クロスタイムラビリンス -cross time LABYRINTH- 〜刻の迷宮と不思議なダンジョン〜

タナ

文字の大きさ
1 / 8
第Ⅰ章

第1話 

しおりを挟む
 王子は焦っていた。
 遅い。遅すぎる。着替えるのになぜこんなに時間がかかるのだろうか。それとも自分が早すぎるのか。どっちにしろ、もうかれこれ30分も彼女を待っているのに、一向に出てくる気配がない。
「おーい、まだかー?」
 彼は少し苛ついた感じで呼びかける。
 すると、部屋の扉が静かに開いた。
 出てきたのは彼女である。
 純白のドレスに身を包み、頭には申し訳程度にちょこんとティアラが付けてあった。
「ごめんなさい。神父様の前でお祈りしていたの」 
「そ、そうだったのか。悪いな、急かして」
 彼は少し言葉に詰まってしまった。他でもない、彼女があまりにも美しかったからだ。
 彼はその照れを隠すように言った。
「それじゃ、行こうか」
「うん!」
 こうして、めでたく結婚式は始まったのだ。

 しかし、彼らは知らなかった。
 これから起こる、地獄の日々を──。


★★★


 都市国家エルリア国。
 北半球のとある大陸に位置する人口200万人ほどの小さな国で、通称水の都。
 複雑に入り組んだ迷路のような水路が国のあらゆるところに繋がっているため、移動手段はほとんど船である。また、その水路に沿うように建っている無数の煉瓦造りの家々が美しい景観を生み出していて、毎年多くの観光客が訪れる。
 そして今日は、より一層人が多かった。
「英雄エルリア万歳!」
「我が故郷エルリア国に乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
 今日は、待ちに待った百年祭である。
 エルリア国は今日で生誕100周年を迎えた。第一次時空冥界決戦という戦争の末勝利した英雄エルリアが、100年前ここで国を作り世界平和の礎を築いたとして大々的に報じられ、世界中から観光客が押し寄せているのだ。

 国中が祝福の渦中にある一方で、城には何やら慌ただしい雰囲気が漂っていた。
「ええい!セイラはまだ起きてこぬのか!」
「はい、部屋の内側から鍵がかけられております。いつもは開けてお眠りになるのに…」
 第3代エルリア国王とその召使いたちその他諸々は、この一向に起きる気配のない姫をどう起こすか、はたまたどうやって部屋の鍵を開けるかで試行錯誤を続けていた。
「どうしてこんな日にあいつは…!しかも今日は隣国の王子も来ているのだぞ!もし婚約破棄でもされたら私は…」
「お、王様!落ち着いてください!式典が始まるまであと2時間ほどあります、この間に手を打たねば!」
 一人の兵士が告げる。
 王が意を決したように言った。
「…あいつを呼ぶか」
 王がつぶやくと、たちまち周りの兵士及び召使いたちの顔が青ざめた。
「な、なんですって!?確かに彼なら姫様を起こせられるかもしれませんが、今日は王子が来られているのですよ!?」
「わかっておる。しかし、王子がこんな生活感のないだらしない姫が婚約者だと知ったら、それこそこの国が終わってしまう。この婚約は隣国との和平契約も兼ねているのだ。失敗するわけにはいかん」
 王はどこか憂いを帯びた声色で言った。
「…それもそうですね。国民を苦しめるわけにはいけませんし…」
「では、呼んできてもらえるか」
「は、仰せのままに」
 数人の兵士が足早に玉座を去る。
 王はどっと押し寄せる疲労と緊張で思わず椅子に腰掛けた。
 そして小さく声を漏らした。
「嫌な予感がする」


★★★


「で、俺のところに来たってわけか」
「申し訳ありません。しかし、もうあなたの手を借りるしかなくて…」
 兵士はとてつもなく嫌そうな顔をしながら少年に懇願した。
 少年の名はラグナ。城下町に一人で暮らしている。
 ラグナとセイラは幼馴染だ。ラグナはあのセイラの困った性格をよく知っている。王は、セイラと昔から親交のあるラグナなら、姫を起こせると考えたのだ。
 ただ、一つ大きな問題があった。
「ラグナ様、どうか…」
「いいよ、ラグナで。…でも、セイラはつい最近隣の国の王子と婚約が決まったばかりだろ?大丈夫なのか?」
「うう…それは私にも…」
「まあ、そのへんはうまくやってくれよ?もし王子にバレたらやべえぞ」
「わかりました。では早速…」
 ラグナと兵士たちは急いで城に戻った。


