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1巻
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「仄かに甘くて美味しい! 身体に染み渡るようだわ!」
『そうだろう、そうだろう』
命の泉の水を飲んだ途端、体中に感じていた怠さが嘘のように消え、力が湧いてくるようだった。空腹感も治まっている。
『これで大丈夫だろう。身体は飢餓状態から脱したはずだ』
満足気にグレンが呟いた。
それにしてもこの身体の持ち主は何者だろう? 女神様は孤児だと言っていたけど、たとえ両親が亡くなったとしても出自くらいはあるはずだ。
『それと、後ほどカリンのその身体の身元を伝えよう。先ほど、その身体について何も説明がなかったと言っていただろう』
「えっ? もしかして私声に出して言っていたかしら? あっでも身元についてはまだ知らなくていいわ。なんだか嫌な予感がするから。多分知らない方がいいような予感が……じゃあ年齢だけ教えてくれる?」
私は平和に過ごしたいのだ。余計な情報を得て惑わされたくはない。知らない方がいい情報があるのは前世でも経験済みだ。心の平穏のために知りすぎない方がいいこともあるのだ。
とはいえ、情弱すぎてもダメなんだけどね。そこんところのさじ加減は難しいのよねぇ~。
『そうか、その身体は八年の歴史を刻んでおる。先月の初風月三の日に誕生日を迎えたばかりだ』
「初風月? よく分からないけど、思ったよりも幼いみたいだわ」
『この世界はカリンの前世と同じ十二の月で一年となる。その十二の月とは、冬の季節の初水月、次水月、春の季節の参水月、肆水月、初風月、次風月、夏の季節の参風月、肆風月、秋から冬の季節の初陽月、次陽月、参陽月、肆陽月である。そして、週は六日、一月は五週間で三十日になる。因みに一日は地球と同じ二十四時間だ』
「ふーん、日本と少し似ているわね。先月が初風月なら今は次風月で春の季節ということね」
『まぁ、暦など人が作ったもの、我らにはあまり意味はないのだが……』
私は説明を受け、そんな暦覚えられんわ、と心の中で思ったがとりあえず自分の……この身体の……生まれ月くらいは記憶しておくことにした。
――――初風月三の日が私の誕生日と。
『さて、それでは参ろうか? 某の背に乗るがよい』
グレンはそう言うと二メートルくらいの大きさになり、背には一対の白い羽が天に向かって出現した。そして、私が乗りやすいように屈んでくれた。
「えーっ! 羽が生えた! それにグレンって大きくなれるんだね。やっぱり神獣なんだね! ところでどこに行くの?」
私は目を丸くして驚きながらグレンに尋ねた。こうして見ると、もはや猫というよりも白くて羽が生えた大きな豹にしか見えない。
『其方の夢の家だ』
夢の家? はて? 私の頭の中ははてなマークでいっぱいになったけど、とりあえずグレンの背中に乗った。こんな不気味な場所にいつまでもいたくない。
グレンのもふもふの背中はとてもふかふかして温かい。周りの景色が見えなくなるほどの速さで進むけど、なんらかのガードが施されているのか私の顔に強い風が当たることはなかった。
「ねぇ、グレンって神獣で精神生命体だったよね。なんで私グレンに触れて、こうして乗ることができるの?」
『ああ、それはだなぁ、この世界は地球ではなくアスティアーテでラシフィーヌ様の神力が及ぶ場所だからだよ。神力にこの世界のエネルギーを圧縮させて肉体に変換させているのだ』
「ふーん、そうなんだ」
グレンの背中に乗りながら、なんとはなしに不思議に思ったことを尋ねた。グレンの言っていることは分かったような分からないような感じだけど、そういうものだと理解することにした。
景色がハッキリ見えないほどの速さで走り続けるグレン。
灰色の景色はいつの間にか緑色が多くなっていた。どれくらいの距離を走り続けてきたのだろうか?
