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10話 静けさ

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「平本は、優しいやつなんです」

 俺は平静を装って言った。

「あいつは優しいからこそ、誰も傷つけたくないと思ってしまう。自分が相談したらその人も巻き込んでしまうと、そう思ってしまうから、すべて抱え込んで、そしてあんな風になってしまったんだと思います」

 俺がすべてを言い終わると、平本の父親は大きく深呼吸してため息を吐いた。

「まあ概ねそんなことだろうとは思っていたよ……」

 父親は言う。

「娘は昔からストレスの発散方法を知らなくてねえ。受験のときもいつのときも、全部自分の中で完結させて、決して他人に迷惑かけようとはしなかったからねえ。そのせいで誰かが傷ついているというのに……」

 母親は今にも泣き出しそうだった。

「あれだよ。娘は成績こそいい方だが、性格面に少しだけ難ありだった。よく言えば天然、責任感の強い人。悪く言えば──」
「社会に甘えているバカ」

 俺は父親の言葉に被せて言った。あれ以上父親に娘を悪く言わせるのは俺の良心がもたない。

「……まあ、そういうことだね」

 父親は戸惑いながら言った。

「物事には必ず終わりがあります。あいつはなぜかそれを拒否するんです。引き延ばして引き延ばして永遠を作ろうとする」
「そして、永遠が作れなかったら悲しみ嘆く」

 今度は中田先生が言った。

「なんなんですかね、あの子は」

 中田先生が呆れるように言った。不思議と嫌味は感じなかった。

「ま、俺も平本も、色々と間違えてしまったんじゃないですか」

 俺は結論付けるように言った。

「そうだね。今日はありがとう。なにせ娘が何も言ってくれないし、記憶喪失だしね」

 父親は困った顔をして言った。

「ありがとう、──君。」

 母親が礼を言う。目は未だに潤っていた。

 俺も何かを言おうとしたが、中田先生に制された。

「じゃあ、──。授業に戻ろう」

 結局、小さく会釈しただけで、それ以外は何もできなかった。
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