 私のこぼした呟きに、マロンは耳をピコピコと動かした。この子は昔から賢い子だったけれど、今では私の言葉が全部分かっているみたいな反応をする。やだ、うちの子天才……。
 なんておふざけを布団の中でしていたけど、「いい加減寝ようよ」と言わんばかりにマロンが私の顔をペチペチと叩いてきた。それもそうだねと私は頷いてから、布団を被り直して目を閉じる。
 目の前をじわじわと闇が侵食してきたと思った時には、深い眠りの世界に落ちていた。



     ΦωΦ


 アタシは ネコである。ナマエは マロン。

 ダイスキな ゴシュジンさまに つれられて、ダイキライな ビョーインで チューシャを うたれた かえりみち。
 アタシと ゴシュジンさまは、おおきな 『とらっく』とかいう クルマに ひかれて、しんでしまった。
 それなのに アタシは ダイスキな ゴシュジンさまに だっこされていた。どうして だっこされているのか わからなかったけど、ゴシュジンさまに だっこされるのは ダイスキだから、うれしくなって のどを ならした。

 そうだ、ビョーインで チューシャを うったんだから、オヤツが ほしい。アタシ、がんばったんだよ。チューシャを さされても あばれなかったんだから。

 ゴシュジンさまの むねに アタマを こすりつけて あまえたら、ゴシュジンさまは 「しょうがないなぁ」といって、いつも オヤツを くれる。だけど きょうは、どれだけ まっても おやつを くれなかった。
 そのかわり、アタシの アタマを なでてくれる。ゴシュジンさまの ては とても きもちいい。そういえば ゴシュジンさまの トモダチだとかいう ニンゲンが、ゴシュジンさまの ての ことを 『ごっどはんど』と いっていた。いみは よく わからない。

 なでなでが きもちよくて、ウトウトと しはじめたとき、なんだか やかましい オトコのコエが きこえてきた。しらない ヤツだ。そのオトコが なにか いうと、ゴシュジンさまが おこりだした。そうか、コイツは わるいヤツなのね!
 アタシは やかましい オトコのまえに とびだして、ジマンの『け』をさかだて いっしょうけんめい イカクした。だけど そのオトコは ぜんぜんアタシを おそれなかった。くやしかった。

 やかましい オトコは じぶんのことを『カミさま』だといった。『カミさま』って なんだろう。えらいヤツ なんだろうか。
『カミさま』は、ゴシュジンさまに 「ねがいを かなえてやる」と いっている。ねがいを かなえるって、なんだろう。ああでも、 『ねがい』 という ことばの イミは しっている。だって、ゴシュジンさまが よく 「おねがいだから おなか すわせて!」って いってくるから。
『ねがい』って、つまり ジブンが やりたいことを いうって ことなのかな。

 ゴシュジンさまが、アタシの アタマを なでて、それから だっこした。ゴシュジンさまが 『カミさま』に なにか いっている。

「アタシの ねがいは、らいせでも このこ……マロンと いっしょに くらすこと です」

 ゴシュジンさまの 『ねがい』は アタシといっしょに くらすことなの? それなら いまでも そうじゃない。 あれ、でも アタシたちは しんじゃったんだよね。ねえねえ ゴシュジンさま、『らいせ』って どういう いみ なの?

 よく わからない けれど、ゴシュジンさまは アタシと いっしょに くらしたいんだ。じゃあ、アタシは。

「『とらっく』 にも かてるくらいに つよくなりたい。アタシの とくいわざ、ねこぱんちで ゴシュジンさまの てきを やっつけるんだ」

 アタシが ひっしに ないていると、『カミさま』が アタシをみた。おや、ヤツは アタシと おなじ めのいろを していたのね。でも アタシのほうが ピカピカしてて キレイよ。ふふん。
『カミさま』が ヘンなカオを したとおもったら、ヤツは また いみの わからないことを いった。

「それでは よい らいせを!」

 つぎの しゅんかん、まわりが とつぜん ピカッと ひかったと おもったら、アタシは木がいっぱい生えている場所にいた。

「ご主人さま、どこにいるの?」

 さっきまでアタシを抱っこしてくれていたご主人さまがどこにもいない。だからアタシは悲しくなって、ずっと鳴いていた。
 すると、この声を聞き付けたのか、アタシよりもおっきな生き物が現れた。その生き物はアタシを食べようとしているのか、涎を垂らしている。

 こんなところで食べられてたまるか。ご主人さまがアタシと一緒に暮らすって言ってたんだから。
 アタシは必死に威嚇した。そして、自慢の得意技、ネコパンチをお見舞いしてやったのだ。

 するとどうだ! なんとそいつは、アタシの攻撃を受けて倒れたのだ!

 前はこんなにアタシのネコパンチは強くなかった。だから、あの『神さま』がアタシの願いを叶えてくれたんだと思う。でも、ご主人さまが『神さま』に対して怒ってたから、やっぱりあいつは悪いヤツなんだろう。でもちょっとだけ感謝してあげる。

 ご主人さま、アタシ、ここにいるよ。

 とっても強くなったから、今度はあの『トラック』からだってご主人さまのこと守ってみせるんだから。
 だからご主人さま、またいっぱい撫で撫でしてね。あ、でも、お腹を吸うのはほどほどにしなきゃイヤよ。
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