徐々にグレンの走る速さが緩んで遠くには木々が生い茂っているのが見えてきた。
草原の向こうにはどうやら森があるようだ。空は雲一つない青空が広がっており、地球の空となんら変わりがない。とてもここが異世界だなんて俄には信じられない風景だ。
どうやらこの世界の全てが最初に見た景色の通りというわけではなかったようだ。あの景色がどの場所か分からないけど、そのことに少し安心した。
纏う空気が肌に伝わり温度を感じることができる。
陽の光が明るい割に気温はそれほど高くない。太陽が真上にあることを考えると時間は昼前後のように思える。
ぐんぐんと森が近づいてきた。近づいているのは私たちの方なんだけどね……
気がつくと視界が木々で埋め尽くされていた。森の入り口からは幅二メートルほどの、土を踏み固めたような道が見える。そこから森の中に入り、途中から分かれた細い小道を進んでいく。
よく見ないと見落としそうなくらい細い道だ。
少し進むと、目の前の木々の間に赤い大きな三角屋根に白い煉瓦の家が現れたのだった。
「こっ、これは…………」
私はグレンの背中に乗ったまま、目の前に現れた赤い三角屋根の家の前で言葉を失った。
正面は店舗の入り口で両開きのドアになっているようで、前世で私が夢に描いていた家にそっくりだった。二階を見ればそこもまた私が描いていた通り、ちゃんとフラワーボックスまである。
フラワーボックスには、ここからでは種類が分からないけど黄色と紫の花が見える。二階は住居になっているのだろう。私の理想を再現したような建物に心が躍る。
『ラシフィーヌ様が準備してくださったのだ』
「ラシフィーヌ様? ああ、あの胡散臭……綺麗な女神様ね」
『そうだ、其方の夢の記憶を見て理想の家を創造してくださったのだ。家の中の機能もカリンの記憶を読み取って完備してあるからすぐに住めるぞ。ラシフィーヌ様は創造の女神様故』
「え? そうなの?」
目の前の可愛らしい建物を見つめ、言葉にできないほど感動した。
瞳が潤んでしまうのを抑えきれない。
私は、ここに来て初めて心の中で女神様に感謝の言葉を告げた。
――ラシフィーヌ様、ありがとうございます。
『この家は結界が張られており害意を持つ者には見えないようになっておる。では、早速中に入って確かめるがよい』
私は、グレンの言葉を受けて、正面にある赤銅色の両開きドアに手をかけた。ふと見るとドアには「クローズド」と書かれたプレートがかかっていた。裏返してみると「オープン」という文字が書いてあった。
このプレートのオープンの方を表面にすると、森の広い道からこの家に繋がる小道の分岐点にこの店への案内板が現れるそうだ。
『この家自体が魔導具のようなものだ』
「魔導具……」
グレンの言葉を聞いて、魔導具という異世界らしい言葉に期待感が膨らんだ。きっと傍から見ると、私の瞳はキラキラと輝いていたに違いない。
ラシフィーヌ様は本当に私の夢を叶えるために尽力してくれたみたいだ。
「あれ? 私、この世界の文字が読める?」
『それはカリンの身体の記憶であろう。文字も読めるし、言葉も分かると思うぞ』
グレンは、身体に刻み込まれた記憶はたとえ魂が抜けても消えることはないと言った。
そういえば前世でも生体移植をする時、記憶転移といって臓器移植の提供者の記憶の一部が受領者に移るという現象を耳にしたことがある。それは、記憶だけではなく、趣味、嗜好、性格などもドナーの影響を受けるという。
そう考えると、もしかして私もこの身体が持つ記憶の影響を受けるのだろうか?
「今考えても答えが出るわけではないし、後で考えよっと」
思考の海に沈みそうになった意識を現実に戻して、家の中に足を踏み入れた。
この家が私の物だと思うとワクワク感が止まらない。
グレンは普通の猫サイズになってから私の後を付いてくる。
中に入ると三畳ほどのエントランスがあり、その先に白い両開きの内扉があった。
左右には男性用と女性用のトイレがある。
掃除が大変だなぁと呟くと、グレンが『この家自体に自動洗浄機能が付いているから掃除の必要はない』と言った。
ブラボー!
思わず心の中で叫んでしまった。
私は料理は得意だけど、掃除があまり得意ではない。なんとありがたい機能だろうか。
それだけで私の中でこの家の価値が数段上がったのだった。
白い内扉の両側には、花を模した淡い彩りのステンドグラスがあり、おしゃれな雰囲気を醸し出している。
内扉はスイングドアで、押して手を離すと元の位置に戻るタイプだ。
スイングドアを押し開けて中に入ると、八畳くらいの広さの店内に四人がけの客席が三セット、その奥にカウンターテーブルがあり対面で調理をするようになっていた。
カウンターテーブルには五つの足の長い椅子が置かれている。カウンターテーブルの左側には調理スペースへの入り口、その反対側にはケーキを陳列するためのガラスケースが置かれていた。
ここに持ち帰り用の手作りケーキを並べて販売できるようだ。
調理台は前世でもおなじみのシステムキッチン仕様。そして、その後ろにカップボード、その中央には茶色い煉瓦のオーブンが存在を主張していた。
店内は私が前世でオープン間近だった店の造りにそっくりだった。
調理スペースの奥には左右の壁に沿うように下がり壁で仕切られた一間ほどの空間があり、右側には八畳くらいのパントリー、左側には六畳ほどの部屋に二階へ上がる階段がある。
パントリーが家庭のものより広めなのは、お店を営むためには色々とストックしておく物が多いからだろう。
パントリー内には銀色の二つの扉があった。ステンレスのような金属で作られているように見える。実際にはどんな素材かは分からない。異世界だし……
『左が食品庫で右が調理魔導具。カリンの前世で言う電子レンジのようなものだ』
グレンの説明を受けて見てみると、魔導レンジ(勝手にそう呼ぶことにした)にはつまみみたいなものと赤、青、緑、黒の四つのボタンが付いている。
「このボタンは何かしら?」
『赤が温め、青が冷やし、緑が乾燥、黒が熟成だ』
「まぁ、電子レンジよりも優れているのね」
『ラシフィーヌ様がカリンの記憶にあった電子レンジにもっと機能を付けてアレンジしたのだ』
これはいい! 温めたり、冷やしたり、さらに熟成によって発酵食品が作れる! と思う。
まずは、味噌と醤油よね。日本人としてはこれは外せない。でも難しいかなぁ?
