うちの猫が強すぎる!

シンカワ ジュン

文字の大きさ
35 / 66
第三章 魔王様の専属シェフとお猫様の日常

魔王様の専属シェフは、魔王様と休憩する

しおりを挟む
 我ながら、魔王様の専属シェフ姿も板に付いてきたと思う。
 お茶とお茶菓子をワゴンに乗せ隣の執務室に移動しながら、私はそんなことを考えていた。

「ジャル様、そろそろ休憩なさってはいかがですか?」
「おや、もうこんな時間でしたか」

 私が書類に目を通していたジャル様に声を掛けると、彼は掛けていた眼鏡を外してぐぐっ、と伸びをする。

「もう私も歳でしょうか。書類の確認ばかりが続くと目が疲れてしまいます」

 自虐的なことを言いながら、ジャル様はゆっくりと立ち上がりいつもの席に座った。そこは休憩や食事の際に利用する小さなテーブルで、私がいつも料理を運ぶ場所でもある。

「今日はお茶請けにプリンを作りました。ソースはいつものカラメルではなくテティベリーにしてみました」
「プリンですか! 嬉しいなぁ。テティベリーのソースも美味しそうですね」

 ジャル様はプリンという言葉を聞いてニコニコと笑っている。彼もまた、お子様ランチのデザートとして提供したあの日からプリンの虜なのだ。大きな男性がプリン好きというのも、なかなかのギャップがあって可愛らしいと思う。
 ギャップと言えば、ジャル様は書類仕事の時は眼鏡を掛ける。その姿がとても知的で少しばかり内心ではしゃいだものだ。今までは初対面の時の印象もあり、ジャル様に対しては礼儀正しい騎士様のようなイメージばかりがあって、眼鏡姿なんてまったく想像もしていなかった。

 そんなジャル様の知らない姿を見ることができたのも、専属シェフになったからだ。お仕事は意外と言ってはなんだけど、そこまで辛くない。これも上司に恵まれたからだろう。
 前世の上司は陰険な奴だったもんなぁ、なんて考えながら、自分なりに綺麗に盛り付けたプリンをジャル様の前に置いた。

 プリンにホイップクリームを乗せ、その上から赤いテティベリーのソースを掛けた自信作。バニラに似た香料も厨房から分けてもらったので、初めてジャル様たちに食べてもらった時よりも更に美味しくなっている。
 このバニラの香りを楽しんでもらいたいので、紅茶は香りが控えめでサッパリしているものを用意した。ジャル様は私が紅茶を淹れる様子を穏やかな眼差しで眺めている。初めは恥ずかしかったけれど、もう慣れたものだ。
 綺麗な色の紅茶を注ぐカップは二つ。そう、ジャル様と私の分だ。それというのもジャル様が、

「せっかくですから、アイラさんも一緒に休憩しましょう」

 と言ったのがきっかけだ。更には、

「どうせなら、食事も一緒にいただきましょう」

 なんてことまで言い出したので、現在の私はジャル様の専属シェフでありながらお茶飲み・食事仲間といった感じになっている。どうしてこうなった。
 ジャル様とお茶どころか食事の席まで同じなんて、当然のことながら緊張した。だけど一週間と経たずに慣れてしまった。
 私の神経が図太いのか、それともジャル様の柔らかな雰囲気がそうさせるのか。そのどちらかは分からないけれど、今ではお茶や食事の時間を楽しみにするくらいの余裕ができている。

「ニャオン」
「ふふ、マロンちゃん、こちらにいらっしゃい」

 マロンもジャル様の執務室で寛ぐのが日課になってしまった。なんだかマロンの面倒を見てもらっているようで悪いと思っていたのだけれど、ジャル様が言うには「仕事の合間に癒やされている」から問題ないらしい。その気持ちは私にもよく分かる。私も前世、猫を膝に乗せて仕事をしたかった。

