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52.◆追憶 後編◆
しおりを挟むある日突然、それこそ何の前触れもなく、魔王の意識は強引に一部呼び出された。
それも、下等も下等。むしろよくそんな物をこの自分の依り代にできたな、と感嘆するしかないほどの脆弱な器に。
そう、人間の魔導士が生み出す使い魔の身に、なぜか自分の意識が繋がれていたのだ。
『……はっはっはっは、なんだ夢か……待て、待て待て待て、余は夢など見ぬわ!なんだ何事だ!?ついに人間が突然変異でも起こしたか!?はっはっは……やりおる!!』
ザルツヴェストの城内、それも自室のベッドで惰眠を貪っている自分と、薄暗い室内で木目のテーブルの上に置かれた簡単すぎる魔法陣が描かれた紙、その中央でプルプル身を震わせている自分。
その双方を即座に知覚しながらも、有り得ない事態に魔王は喜びで叫んだ。
『主』へ隷属することが当然の造られし存在に、一部とはいえ意識――いや魂を繋がれるなど当然初めての経験であり、そんな真似ができる人間がこの世界にいたのかという、歓喜のままに。
といっても、発声器官もない初級使い魔の体では、全身を激しくブルブル振動させるくらいが関の山だったが。
『ヒトの身でありながら素晴らしい!ベルちゃんに次ぐ脅威となれるやもしれんな!ははははは!余は大いに其方を歓迎す!さぁ名を名乗るがよい、魔導士よ!!』
空色をした流線型の体の左右に、腕のように生やした二本の触手でビシッと主たる魔導士を指さし、そう言い渡した魔王だったが……。
その仮初の体を机上から掬い上げた手は、思いの外、小さく、柔らかかった。
そうして、魔導士の顔の前へと持ち上げられる頃には、使い魔としての視界を完璧に確保する術を編み出した魔王は、固まった。
ベッドの中にいる自分すら、その口をぽかんと大きく開けて、硬直した。
「……なんれ、うごいてゆ?……しっぱい?」
肩口まで伸ばされた癖の少ない暗紅色の髪、零れ落ちそうな程大きく丸い瞳は、極上の琥珀色。
ぷっくりとした頬も相まって、それは大層可愛らしい人間の幼児の姿――だったのだが、そのような容姿はどうでもよかった。
『……ッッ!!其方!なんという魂をしておるのだ!!』
この世界では見たことのない、魂の色。
それも、間違いなく別の世界の匂いが染み込んでいる。
人ならざる魔王には、その理由も一呼吸のうちに理解できていた。
『ほぅ……!其方、元は異界の魂だな?それもはっきりとその記憶を保持しているとは……!同一世界の中では比較的簡単に生まれ変われるとはいえ、この世界ではそれも神樹くらいのものだというのに……異界から!それも記憶を持ったまま!素晴らしいではないか!!さぁさぁ、余はまず其方の世界の話を所望する!とく語って聞かせよ!』
思わぬところで思わぬ拾い物をした魔王は、その歓喜のままに、使い魔の体を右に左に揺らしながら語り続ける。
だが勿論、その声は届いていなかった。
「……ふ、ふふ。まるれ生きてるみら……みたいだ、ね?」
五歳ほどの幼児、その割には些か発話のたどたどしい魔導士は、外見に似合わぬ寂し気な笑みを浮かべて言った。
「ぼくのともだちに、なっれくれゆ?ぼくはね、ゆーりおたん……あ、ユーリオ、く、ん、らよ?」
『よかろうユーリオたんッ!朋でも何でも好きにするがよい!!さぁまずは話を――!』
そんなささやかな願いに、魔王は二つ返事で意気揚々と答えたものの、次の瞬間……。
「あっ!だれかくる……からづけなきゃ……!」
手元からはっと視線を逸らした幼子は、慌てた様子で貧弱なスライムをパチンと両手で押し潰してしまった。
その途端、まるで鈍器で殴打されたような激しい頭痛が魔王を襲う。
「――っぁだだだだだ!!?ふっ、ふははははは!!痛いではないか!?素晴らしい!!」
「ぅえっ!?魔王様!?どうなさったんッス!?」
苦痛など今までろくに感じたことのなかった存在は、悲鳴をあげながらもそれにすら感激し、ベッドから飛び起きたのだった。
そしてその日以降、魔王は敢えて対策を施すこともなく、請われるがまま望まれるがままに、幼い魔導士の下へ馳せ参じるようになった。
むしろ、呼び出される日を楽しみにするあまり、遠くのザルツヴェストから日がな一日、魔法を使って幼子を観察し始める始末。
事態を把握した魔族たちも、口では憂慮を告げながら、毛色の変わった玩具へ多少の興味をそそられる者も多かった。
だが、そんな楽しい日々は長く続かず、次第に大いなる不満を魔王へもたらすことになる。
彼にとってユーリオという名の幼子は、魔王の魂を己の使い魔に繋ぐという、前代未聞の魔法技術を持つ天才魔導士である。