それと、梅干しに、漬け物……
色々と作りたい物を頭の中で考えながら他の場所も確認していく。
収納棚には見覚えのある調理器具類と食器が収納されていた。
フードプロセッサーにミキサーのような物まである。さっきグレンが私の記憶にあったものを読み取って再現したと言っていたから、多分機能は予想通りに違いない。
でも、前世と違うのは電気で動くのではなく魔力で動くということらしい。
パントリーの手前の左側の壁には勝手口らしきドアがある。普段はここから出入りするといいだろう。
その反対側の六畳くらいの部屋には丸テーブルと棚があり、ここは休憩スペースのようだ。その奥には螺旋階段があり、早速二階に上っていく。
二階はやはり住居スペースのようだ。階段を上った先には白い木でできたシンプルな三つの扉があった。まずは左にあるドアを開けてみた。
六畳ほどの広さに本棚と机、それに小さめのソファーセットが置かれており、どうやら書斎のようだ。
そういえば、前世で夢の家を妄想していた時、仕事部屋が欲しいなぁと考えていたことを思い出した。もしかしたらそのことが反映されたのかもしれない。
次に真ん中の部屋のドアを開けた。
そこにはセミダブルほどの大きさのベッドがあり、クローゼットにドレッサーまであった。ここは寝室だろう。
では、転生してから気になっていた自分の容姿を確認することにしよう。白木に花の彫刻が施されたドレッサーに近寄り、鏡を覗く。
藍色の髪、瑠璃色の瞳は明らかに日本人にはない色だった。
命の泉の水のお陰で多少は回復したものの、頬は痩け、目は窪み、手足はやせ細って明らかに栄養失調気味だということが分かる。それにしても綺麗な瞳だ。
ちゃんと栄養を取って年相応の身体になれば、それなりに美少女になるだろう。今着ている服は襤褸だし、髪の毛や肌は汚れてくすんでいるが……
う~ん、お風呂に入りたいなぁ。
衛生大国日本に住んでいた私としては、この汚れは耐え難いものだった。でも、とりあえず家の中のチェックを続ける。
グレンは色々説明しながら私の後ろを付いてくる。
「着替えとかあるのかしら? さすがにこの服は汚れすぎだから着替えが欲しいんだけど」
『ならばそこのクローゼットとタンスの中の物が役に立つぞ』
私はグレンの言葉を受けてクローゼットの扉とタンスの引き出しを開けてみた。
クローゼットやタンスの中には何やら白い糸玉がたくさん積まれていた。
え? 意味分からないんですけど……
私は糸玉を手に取りジッと眺めた。どう見てもただの糸玉だ。
「何これ?」
『それは女郎蜘蛛の糸だ。ラシフィーヌ様からの贈り物の一つだ。その糸で好きな衣服をこしらえるがよい』
女郎蜘蛛? ギリシャ神話ではあの闘いの女神アテナに蜘蛛にされて延々と機織りをし続けることになったあの女郎蜘蛛? とは関係ないかぁ。で、糸から服って意味分かんないんですけどぉ!
それにしても、それってつまり蜘蛛の糸、ということよね。いや前世では芋虫……正確には蚕……の繭から作られた絹も高級品としてあったから問題ないのか?
ふと我に返り、肝心なことをグレンに尋ねることにした。
「どうやって服を作れと?」
『ラシフィーヌ様から恩寵を授かったカリンなら、魔力を使って創造の魔法が使えるはずだ』
「えっ? 魔法? 私にも魔力があるの?」
『この世界の者には少なからず魔力が宿っている。カリンも例外ではない。いや、それ以上にラシフィーヌ様の恩寵により、カリンの魔力は他の者よりも強いと言える。転生させる際に、ラシフィーヌ様の魔力が付与された故、殆どの生活魔法と創造魔法が使えると思うぞ』
「まじで?」
グレンの言葉に私の目は輝いた。私にも魔法が使える。
前世ではファンタジー世界の定番だった魔法……なんて夢のある響きだろう。それが私にも使えるなんて……しかも生活魔法に創造魔法……
生活魔法とは普通に生活するための魔法で、火を出したり水を出したり明かりを点けたりできる魔法らしい。創造魔法とは物を作る魔法だということだ。でも女神様と違って、必要な材料がなければ作ることはできないみたい。
「どうやったら魔法で服が作れるの?」
『自分の中にある魔力の流れを感じるのだ。そうだな、前世で言うところの「丹田」に何かを感じないか?』
私はグレンの言葉を受けて目を瞑り丹田を意識した。
丹田は三カ所。額にある上丹田、胸の真ん中辺りにある中丹田、下腹部にある下丹田である。身体の中心に垂直に並んでいるのだ。
