太陽と月

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新たな生活

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前日と同様、朝8時前には姿を現した佐伯は、吾妻がドアを開けるなり迷いなくゲストルームへと向かう。

『陽くん。おはよう』

往診鞄から聴診器と血圧計を取り出し手際よく診察を進める。

蒴也に向き直り、水は飲めたか、重湯は食べられたか、どこか痛そうにはしていなかったかと一方的にもの問いまくる。

そんな佐伯の様子に呆れながらも嬉しさを滲ませる蒴也が、昨日からの陽の様子を詳細に報告すれば

『今日は、消化のいいもの食べさせてあげてね』

それで大丈夫なら明日からは色んな物を食べさせてあげて。
起きてる時間をできるだけ長くして、五感を刺激できるようにしていきたいね。

それは医師である佐伯の意見であり、蒴也の願いでもある。そして陽がそんな生活を送るためには

『中野咲恵さんのサポートをお願いしたいんだ』

蒴也は真摯に頭を下げる。若頭と言う立場上、日常の中で誰かに頭を下げるなど多くはない。
そんな蒴也が、ごく自然に佐伯に頭を下げた。医師である佐伯の力はもちろん、中野咲恵のサポートも必要なのだと。

『吾妻君、コーヒーを入れてくれるかい?』

今日は陽くんもリビングで一緒にお茶を飲もうね。
それだけ言うと、佐伯は手を洗うために洗面所へと消えていく。

佐伯は陽も一緒にお茶をと言っていた。自身が先に場を離れることで陽をリビングにいざなうのは蒴也だと暗に伝えていたのだ。

昨日までそうしていたように、陽を抱き上げようと思ったところで、手を止める。陽の上体を起こし、足を床に付けたところで、手を差しのべてみる。

表情のないまま蒴也の指先を見つめる陽の手を取り

『陽、リビングまで、そのドアの向こうまで歩いてみよう』

陽の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせれば、ふらつきもなく自分の足で立ってくれる。

手を繋いでリビングまで歩いた陽が蒴也を見上げる。

『おしっこ』

陽がたった1つできる自己主張。先日教えたトイレの方に陽自ら歩き始める。蒴也と手を繋いで。蒴也は頷き、今日は歩いて陽のトイレに付き合う。

『陽、おしっこ教えてくれてありがとう』

一応、30歳男性と15歳少年の会話である。
ちょうど洗面所から出てきた佐伯は、そんな2人を見て眉尻を下げた。

言葉によるコミュニケーションに難があるのだ。であれば小さく軽い陽のことを抱き上げて移動してしまう方が簡単だろう。
それをしない蒴也から、佐伯は普段と違う類いの頼もしさを覚えた。

組織を育てる蒴也には普段あまり温度を感じたことがない。しかし、陽を育もうとする蒴也には暖かな温度を感じた。

『さっそく咲恵さんに電話しよ』
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