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沈黙の護衛騎士21
しおりを挟む結局、執事や使用人など手のあけられる者たちを庭に集め、演奏を聞かせることになる。横笛とバイオリンが一緒に演奏するのを聞くのは皆初めてだ。
「お嬢さま、寒くありませんか?」
「大丈夫よ、じいやは心配しすぎなのよ」
緑色の外套を着たユリアナは、まるで森の精のようないで立ちだった。銀色の横笛を持ち、空気が流れていくように音を奏でると、伸びやかな音色が深い緑色をした木立の間を通り抜けていく。
バイオリンの弓の張り具合を調整したレームが、弦の音を出す。彼の奏でるリードで始まったデュオに、いつの間にか森にいる白い小鳥たちが近づいてチュンチュンと鳴き始めた。
大空の下で『鳥は空へ』を演奏する。森の中にいる鳥たちが集まりユリアナの演奏を聴きながら声をそろえるようにして鳴いていた。
——あぁ、やっぱり彼はレオナルド殿下なのね。
いくら久しぶりに弾いたとしても、バイオリンの癖は変わっていない。ビブラートの長さや、ピッチの速さ。スタッカートの入れ具合もかつてと変わりない。一番近くで彼のバイオリンを聞いてきたからこそ、彼の音がわかる。
ユリアナはようやくレームがレオナルドであることを確信した。
すると演奏に加わっているかのように、鳥たちが集まっている。深緑の葉をつけた木に白い鳥たちが留まり、そこだけまるで切り取られた絵のように幻想的な風景となっていた。
——すごい、小鳥たちとのアンサンブルだわ……!
ユリアナはこれまでとは違う高揚感を味わった。伸びやかな音が森に響く。今は、今だけはあの時のように明るい音で笛を吹くことができた。
「……お嬢さま!」
演奏が終わると、執事が涙を流している。美しい、心の洗われるような演奏だったと、使用人たちが口々に言っている。
——これで、彼の心も少しは軽くなってくれるといいのだけど……。
自分は少しも彼を恨めしく思ったことはない。犠牲になったつもりもない。だから、本当は贖罪など必要ない。もう、自分のことから自由になって、この鳥のように羽ばたいて欲しい。彼は自分と違い、それが許されているのだから。
ユリアナは自分の心の中に、未だレオナルドを強く求める気持ちがあることを認めていた。それでも、彼には何も伝えないことを決めた。
気持ちを伝えると、彼を自分に縛り付けることになりかねない。だから、何も言わない。ただ、感謝の言葉を伝えるだけだ。
「レーム、一緒に演奏してくれてありがとう。今日のことは、忘れないわ」
小鳥たちに愛され冬の日差しを浴びたユリアナは、まるで森に住む妖精のように輝いている。光が雪に反射して、そこだけ輝きが集まっていた。そこにいる誰もが、ユリアナの美しさを目に焼き付ける。
目の光を失った聖女は、内なる光を失うことはなかった。彼女こそが真の聖女だと、誰もが思い賞賛のことばを述べるのだった。
演奏の終わった後、ユリアナは執事に話しかけた。
「じい、今から湖のほとりに行きたいわ。レームに頼んでみてもいい?」
「そんな、冬の湖など! お嬢さまが凍えてしまいます」
「そんな長い時間いるわけではないし、レームは今日が最後なのよ。彼の馬は大きかったし、二人で乗っても大丈夫じゃないかしら」
「ですが……」
「お願い、もう私には今日しかないの。これ以上、我儘を言わないから」
悲痛な声をだしで懇願するユリアナを見て、執事は意見を変えるしかなかった。幼い頃から身近にいる彼はユリアナの秘めた願いを知っている。もちろん、レームが誰であるかも知っているだろう。
「わかりました。レーム殿、お嬢さまを連れて湖畔まで馬を出すことをお願いできますか?」
チリン、と鈴がなり終わると同時に、レームは馬小屋の方へ駆け出していった。ユリアナは渡されたコートを着ると、皮の手袋をはめる。同時に大判のストールを首に巻きつけ、なるべく肌が出ないように気をつけた。
杖をついてゆっくりと歩いていく。長い期間、屋敷の門の外に出ていない。馬に乗るのも久しぶりだ。ユリアナは雪に足をとられながらも、前を向いて進んでいく。その先には、護衛騎士が栗毛色をした大きな馬を引いて待っていた。
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