私は前世でダイエットのためにヨガをしていた時にこの丹田について学習した経験がある。なんせ、食べ歩きが趣味だったのでダイエットは切実な問題だったのだ。ヨガでは下腹部にある下丹田を意識して呼吸する。
そのお陰かは分からないけど、丹田を意識するとそこを中心に僅かな熱を感じた。
「なんか身体の中から熱が帯びてくる感じがするわ」
『それが魔力だ。魔力を感じたら手のひらに流すように導き、魔力を集めるのだ。ゆっくりと』
身体の中から湧き上がる熱に集中する。手のひらを上にして両腕を肩の高さに持ち上げると熱が移動し、魔力が集まってくるのを感じた。目を開けてみると手のひらが光を纏っていた。
『よし、魔力が集まったようだな。それでは、自分の欲しい物を頭の中で描くのだ。できるだけ細かくな。イメージが固定したらその手のひらを女郎蜘蛛の糸に向けて魔力を放出するのだ』
私はグレンの言葉の通りに手のひらを糸玉に向けた。
動きやすくて、伸縮性があって着やすい服がいいわね。
私は着たい服をイメージした。
手のひらに纏っていた光は次第に魔法陣のような形になり、徐々に複雑な文様を描き始めた。
文様の構築が終了すると、魔法陣から放たれた淡い光が女郎蜘蛛の糸を包んだ。
女郎蜘蛛の糸が光に包まれ視認できなくなったかと思ったら、徐々に光が消えていく。
光が消えた場所には私が思い描いた膝上くらいのチュニックが存在していた。
「できたぁ!」
あまりの感動に大きな声を上げてしまった。
それから私は、同じようにスパッツ、パジャマ、下着、タオルなどの基本的な物を三枚ずつ作っていった。
ついでに、今後料理をすることを考えてシンプルなエプロンも追加した。
触れてみてビックリ。肌触りがいいというかよすぎるというか……もしかしてこの世界の女郎蜘蛛の糸というのは高級品なのかもしれない。絹よりも肌触りがいいような気がするのは気のせいだと思いたい。
だって、絹の下着はともかくとして、絹のチュニックにスパッツってどんな高級志向なのよって思う。正確には絹ではないけど……
まぁ、いいかぁ……これしかないんだし。
私は即座にスルーすることにした。
それと室内履き。これ重要。もちろんこれも女郎蜘蛛の糸を使う。これしかないし……(二度目)。
今はこの身体が最初から履いていた革の靴のままだった。汚れているけど破損してはいないようだから洗えばまだ履けるだろう。
元日本人としては、家の中でずっと靴を履いているのはいただけない。スリッパではなくて底を厚めにした踵まである室内履きを創造した。
でも、気になるのが全部白いということ。まぁそれは追々考えるとして、私はこの身体に宿ってからずっと気になっていることを解決することにした。
それは元日本人としては耐え難いこと……
身体が異常に汚れていて髪は指が通らないほどベタベタで軋んでいる。
自分自身から嫌な臭いがするほどだ。
これをなんとかしなければならない。
そう、お風呂だ。
この家にお風呂、あるよね? 衛生大国日本で生きていた私としてはお風呂は重大な問題だ。
寝室から出ると右側のドアを開けてみた。右側に洗面台とその隣に洗濯機らしきものがあり、左側にはトイレへのドアがあった。
正面の引き戸をスライドさせると脱衣所らしき空間、さらにその奥にも引き戸がある。
脱衣所の奥にある引き戸……
期待を胸にそっと引き戸を開けると……
えっ? この匂い……まっ、まさか! 檜のお風呂! 竹筒のような物からお湯が出ている。もしかして!
「温泉!?」
『カリンが夢に思い描いていただろ?』
グレンの言葉で思い出した。そういえば、もし家を建てるなら温泉付きがいいなぁ、って思ってたわ! でも現実には難しいから諦めていたのよ。
なんか感動のあまり目がうるうるしてくるのを感じる。
浴室にはちゃんとシャワーも付いている。
「至れり尽くせりね~」
私はそう呟きながら喜々として寝室に戻り、クローゼットの引き出しからさっき作ったばかりの下着とチュニック、スパッツ、タオルを手に早速お風呂に入ることにした。
「う~ん、石鹸やシャンプーが欲しいところね。この世界にないのかしら? 後で作ろうかなぁ? なんてったって私には女神様からもらった恩寵があるからね」
それでもなんとか熱めのお湯で身体と髪を洗い、大分サッパリした。
はぁ~。気持ちいい……
なんで温泉に入るとおっさんみたいな声が出るのかねぇ? そう疑問に思いつつお湯に浸かりリラックスする。
お風呂から上がると早速さっき作ったチュニックとスパッツを着て室内履きを履く。
