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43.初デートは異世界で 後編
しおりを挟むこの世界初の純和風っぽい食事を堪能し、デザート後の緑茶らしきお茶をすすりながら、お昼の定時報告をロイに確認する。勿論、ダーウィル駐屯地の件だ。
ロイが心配いらないと言った通り、今回の報告も『問題なし』で順調に大森林のスポット周辺の魔物討伐が行われているそうだ。早ければ二日後には、バルザックも帰途に就くらしい。皇国に帰ってきてくれたらしっかりお礼を言っておかないとな。
そう心のメモ帳に再度マーカーを引きつつ、ジャパニアという名前だった料理店から出て、いざロイと一緒に街へ繰り出した。
たださ、俺の隣を歩く人、一切その顔を隠してないんだよね。少し後ろに控えるようにしてついて来ているファイも特に何も言わないし、ほんと大丈夫なのか?
なんて思ってたら、道行く人や通りに面した店から、ちらちらちらちら視線は感じるものの、人だかりができたり黄色い歓声が上がったりすることもない。せいぜい目礼されたり、頭を下げられたりするくらいだ。てっきり人気アイドルが街中で発見されたような騒ぎになるかと思ってたんだが………。
知らず首を傾げていたらしい俺に、手を繋いで隣を歩くロイが気づかないはずもなく、あっさりその謎は解けた。
皇帝陛下に『話しかける』ってのは、タブーらしい。
ファイが後ろからちょいちょい補足してくれたところによると、皇国で一番の権力者で、その上人族にしては信じられない程の長命で、かつ《魔導の頂点》に最も寵愛されている、というフルコンボで特に一般臣民の間では神聖視に拍車がかかっているそうな。
それに加えて、ロイのこの容姿だ。
わかるわー、その気持ちすっごくわかるわー。何も知らなくても街中で突然こんな神様っぽい人を見かけたら、そこの猫耳生えてるおばあちゃんみたいに俺も拝むわー、絶対。
「それにこのような外出は初めてではありません。昔から時折なさっておりますので、陛下がお忍びであることを察し、騒ぎ立てせぬように皆で注意し合ってくれているのですよ。」
そう締めくくったファイの言葉に、だからとロイが付け足す。
「カナタも特に気にせず、好きに振舞うといい。私の連れにとやかく言う者はおらぬ。」
「あ、はい。……………俺の顔バレはしてない?」
「バレていればこのような状況にはなっておらぬ。カナタの美しさは有名だが、いつも黒い服装を好んでいた。その装いで髪を隠してさえいれば、そうと気づく者は稀だろう。」
「陛下がお連れになっている時点でバレ……おふぉん、注目の的ではございますので、お二人とも羽目は外されぬようお願いいたします。」
とりあえずツッコミたい点を気力で全てスルーして、ファイの小声での忠告に頷き返しておいた。
そうして街の散策にようやく集中し始めると、色々興味を引くものも見つかってきた。
大型ヒヨコが引っ張る馬車が行き交う車道が大体四車線道路で、その端に歩道として、人が歩く専用の広い道が設けられているのは馴染み深い。が、そこに一定間隔置きに立っている街灯が生きている植物を利用したものだったり、店先で戯れている飼い犬らしき小型の動物の背に羽が生えていたり。
所々で佇んでいる帯剣した黒い騎士服姿の人たちは、思った通り街の治安維持担当の軍人さんで、俺たちのために急遽増員されたっぽい。普段はもう少し少ない、とロイが言っていたからな。
綺麗に敷き詰められた石畳の歩道を手を引かれるままに歩いたり、こっち気になるなと思い付きでぶらぶらして、屋台が軒を連ねるいい匂いが渦巻く通りで買い食いしたり、街の中を流れる大きな川を広い橋の上から眺めたり。
俺が思っているような普通のデートを、まさかロイと一緒にできるとは昨日まで夢にも思っていなかったけど、我儘いってみるものだな。自制しないと、楽しくて味を占めそうだ。
やっぱり、こういうことも世界がある程度平穏だから、出来るんだよな。どこもかしこも魔物で溢れていたら、街だって、いや国全体だって暗くなるだろうし、そんな中で俺とロイだけ笑ってても、きっと心の底からは楽しめないだろうし。
《魔導の頂点》はどうだかわからないけど、今の俺は誰かが泣いてたり悲しんだりしてる横で、自分だけ笑って過ごすというのも想像つかないから。
それがファイやサリアス、バルザックだったり、マーリちゃんやウーウルさんだったりしたら、絶対に無理だ。勿論、セネルさんも。
この皇都の人たちも、俺は多分好きになっていると思う。ぶらつき始めてすぐに、ロイがこの国の人たちに好かれているのがよくわかったからな。皆、ロイを見てちょっと笑顔になるんだ。そんな人たちを、嫌いになるはずがない。