 ラグナは王に歓迎された。足早に姫の部屋へ向かう。
 ラグナは軽く声をかけた。
「おいセイラー、起きる時間だぞー」
 返事がない。ただの睡眠中のようだ。
「おいセイラ!いい加減起きろ!今日がなんの日か知ってんだろ!」
 ラグナが叫ぶ。すると、両開きのドアの片側がちょびっとだけ開いた。
「ふえ…」
 出てきたのはセイラである。ボサボサの髪と、乱れたパジャマ、そしてか弱い声。一国の姫とは思えないほど情けない姿をさらけ出しながら起きてきた。
 しかし、セイラは声の主を確認すると眠気が吹き飛んだようだ。
「ラグナ~~!会いたかったよ~~♡」
「バカ、やめろ!抱きつくな!おい、ちょ待っ、死ぬ!首!死ぬって!息、息が!」
 ラグナを見るなり抱きつくセイラ。絞殺されまいと、必死に引き剥がす。
「ゴホッ、お、お前なあ!婚約してるのに何考えてんだ!」
 ラグナが思わず叫ぶ。
「だって、私にはラグナしかいないよ!私、ずっと…」
「わかった!わかったから、もう、もういいから…。」
 ラグナはため息をついた。
「お前はもう一国の姫だ。やがては妃となる身なんだぞ?俺とは住んでる世界がまるで違うんだ。わかるか?」
「だって、小さいときは、」
「俺やユンはまだ子供だ。結婚もできないし、仕事もできない。だけど、お前はもう結婚だってできるし、国を治めることもできるんだ。だから、」
「…」
「だから、俺はセイラの婚約者になることはできない。」
 セイラは黙ったままだった。俯いていて、表情はわからなかった。
「今日は百年祭だ。それに、お前の結婚祝いの祭りでもある。エルリア国民のためにも、早くウェディングドレス姿見せてやれよ」
 ラグナは言う。セイラはコクっと頷くと、メイドと共に着替え室へと向かった。
「ラグナ殿。このエルリア国王、心より感謝申し上げます。本当にありがとう」
 王は少年にひざまずいた。
「よしてくださいよ国王、俺はあいつを説得しただけです。じゃ、俺もそろそろ祭りの準備があるんで、ここらで失礼します」
 ラグナは足早に場を後にしようとする。
「ラグナよ」
 王が少年を引き止める。彼は振り向かず歩き続ける。だが、かまわず王は言った。
「娘は…セイラは、私を恨んでおるのか…?」
 ラグナの動きが止まった。

 長い沈黙が生まれた。
 まるで彼女の心のように、醜く淀んだ静寂は、ラグナの心に一筋の傷を刻んだ。
 彼と彼女。
 少年の世界と少女の世界。
 そこに、一体どれだけの差があるのだろう。
 歳を重ねるに連れ、彼女はどんどん離れていった。自分では意識していなくても、互いの存在が遠くなっていくのを感じないわけがなかった。
 いや、意識していなかったんじゃない。逃げていただけだ。
 セイラという一人の女性の気持ちに正面から向き合わなかっただけだ。
 セイラの婚約を知ったとき、咄嗟に愛想笑いを作って必死に現実から逃げていたのは誰だ。それで、一体何人の人間を傷つけた。あのとき、城に乗り込んで抗議でもしていれば少しは変わっていたかもしれないのに。
 彼女がもし国王を恨んでいるとしたら、それは完全な誤解だ。まったくの被害妄想だ。
 だけど、ラグナは自己保身に走った。
 辛い現実と、己の心から逃げるために。
「セイラは……」
 次の一言は決まっている。なぜなら、それが彼の償いであり、戒めなのだから。
「セイラは、誰も恨んでなんかいませんよ。新しい生活が怖いだけなんですよ。マリッジブルーってやつです、きっと」
「…そうか。ならいいんだ。すまない、引き止めてしまったな」
 王は安堵の声を出した。だが、表情はどこか物憂げだった。
 ラグナは無言で城を後にした。もちろん、祭りの準備なんてするわけがなかった。



    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

処理中です...