そのうえ、生まれながらに備えた異界の知識と記憶は、それこそが巨大な宝物庫であり、唯一無二の価値を持つ。
何より、この世界にはない稀有な魂なのだ。
にもかかわらず――。
「……ぐすっ、ぅ…スライムぅ……ふぇ、ぇぐっ……ど、どうして、僕……前世なんて覚えてるんだろうねぇ……うぅ」
『あぁ~泣くな、泣くでない!其方の価値をわからぬ者共の言葉など、石ころ一つの意義もないわ!何故それを気にするのだ!?えぇぇい……鬱陶しいッッ!!』
明かりを落とした暗い室内で、胸に使い魔一匹だけを抱き、小さなベッドに独り身を縮こませて泣き暮れる、少年。
その頬を後から後から伝う温かな雫を、思い通りに伸びない触手の腕を駆使し、四苦八苦しながら、拭い続ける。
それが下僕としての一番の仕事である日々が、何年も続いたのだから。
『……うぅむ……このままでは、名を上げた其方が意気揚々と余へ戦いを挑みに来る、という最高のお楽しみなど夢のまた夢ではないか。もう少し気概を持てぬか?』
そうぼやきながら、相変わらず柔らかなままの頬を叱咤するようにペチペチと叩く魔王だったが、言葉が通じない以上、その真意が「主」に伝わることはなかった。
「ふぇ……んぅ……。さすが僕のイマジナリーフレンド……慰めてくれるの?ふふっ……」
使い魔である自分にしか見せない、儚い笑みを浮かべる、幼子。
だが、それは魔王の望むものではなかった。
『――魂の見目は申し分ないというのに、コレでは面白味に欠ける……所詮は有象無象と同じか……』
かといって、一度は強く興味を惹かれたモノであるのも事実。
易々と放置するには惜しく、主の都合によって好きに呼び出される下僕の日々を、惰性で送り続けていた。
それが変わったのが、あの日。
珍しく執務室で、臣下たちと雑事をこなしていた時のこと。
「そういえば陛下。イグナベルク王国との戯れですが、ご執心の魔導士がいる部隊ともうじき交戦予定ですよ」
「おぉ、あれっすか。近頃はめっきりご関心も薄れたご様子でしたけどぉ、サクッとやっちゃってもいいんすか?」
「ん?あぁ……確か、軍に入ると言っていたか。無事入隊が決まったとは聞いたが、それ以降呼び出しもなく様子も確認していなかったな……どれ」
件の魔導士を魔法で常に観察する遊びは、既に飽きて止めていた。
だから久しぶりに魔王は自らの力を使い、魂だけが特別な人間の姿を目前へと映し出した。
そして、宙に浮かぶ鏡のような映像世界を何とはなしに覗き込んだサリオンとウーギと共に、その瞬間を目撃したのだ。
どこか儚いながらも、はっきりとした薄ら笑いを浮かべた少年が、一切の容赦なく大地と共に魔族たちを吹き飛ばす様を。
「…………これは、由々しき事態では?」
「あわ、あわわわ……!?この人間、何をやってくれたんスかぁぁ!?あいつら、一応は戦闘班の中でも精鋭よりの部隊ッスよ!?次の進軍計画と交代部隊運用がパァにぃい――!!」
思案気に顎に手を当てて呟く宰相と、ふわふわな毛を逆立たせて嘆きの声を上げる侍従。
そんな声すら一切耳に入らぬほど、魔王はその姿に魅せられていた。
あれだけ前世の記憶と知識があることを疎みながらも、結局はそれを使って生き延びることを選択し、その矛盾を自覚したうえでなお嗤ってみせる姿が、人ならざる者の眼にはよく見えていたから。
魔王はそれに、素直に感嘆した。
「――やれば、できるではないか……」
そして、自分が思い違いをしていたことを知る。
ユーリオという幼い人間の魔導士は、魂が少し特殊なことだけが価値の、ただ泣き言を繰り返すしかできない脆弱な存在――ではなかった。
むしろ、その泣き言を隠れ蓑にして繰り返されていた、膨大な思考の試算によって、これだけの力を示すに至ったのだと。
「ふむ……この『眼』を欺き、余の力の一部たる魔族をも簡単に屠ってみせるとは……ふむ……ふむふむ、これは――」
認識が覆されるという感覚は、魔王にとって何よりの娯楽だ。
必ずそこには、自分の手にないものが存在するのだから。
自分には理解できない『愛』とやらに殉じる神樹を、『美しい』と思ったように。
今は、この異質な魂を持った魔導士の不安定な在り方と、その思考そのものが、途端に好ましく思えた。
その感覚を、魔王は自分が知るものの中から最も相応しい言葉で、口にしようとした。
「…………愛い、か?」
「はい?」
「陛下……お気を確かに」
「愛い――うむ……これは、愛い!」
怪訝な臣下たちの声は気にも留めず、もう一度口の中で転がした言葉。
そのしっくり馴染む感覚に満足げに頷いた魔王は、再びお気に入りとなった魔導士の観察を昼夜問わず行い始めた。
後は、坂を転がる石のようなものだった。
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