だからもし、この皇都が滅ぶとしたら、もし、もし俺にそれが防げるのなら、頑張りたいとは思う。
今の俺じゃ、力不足も甚だしいだろうけど。
「少し疲れたか、カナタ?すぐに馬車が来る故、ここでは眠るな。カナタの寝顔を有象無象に見せたくはない。」
細い水路が外縁に張り巡らされた広い公園で、ほんのりとオレンジ色を帯びてくる空をベンチでぼんやりと見上げていると、横から覗き込むロイにそう軽く頬をくすぐられた。
「っっと……ちょっと寝そうになってたかも……」
色々歩き回ったしそろそろ帰るか、という所で最後に少し休憩をとこの公園に立ち寄って、円形に整えられた華やかな巨大花壇をベンチから眺めながら、つい考え事をしていたら、目を開けたまま意識を飛ばすところだった。
ファイが少し離れた所で耳元に手を当て、魔法通信をしているのをぼんやり視界に収めながら、傍にあった手に指を絡めたのは無意識だ。
「ロイ、今日もありがと。俺、すっごく楽しかった。」
「私もだ。カナタと歩くと、全てがいつもと違う。」
その肩によりかかって、耳に心地のいい声音を堪能していると不意に、ロイからそっと手を離された。
「ロイ?」
もうヒヨコ――違う、馬車が来たのかとベンチから立ち上がったロイに続こうとしたら、その手で制される。
「客だ、しばし待っていろ。ファイ。」
「心得ております。」
俺の前に立つロイの背に、首の後ろで一つに括られた輝く金糸の長い髪が白地のローブの上で揺れた。
どうやらその前方、少し離れた花壇の前に誰かがいるようだ。広い公園だから他の人の姿もちらほらあるが、偶然知り合いでもいたのだろうか。
離れていくロイの代わりに、すぐ傍にファイが佇んでいるのだが、どことなく彼の雰囲気が硬い。それにいつもピンと伸びている白い兎耳が、その頭上でせわしなく色々な方向を向いている。
「……誰なんだ?俺、邪魔に――」
なるならどこかに移動しようか、と言い切る前に今度はにこやかな爺様に止められた。
「陛下の知己の御方です。お話もすぐにお済みになると思いますので、こちらでお待ちくださいませ。」
ならば、と小さくベンチに座り直してロイの背へと視線を戻す。
俺の位置からはその『御方』とやらの姿はロイに隠れてよく見えないが、黒っぽいフード付きローブを纏った、かなり小柄な人物のようだ。
(おー……俺よりも、ちょっと小さそう。街ではちらほら見かけたけど、俺の周り高身長の人たちばっかりだったからなぁ、軽く親近感わくかも。)
生あくびを噛み殺しながら、ぼんやりとそんなどうでもいい事を考えていると、歩み寄ったロイとその人が二言三言、言葉を交わしている。…………今回は普通に声が聞こえないな、と眺めている前で黒ローブの袖がゆっくりと動き、ロイの腕を掴んだ。
瞬間、ファイの気配が一気に鋭くなった。普段だったらその変化に、俺も身を縮ませていたかもしれない。でも今は、そんな些細なことに、いちいち反応していられなかった。
「……………は?」
ぱちぱちと目を瞬いて、自分の口が零した間抜けな音に頭がようやく理解し始める。
ロイと黒ローブがいた場所、そこにはもう誰も、影一つ、いないのだ。瞬き一つの間に、消えた?
転移するなら、ロイはいつだって魔法を使ってた。でも、あの金色の魔法陣は一瞬たりとも現れていない。
「っ何をされておられるのか……おふぉん、シン様、すぐに奥の宮へお送りいたします。」
常になく早口のファイに視線を向けることすらせず、今の今までロイがいたはずの場所をじっと見つめたまま、俺は口を開く。
「これって、どういうこと?」
段々と、自分の鼓動の音がゆっくりになっていくような感覚に、頭のどこかでマズいと思う。少し違うが、コレはあの時と似ている気がする。
「陛下が拐かされました。相手は魔術師のお一人でございます。 」
「だろうな、魔法陣出なかったし。って、誘拐されるとか………あいつ実はヒロインポジションかよ。」
「……シン様?」
ろくに考えてもいないのに、口が勝手に動く。どこか冷めた、単調な声音で。
訝し気なファイの声も遠くに聞こえる中、再び頭の隅で俺は思う。コレ、マズい。あの時とよく似ている。小さな刃を見ただけで、わけがわからなくなって、暴走した時と。
ただ俺を侵食するようなこの感情は、あの時のような恐怖ではない。
恐怖よりも強烈に腹の底で渦巻いて、喉元まで焦がれそうなほどの――………
「俺のモノを奪うって、どういうことか知らないのか。」
視界が急に赤く焼けたように染まる中、そう嗤うように勝手に言い放たれた自分の声が、どこか懐かしかった。
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