お風呂の戸を閉めた途端、中から雨が降るような音が聞こえて一瞬光った。
「雷?」
『いやこれは自動洗浄機能だ。お風呂を使った後勝手にその機能が作動するようになっている。風呂だけではない。家全体に自動洗浄機能、自動空調機能がある』
なんて便利! ということは、いつでも綺麗で快適な温度で生活できるのね。私は寒さも暑さも苦手だから超嬉しい! 本当になんて便利! ラシフィーヌ様、本当にありがとう。私はまたもや胸の前で手を合わせ感謝の言葉を述べた。
さて、身体も綺麗になったし次は腹を満たす必要がある。こんなやせ細った身体だとすぐに死んじゃうからね。
とりあえず、食べ物があるか物色してみるかぁ……
私は、グレンと共に螺旋階段を下りて厨房に向かったのだった。
『そうだろう、そうだろう』
命の泉の水を飲んだ途端、体中に感じていた怠さが嘘のように消え、力が湧いてくるようだった。空腹感も治まっている。
『これで大丈夫だろう。身体は飢餓状態から脱したはずだ』
満足気にグレンが呟いた。
それにしてもこの身体の持ち主は何者だろう? 女神様は孤児だと言っていたけど、たとえ両親が亡くなったとしても出自くらいはあるはずだ。
『それと、後ほどカリンのその身体の身元を伝えよう。先ほど、その身体について何も説明がなかったと言っていただろう』
「えっ? もしかして私声に出して言っていたかしら? あっでも身元についてはまだ知らなくていいわ。なんだか嫌な予感がするから。多分知らない方がいいような予感が……じゃあ年齢だけ教えてくれる?」
私は平和に過ごしたいのだ。余計な情報を得て惑わされたくはない。知らない方がいい情報があるのは前世でも経験済みだ。心の平穏のために知りすぎない方がいいこともあるのだ。
とはいえ、情弱すぎてもダメなんだけどね。そこんところのさじ加減は難しいのよねぇ~。
『そうか、その身体は八年の歴史を刻んでおる。先月の初風月三の日に誕生日を迎えたばかりだ』
「初風月? よく分からないけど、思ったよりも幼いみたいだわ」
『この世界はカリンの前世と同じ十二の月で一年となる。その十二の月とは、冬の季節の初水月、次水月、春の季節の参水月、肆水月、初風月、次風月、夏の季節の参風月、肆風月、秋から冬の季節の初陽月、次陽月、参陽月、肆陽月である。そして、週は六日、一月は五週間で三十日になる。因みに一日は地球と同じ二十四時間だ』
「ふーん、日本と少し似ているわね。先月が初風月なら今は次風月で春の季節ということね」
『まぁ、暦など人が作ったもの、我らにはあまり意味はないのだが……』
私は説明を受け、そんな暦覚えられんわ、と心の中で思ったがとりあえず自分の……この身体の……生まれ月くらいは記憶しておくことにした。
――――初風月三の日が私の誕生日と。
『さて、それでは参ろうか? 某の背に乗るがよい』
グレンはそう言うと二メートルくらいの大きさになり、背には一対の白い羽が天に向かって出現した。そして、私が乗りやすいように屈んでくれた。
「えーっ! 羽が生えた! それにグレンって大きくなれるんだね。やっぱり神獣なんだね! ところでどこに行くの?」
私は目を丸くして驚きながらグレンに尋ねた。こうして見ると、もはや猫というよりも白くて羽が生えた大きな豹にしか見えない。
『其方の夢の家だ』
夢の家? はて? 私の頭の中ははてなマークでいっぱいになったけど、とりあえずグレンの背中に乗った。こんな不気味な場所にいつまでもいたくない。
グレンのもふもふの背中はとてもふかふかして温かい。周りの景色が見えなくなるほどの速さで進むけど、なんらかのガードが施されているのか私の顔に強い風が当たることはなかった。
「ねぇ、グレンって神獣で精神生命体だったよね。なんで私グレンに触れて、こうして乗ることができるの?」
『ああ、それはだなぁ、この世界は地球ではなくアスティアーテでラシフィーヌ様の神力が及ぶ場所だからだよ。神力にこの世界のエネルギーを圧縮させて肉体に変換させているのだ』
「ふーん、そうなんだ」
グレンの背中に乗りながら、なんとはなしに不思議に思ったことを尋ねた。グレンの言っていることは分かったような分からないような感じだけど、そういうものだと理解することにした。
景色がハッキリ見えないほどの速さで走り続けるグレン。
灰色の景色はいつの間にか緑色が多くなっていた。どれくらいの距離を走り続けてきたのだろうか?