 なんてことを考えている間に、紅茶の準備も無事に終わった。紅茶が零れないように注意しながらソーサーに乗せて、ジャル様の前に置く。その後、自分のプリンと紅茶も簡単に並べて、私はジャル様の向かいに座った

「お待たせしました」
「このお茶も美味しそうです。それではいただきましょう」

 ジャル様の穏やかな声を合図に、私たちは小さなお茶会を開始した。

「ホイップクリームにテティベリーソースの赤が映えますね」

 ジャル様は嬉しそうに言うと大きな手で小さなスプーンを取り、ぷるりと揺れるプリンをホイップクリーム、ソースと一緒にすくう。

「プリンの甘い香りとベリーの酸味を感じる香りがまた合いますね」

 小さなスプーンの先がジャル様の大きなお口の中に吸い込まれていく。ぱく、と口に含んだジャル様は、もぐもぐと何回か咀嚼した後にほわほわと顔を綻ばせた。

「美味しいですねぇ」

 ジャル様は私が作った料理を本当に美味しそうに食べてくれるし、幸せそうに笑ってくれる。私はそんな彼の表情が好きだった。
 魔王様相手にそんなことを言うのは畏れ多いとは思う。だけど、誰だって自分が作ったものを美味しそうに食べてくれたら好きにならない? 同性でも異性でも。だから、私はサディさんも好きだし、リオン様も好きだ。二人も本当に美味しそうに食べてくれるから。

 そういえば、リオン様は次はいつこの国にやって来るのだろうか。実は、一ヶ月ほど前に起こった人族の国による魔王国侵攻事件に、どうやら先々代の神であるウォルフ様が何かしら関わっていたらしい。それが分かってからというもの、リオン様は調査に奔走することになったのだ。
 サディさんはそんなリオン様の調査に魔王国の代表として同行している。そのついでにオルカリムを判別したり、能力を封印したり装置を見に行くと言っていた。

 魔王国を出立する日にニコニコと満面の笑みを浮かべたサディさんの姿を思い出し、私はジャル様の執務机に山と積まれた書類をちらりと盗み見た。
 処理しても処理しても一向に減らない書類の山は、先日の魔王国への侵攻についてのものももちろんあるだろう。だけどそれ以上に、サディさんが長年溜め込んでいた決裁書類やら報告書やらその他諸々の方が圧倒的に多い。

 私の視線が書類に向かっていたことに気が付いたジャル様が、はぁ、と疲れたように溜め息をついた。

「サディがいないと平和なのは良いことですが、まったく嬉しくない置き土産を残してくれたものです。最近はマシになったと感心していたというのに……」
「まさか十年以上前の書類が出てくるなんて思いませんよね、普通」

 十年以上も前の書類なら、前世の一般的な会社なら処分しても問題ないくらいの代物だ。だけどここは魔王国。しかも研究機関が提出している書類だ。そうそう簡単に処分できるものではない。
 そんな面倒な書類を、なぜか魔王であるジャル様が直接目を通して整理・仕分けしていた。そうして必要のない書類と判断されたものは私が処分を担当している。
 一応前世でいうところのシュレッダーに相当する魔道具があって、それに放り込めばお仕事は完了するので楽と言えば楽だけど、如何せん量が多すぎる。その量に辟易したジャル様が冗談で「サディが帰って来たら叩いていいですよ」なんてマロンに言っていたのも記憶に新しい。

「アイラさんには手伝ってもらって感謝しています」
「私でもできることなので、このくらいはどんどんお任せください」

 書類の処分くらい、前世で平事務員をしていた私からしたら慣れたものだ。むしろ嫌味な上司の小言を聞かなくていいから快適すぎると言ってもいい。

 私の仕事はジャル様の食事を作ることだけれど、こうした簡単な雑務をお手伝いできたらいいな。
 自然とそう思わせてくれるジャル様は、やはりとても良い上司だ。正しくは魔王様だけど。

 そんなことを考えながら、私も自信作のプリンに手を付けた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...