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第Ⅰ章

第2話 

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「ふ~ん。で、謝りたいから合鍵を貸せと?」
「頼む、お願いだ!」
 ラグナは少女の前で土下座していた。
 この少女の名はユン。ラグナの数少ない親友で、幼ながら様々な機械を発明する技師であり、父親はエルリア王国騎士団長という名家のお嬢様である。
 ユンは左耳のヘッドホン(彼女曰く作成中の盗聴器)を気にしながらラグナに聞いた。
「別に鍵貸すのはいいけど、行ってどうするのさ?」
「そりゃ、誤解を解くに決まってるだろ」
 ラグナは謝りたかった。精神力のあるセイラではあるが、あんなに突き放してしまった。許してもらうことなどできないとわかっていても、せめてもの贖罪として謝りたかった。

 でも、結局はこれも欺瞞なのだろう。

「無くなさいでよね、大切なんだから」
「悪い」
 ユンは左耳のヘッドホンを外しながら、ラグナに城の合鍵を渡した。
「あ、そうだ。私も一緒に行っていい?セイラに話があるの」
「話?」
「うん。パパのことなんだけどね、…」


★★★


「お父さん。ちょっと、いい…?」
「ん?なんだねセイラ、話してみなさい」
 エルリア国王はソファに腰掛けた。国王になってもう3年も経つのに、未だ体型は兵士の頃のままだ。
「ラグナのことなんだけどね…」
「ラグナ?」
「そう、ラグナ。ほら、城下町に住んでる」
「ああ、あの少年のことか。確か今は一人暮らしだと聞いたが」
 王は娘の交友関係をあまり知らなかった。妻が他界してから早5年、未だ娘との会話はぎこちない。
「今日学校で魔法を少し習ったから、その練習を一緒に公園でしてたの。そしたらラグナが急に頭を抱えて苦しそうにして…」
 セイラは落ち着いた口調で語る。国王は真剣な眼差しで話を聞いていた。しかし王はなんとなく話の内容を予想できていた。
「私がどうしたのって聞いたら、『なんでもない』って強がるんだ。でも私変に思って、ラグナに聞いてみたの。一体何があったのって」
「…それで、ラグナはなんて答えたんだい?」
 国王はこの時点ですべてを悟っていた。

「『俺、お父さんとお母さんを兵士に殺されたんだ』って、すごい悲しそうに言ったの。目の前で、お母さんが剣で刺されて、お父さんも魔法でなぶり殺された…って」

 国王は驚かなかった。騎士団員の間では、その話はあまりにも有名だからだ。
「…ねえお父さん。ラグナのお父さんとお母さんは何をしたの?昔、騎士団で何があったの?ラグナはなんであんなに苦しまなきゃいけないの?なんで…なんでみんなラグナをいじめるの?」
 セイラはまくしたてるように言った。
 国王は長く黙ったあと、ゆっくり、まるで童話を読むように語り始めた。セイラは、部屋の灯りが急に暗くなったような気がした。
「2年前…まだお前もラグナも5歳のときだ…」
 セイラは思わず窓の外を見た。星がなかった。
「ラグナの父親レグリスは、私の同僚で優秀な騎士だった。彼はどれをとっても完璧だった。容姿端麗で頭脳明晰、そして何よりも優しかった。部下には決して責任は取らさせず、すべての非は自分にあると平気で言えるような好青年だった。しかし、完璧であるが故に、周りからの嫉妬もすごかった。特にロイズウェルトは彼にかなりの敵意を抱いていた…」
「え、ロイズウェルトって、まさか…」
「そうだ、ユンの父親だ」
 国王は言った。
「現エルリア王国騎士団長、元殿しんがり隊隊長。冷酷非道な暴君で、少しでもミスをした部下は直ちに離隊させる…そんな人間だ、あいつは」
「じゃあ、まさかユンのお父さんが!?」
「…ああ。ロイズウェルトはレグリスを騙した。巧みな策略で、奴が国民から恨みを買うように仕向けたんだ…」
「どうやって…?」
「ロイズウェルトは、レグリスが当時の国王の暗殺を企てていると嘘を吹聴し、国王に働きかけ国家反逆罪で逮捕させた。そして奴と、その妻エリーナを、民衆と彼らの息子の目の前で処刑に晒したんだ…」
 セイラは衝撃のあまり絶句した。言葉も出なかった。

 父娘はもうそれ以上何も話さなかった。
 部屋の空気は、青黒い憎悪の渦に沈んだ。国王の拳は力強く握られていた。

 外には満点の星が煌めいていた。空に浮かんだオリオンがいやに眩しく見えた。
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