徐々にグレンの走る速さが緩んで遠くには木々が生い茂っているのが見えてきた。
草原の向こうにはどうやら森があるようだ。空は雲一つない青空が広がっており、地球の空となんら変わりがない。とてもここが異世界だなんて俄には信じられない風景だ。
どうやらこの世界の全てが最初に見た景色の通りというわけではなかったようだ。あの景色がどの場所か分からないけど、そのことに少し安心した。
纏う空気が肌に伝わり温度を感じることができる。
陽の光が明るい割に気温はそれほど高くない。太陽が真上にあることを考えると時間は昼前後のように思える。
ぐんぐんと森が近づいてきた。近づいているのは私たちの方なんだけどね……
気がつくと視界が木々で埋め尽くされていた。森の入り口からは幅二メートルほどの、土を踏み固めたような道が見える。そこから森の中に入り、途中から分かれた細い小道を進んでいく。
よく見ないと見落としそうなくらい細い道だ。
少し進むと、目の前の木々の間に赤い大きな三角屋根に白い煉瓦の家が現れたのだった。
「こっ、これは…………」
私はグレンの背中に乗ったまま、目の前に現れた赤い三角屋根の家の前で言葉を失った。
正面は店舗の入り口で両開きのドアになっているようで、前世で私が夢に描いていた家にそっくりだった。二階を見ればそこもまた私が描いていた通り、ちゃんとフラワーボックスまである。
フラワーボックスには、ここからでは種類が分からないけど黄色と紫の花が見える。二階は住居になっているのだろう。私の理想を再現したような建物に心が躍る。
『ラシフィーヌ様が準備してくださったのだ』
「ラシフィーヌ様? ああ、あの胡散臭……綺麗な女神様ね」
『そうだ、其方の夢の記憶を見て理想の家を創造してくださったのだ。家の中の機能もカリンの記憶を読み取って完備してあるからすぐに住めるぞ。ラシフィーヌ様は創造の女神様故』
「え? そうなの?」
目の前の可愛らしい建物を見つめ、言葉にできないほど感動した。
瞳が潤んでしまうのを抑えきれない。
私は、ここに来て初めて心の中で女神様に感謝の言葉を告げた。
――ラシフィーヌ様、ありがとうございます。
『この家は結界が張られており害意を持つ者には見えないようになっておる。では、早速中に入って確かめるがよい』
私は、グレンの言葉を受けて、正面にある赤銅色の両開きドアに手をかけた。ふと見るとドアには「クローズド」と書かれたプレートがかかっていた。裏返してみると「オープン」という文字が書いてあった。
このプレートのオープンの方を表面にすると、森の広い道からこの家に繋がる小道の分岐点にこの店への案内板が現れるそうだ。
『この家自体が魔導具のようなものだ』
「魔導具……」
グレンの言葉を聞いて、魔導具という異世界らしい言葉に期待感が膨らんだ。きっと傍から見ると、私の瞳はキラキラと輝いていたに違いない。
ラシフィーヌ様は本当に私の夢を叶えるために尽力してくれたみたいだ。
「あれ? 私、この世界の文字が読める?」
『それはカリンの身体の記憶であろう。文字も読めるし、言葉も分かると思うぞ』
グレンは、身体に刻み込まれた記憶はたとえ魂が抜けても消えることはないと言った。
そういえば前世でも生体移植をする時、記憶転移といって臓器移植の提供者の記憶の一部が受領者に移るという現象を耳にしたことがある。それは、記憶だけではなく、趣味、嗜好、性格などもドナーの影響を受けるという。
そう考えると、もしかして私もこの身体が持つ記憶の影響を受けるのだろうか?
「今考えても答えが出るわけではないし、後で考えよっと」
思考の海に沈みそうになった意識を現実に戻して、家の中に足を踏み入れた。
この家が私の物だと思うとワクワク感が止まらない。
グレンは普通の猫サイズになってから私の後を付いてくる。
中に入ると三畳ほどのエントランスがあり、その先に白い両開きの内扉があった。
左右には男性用と女性用のトイレがある。
掃除が大変だなぁと呟くと、グレンが『この家自体に自動洗浄機能が付いているから掃除の必要はない』と言った。
ブラボー!
思わず心の中で叫んでしまった。
私は料理は得意だけど、掃除があまり得意ではない。なんとありがたい機能だろうか。
それだけで私の中でこの家の価値が数段上がったのだった。
白い内扉の両側には、花を模した淡い彩りのステンドグラスがあり、おしゃれな雰囲気を醸し出している。
内扉はスイングドアで、押して手を離すと元の位置に戻るタイプだ。
スイングドアを押し開けて中に入ると、八畳くらいの広さの店内に四人がけの客席が三セット、その奥にカウンターテーブルがあり対面で調理をするようになっていた。
カウンターテーブルには五つの足の長い椅子が置かれている。カウンターテーブルの左側には調理スペースへの入り口、その反対側にはケーキを陳列するためのガラスケースが置かれていた。
ここに持ち帰り用の手作りケーキを並べて販売できるようだ。
調理台は前世でもおなじみのシステムキッチン仕様。そして、その後ろにカップボード、その中央には茶色い煉瓦のオーブンが存在を主張していた。
店内は私が前世でオープン間近だった店の造りにそっくりだった。
調理スペースの奥には左右の壁に沿うように下がり壁で仕切られた一間ほどの空間があり、右側には八畳くらいのパントリー、左側には六畳ほどの部屋に二階へ上がる階段がある。
パントリーが家庭のものより広めなのは、お店を営むためには色々とストックしておく物が多いからだろう。
パントリー内には銀色の二つの扉があった。ステンレスのような金属で作られているように見える。実際にはどんな素材かは分からない。異世界だし……
『左が食品庫で右が調理魔導具。カリンの前世で言う電子レンジのようなものだ』
グレンの説明を受けて見てみると、魔導レンジ(勝手にそう呼ぶことにした)にはつまみみたいなものと赤、青、緑、黒の四つのボタンが付いている。
「このボタンは何かしら?」
『赤が温め、青が冷やし、緑が乾燥、黒が熟成だ』
「まぁ、電子レンジよりも優れているのね」
『ラシフィーヌ様がカリンの記憶にあった電子レンジにもっと機能を付けてアレンジしたのだ』
これはいい! 温めたり、冷やしたり、さらに熟成によって発酵食品が作れる! と思う。
まずは、味噌と醤油よね。日本人としてはこれは外せない。でも難しいかなぁ?
