うちの猫が強すぎる!

シンカワ ジュン

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第三章 魔王様の専属シェフとお猫様の日常

魔王様の専属シェフは、愛猫の食事を見守る

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 マロンが魚を半分ほど食べ終えようかという頃に、魔族の男性が私たちに声を掛けてきた。

「おいジャル、俺の市場で散々騒いでくれたところ悪いが、そろそろそこの嬢ちゃんと……なんかよく分からんちっこい獣について教えてくれよ。ここはうるさいから、あっちの組合事務所で話を聞くぜ。あと、その魚の代金は組合の窓口で払ってくれ」

 男性はそう言うと、右手の親指で後ろにある建物を指した。どうやらそこが組合らしい。ジャル様はその言葉に頷くも、その後マロンに視線を移しておもむろに口を開いた。

「マロンちゃんが食べ終わってから行きますね」
「お前、優先順位の付け方変わったか?」

 まさか私たちの説明よりもマロンの食事を優先するとは思っていなかったのだろう。魔族の男性は呆れたように溜め息をついてジャル様の隣に移動すると、彼のお尻をバシリと叩いた。

「ちょ、何をするんですかダニー!」
「お前のケツがちょうど叩きやすい位置にあったんだよ」
「いやあなた、わざわざ私の隣に移動して来ましたよね!?」
「うっせ。だいたいお前は無駄にでかいんだよ。そうなると必然的に叩く場所はケツになるだろ」
「そもそも私の尻を叩く必要ありませんよね!?」

 やいのやいの声を上げるジャル様の姿が珍しすぎて、私は驚いて固まってしまった。
 魔族の男性はジャル様のことを無駄にでかいと言うが、当人も別に小柄というわけではかった。
 身長はサディさんと同じくらいだろうか。体格はジャル様には劣るものの、海の男と言っても差し支えない程度には鍛えられている。
 そんな男性が、何が面白かったのか笑いながらジャル様のお尻をバシバシ叩き続けている。

「ちょ、ダニー、あなた本気で叩いてませんか!?」
「くははっ、何言ってんだ、当たり前だろ」

 この二人のやり取りはほぼ喜劇だ。先ほどの『お魚くわえたお猫様を追い掛けるドタバタ劇』が第一幕だとしたら、今現在目の前で繰り広げられているこれは第二幕といったところだろう。

「おっ、今度は漫才か?」
「いいぞいいぞ、もっとやれ!」

 いつの間にやらできていた人だかりの中からそんな言葉が聞こえてきた。これに気が付いたジャル様はギョッと目を見開いてばつが悪そうに咳払いをし、魔族の男性……ダニーさんは豪快に笑う。

「おう、ジャル、なかなか好評みたいだから俺たちコメディアンにでもなるか?」
「私の後釜をサディにしても良いなら考えます」
「……それはさすがに冗談でもキツいぜ」

 ダニーさんはやれやれと肩をすくめる。彼の発した言葉と声色から察するに、サディさんのことも知っているのだろう。彼女がいろんな意味でポンコツなのももちろん知っているようだ。
 そうでなければ、ジャル様が自分の後釜……つまり魔王の座をサディさんに譲ると言って、あそこまで露骨に表情を歪めたりしないだろう。付き合いの浅い私ですら、想像して思わず顔をしかめそうになったくらいなんだから。
 そんなことを考えている間に、マロンは魚を食べ終えていた。もう少し食べ散らかしちゃうかと思ったけれど、想像以上に綺麗に食べていた。

「うん、こんだけ綺麗に食ってくれるならコイツはいい獣だ。んじゃ、骨を片付けて事務所に行くぞ」
「ええ、分かりました。アイラさん、行きましょう」
「は、はい」

 私はジャル様に返事をして、食後の毛繕い中のマロンを抱き上げる。

「ゥナッ」

 若干不満げな鳴き声が聞こえたような気がしたけれど、私はそれをしっかりと無視した。だからマロン、私の手をガブガブするのをやめなさい。



 事務所で魚の代金を支払った後に来客用のスペースに通された私たちは、ダニーさんと向き合って座っていた。

「んじゃ、そこの嬢ちゃんと獣のことを紹介してくれるか?」

 ダニーさんが改めて言うとジャル様は小さく頷く。そして私たちのことを紹介し始めた。

「こちらがアイラさん。私の専属シェフです。そしてこちらがマロンちゃん。アイラさんの家族です」
「へぇ! 嬢ちゃん、ジャルの専属シェフだったのか!」
「は、はい」
「それで、そっちのちっこい獣も嬢ちゃんの家族、と」
「ニャァン」

 ダニーさんの言葉を理解しているのかどうかは分からないけれど、マロンは私の家族という言葉を聞いて肯定するように鳴く。ダニーさんはそんなマロンをじっと見つめ、なるほどなぁと感心したように声を上げた。

「こいつは賢い獣だな。さっき魚を泥棒したところを見た時は人の言うことなんか聞かないかと思ってたが」

 あ、マロンはお猫様なのでその認識で大丈夫です、なんてもちろん言えるはずもなく。
 私は乾いた笑いを漏らし、隣に座るジャル様もすっと視線を外してわざとらしい咳払いをした。
 私たちの様子が変化したことにダニーさんは気付いているのかいないのか。彼はわずかに首を傾げて、私たちを見つめていた。
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