それと、梅干しに、漬け物……
色々と作りたい物を頭の中で考えながら他の場所も確認していく。
収納棚には見覚えのある調理器具類と食器が収納されていた。
フードプロセッサーにミキサーのような物まである。さっきグレンが私の記憶にあったものを読み取って再現したと言っていたから、多分機能は予想通りに違いない。
でも、前世と違うのは電気で動くのではなく魔力で動くということらしい。
パントリーの手前の左側の壁には勝手口らしきドアがある。普段はここから出入りするといいだろう。
その反対側の六畳くらいの部屋には丸テーブルと棚があり、ここは休憩スペースのようだ。その奥には螺旋階段があり、早速二階に上っていく。
二階はやはり住居スペースのようだ。階段を上った先には白い木でできたシンプルな三つの扉があった。まずは左にあるドアを開けてみた。
六畳ほどの広さに本棚と机、それに小さめのソファーセットが置かれており、どうやら書斎のようだ。
そういえば、前世で夢の家を妄想していた時、仕事部屋が欲しいなぁと考えていたことを思い出した。もしかしたらそのことが反映されたのかもしれない。
次に真ん中の部屋のドアを開けた。
そこにはセミダブルほどの大きさのベッドがあり、クローゼットにドレッサーまであった。ここは寝室だろう。
では、転生してから気になっていた自分の容姿を確認することにしよう。白木に花の彫刻が施されたドレッサーに近寄り、鏡を覗く。
藍色の髪、瑠璃色の瞳は明らかに日本人にはない色だった。
命の泉の水のお陰で多少は回復したものの、頬は痩け、目は窪み、手足はやせ細って明らかに栄養失調気味だということが分かる。それにしても綺麗な瞳だ。
ちゃんと栄養を取って年相応の身体になれば、それなりに美少女になるだろう。今着ている服は襤褸だし、髪の毛や肌は汚れてくすんでいるが……
う~ん、お風呂に入りたいなぁ。
衛生大国日本に住んでいた私としては、この汚れは耐え難いものだった。でも、とりあえず家の中のチェックを続ける。
グレンは色々説明しながら私の後ろを付いてくる。
「着替えとかあるのかしら? さすがにこの服は汚れすぎだから着替えが欲しいんだけど」
『ならばそこのクローゼットとタンスの中の物が役に立つぞ』
私はグレンの言葉を受けてクローゼットの扉とタンスの引き出しを開けてみた。
クローゼットやタンスの中には何やら白い糸玉がたくさん積まれていた。
え? 意味分からないんですけど……
私は糸玉を手に取りジッと眺めた。どう見てもただの糸玉だ。
「何これ?」
『それは女郎蜘蛛の糸だ。ラシフィーヌ様からの贈り物の一つだ。その糸で好きな衣服をこしらえるがよい』
女郎蜘蛛? ギリシャ神話ではあの闘いの女神アテナに蜘蛛にされて延々と機織りをし続けることになったあの女郎蜘蛛? とは関係ないかぁ。で、糸から服って意味分かんないんですけどぉ!
それにしても、それってつまり蜘蛛の糸、ということよね。いや前世では芋虫……正確には蚕……の繭から作られた絹も高級品としてあったから問題ないのか?
ふと我に返り、肝心なことをグレンに尋ねることにした。
「どうやって服を作れと?」
『ラシフィーヌ様から恩寵を授かったカリンなら、魔力を使って創造の魔法が使えるはずだ』
「えっ? 魔法? 私にも魔力があるの?」
『この世界の者には少なからず魔力が宿っている。カリンも例外ではない。いや、それ以上にラシフィーヌ様の恩寵により、カリンの魔力は他の者よりも強いと言える。転生させる際に、ラシフィーヌ様の魔力が付与された故、殆どの生活魔法と創造魔法が使えると思うぞ』
「まじで?」
グレンの言葉に私の目は輝いた。私にも魔法が使える。
前世ではファンタジー世界の定番だった魔法……なんて夢のある響きだろう。それが私にも使えるなんて……しかも生活魔法に創造魔法……
生活魔法とは普通に生活するための魔法で、火を出したり水を出したり明かりを点けたりできる魔法らしい。創造魔法とは物を作る魔法だということだ。でも女神様と違って、必要な材料がなければ作ることはできないみたい。
「どうやったら魔法で服が作れるの?」
『自分の中にある魔力の流れを感じるのだ。そうだな、前世で言うところの「丹田」に何かを感じないか?』
私はグレンの言葉を受けて目を瞑り丹田を意識した。
丹田は三カ所。額にある上丹田、胸の真ん中辺りにある中丹田、下腹部にある下丹田である。身体の中心に垂直に並んでいるのだ。
私は前世でダイエットのためにヨガをしていた時にこの丹田について学習した経験がある。なんせ、食べ歩きが趣味だったのでダイエットは切実な問題だったのだ。ヨガでは下腹部にある下丹田を意識して呼吸する。
そのお陰かは分からないけど、丹田を意識するとそこを中心に僅かな熱を感じた。
「なんか身体の中から熱が帯びてくる感じがするわ」
『それが魔力だ。魔力を感じたら手のひらに流すように導き、魔力を集めるのだ。ゆっくりと』
身体の中から湧き上がる熱に集中する。手のひらを上にして両腕を肩の高さに持ち上げると熱が移動し、魔力が集まってくるのを感じた。目を開けてみると手のひらが光を纏っていた。
『よし、魔力が集まったようだな。それでは、自分の欲しい物を頭の中で描くのだ。できるだけ細かくな。イメージが固定したらその手のひらを女郎蜘蛛の糸に向けて魔力を放出するのだ』
私はグレンの言葉の通りに手のひらを糸玉に向けた。
動きやすくて、伸縮性があって着やすい服がいいわね。
私は着たい服をイメージした。
手のひらに纏っていた光は次第に魔法陣のような形になり、徐々に複雑な文様を描き始めた。
文様の構築が終了すると、魔法陣から放たれた淡い光が女郎蜘蛛の糸を包んだ。
女郎蜘蛛の糸が光に包まれ視認できなくなったかと思ったら、徐々に光が消えていく。
光が消えた場所には私が思い描いた膝上くらいのチュニックが存在していた。
「できたぁ!」
あまりの感動に大きな声を上げてしまった。
それから私は、同じようにスパッツ、パジャマ、下着、タオルなどの基本的な物を三枚ずつ作っていった。
ついでに、今後料理をすることを考えてシンプルなエプロンも追加した。
触れてみてビックリ。肌触りがいいというかよすぎるというか……もしかしてこの世界の女郎蜘蛛の糸というのは高級品なのかもしれない。絹よりも肌触りがいいような気がするのは気のせいだと思いたい。
だって、絹の下着はともかくとして、絹のチュニックにスパッツってどんな高級志向なのよって思う。正確には絹ではないけど……
まぁ、いいかぁ……これしかないんだし。
私は即座にスルーすることにした。
それと室内履き。これ重要。もちろんこれも女郎蜘蛛の糸を使う。これしかないし……(二度目)。
今はこの身体が最初から履いていた革の靴のままだった。汚れているけど破損してはいないようだから洗えばまだ履けるだろう。
元日本人としては、家の中でずっと靴を履いているのはいただけない。スリッパではなくて底を厚めにした踵まである室内履きを創造した。
でも、気になるのが全部白いということ。まぁそれは追々考えるとして、私はこの身体に宿ってからずっと気になっていることを解決することにした。
それは元日本人としては耐え難いこと……
身体が異常に汚れていて髪は指が通らないほどベタベタで軋んでいる。
自分自身から嫌な臭いがするほどだ。
これをなんとかしなければならない。
そう、お風呂だ。
この家にお風呂、あるよね? 衛生大国日本で生きていた私としてはお風呂は重大な問題だ。
寝室から出ると右側のドアを開けてみた。右側に洗面台とその隣に洗濯機らしきものがあり、左側にはトイレへのドアがあった。
正面の引き戸をスライドさせると脱衣所らしき空間、さらにその奥にも引き戸がある。
脱衣所の奥にある引き戸……
期待を胸にそっと引き戸を開けると……
えっ? この匂い……まっ、まさか! 檜のお風呂! 竹筒のような物からお湯が出ている。もしかして!
「温泉!?」
『カリンが夢に思い描いていただろ?』
グレンの言葉で思い出した。そういえば、もし家を建てるなら温泉付きがいいなぁ、って思ってたわ! でも現実には難しいから諦めていたのよ。
なんか感動のあまり目がうるうるしてくるのを感じる。
浴室にはちゃんとシャワーも付いている。
「至れり尽くせりね~」
私はそう呟きながら喜々として寝室に戻り、クローゼットの引き出しからさっき作ったばかりの下着とチュニック、スパッツ、タオルを手に早速お風呂に入ることにした。
「う~ん、石鹸やシャンプーが欲しいところね。この世界にないのかしら? 後で作ろうかなぁ? なんてったって私には女神様からもらった恩寵があるからね」
それでもなんとか熱めのお湯で身体と髪を洗い、大分サッパリした。
はぁ~。気持ちいい……
なんで温泉に入るとおっさんみたいな声が出るのかねぇ? そう疑問に思いつつお湯に浸かりリラックスする。
お風呂から上がると早速さっき作ったチュニックとスパッツを着て室内履きを履く。
お風呂の戸を閉めた途端、中から雨が降るような音が聞こえて一瞬光った。
「雷?」
『いやこれは自動洗浄機能だ。お風呂を使った後勝手にその機能が作動するようになっている。風呂だけではない。家全体に自動洗浄機能、自動空調機能がある』
なんて便利! ということは、いつでも綺麗で快適な温度で生活できるのね。私は寒さも暑さも苦手だから超嬉しい! 本当になんて便利! ラシフィーヌ様、本当にありがとう。私はまたもや胸の前で手を合わせ感謝の言葉を述べた。
さて、身体も綺麗になったし次は腹を満たす必要がある。こんなやせ細った身体だとすぐに死んじゃうからね。
とりあえず、食べ物があるか物色してみるかぁ……
私は、グレンと共に螺旋階段を下りて厨房に向かったのだった。
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