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一章

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 肌が焼けるような太陽光と吹きすさぶ熱風。加えてじりじりと焼かれたアスファルト。上下から与えられる暑さは、これからまだまだ上昇するらしい。ここまでくると地球温暖化の危険性をかんじざるを得ない。
 
 少しでも熱を逃がそうと胸元を開けてパタパタと扇ぐけど、効果はない。全身の水分を吸い取ってると錯覚するほどの汗まみれの服の感触が気持ち悪い。不快感が増しただけで、苛立ちさえわいてくる。

「たく、あいつらはいい身分だぜ・・・・・・」

 ふと視線を上げれば、上階の窓からうっすらと人が見える。冷房が効きまくっている講義室で補講を受けているんであろう同級生・下級生が妬ましい。嫉妬はとまらず、俺とこのバイトを受けた友達にも向けられた。あいつは今頃教授の手伝いと称して楽してるんだろうなぁ。くそが・・・・・・。


 俺は上杉瞬。ここの大学に通っている三年生。本来なら夏休みを全力で謳歌するはずだった。両面焼きの目玉焼きに感情移入して、影も遮る物がない駐車場で立っているのには理由がある。

 今日はオープンキャンパスの日で、高校生が見学に来る。本来なら事務員、学院側がその案内をしなければいけないが、補講の単位を取る代わり、そしてアルバイトとして生徒たちから募集されたのだ。様々なところから来るみたいで、高校ごとに一人が案内する。ここで出迎えて生徒たちの名簿と照らし合わせて出欠の確認をして、その後学内へ。施設、研究室の案内を行うのが今日の役目。


 だから俺みたいな生徒が今何人も駐車場で立って待っているけど、俺も彼らみたいな顔になっているんだろう。まだバスが到着するのには余裕があるけど、高校生に対して憧れられる存在であるとアピールすべし。そう説明されて三十分前行動を強要されたけど、彼ら大人は涼しいところで過ごしているんだろう。理不尽。


『おいこれ参加しようぜ! あわよくば女子高生とお近づきに・・・・・・・・・ぐへへ・・・・・・』

 そういって下心満載だった友人は、今何してるんだろう。捕まればいいのに。


 携帯を取り出して時間を確認しようとしたとき、遠くから車の走行音が。それも一つじゃない。俺以外にも気づいたらしい同志たちがそれぞれ立ち上がり、汗を拭って、準備に入る。彼らに倣って、俺も続いた。

 バスにはそれぞれわかるように出入り口、運転席にでかでかとステッカーが貼ってたから担当のバスがすぐに発見できた。それで、全員降りてくるのを待ったわけだけど、女の子二人が降りたあと、誰もくる気配がない。

「あの、お兄さんが担当者さんっスか?」
「はい。そうですけど。他の生徒さんたちは?」
「私たちだけっスよ」
「え?」
 
 驚いて運転手のほうをみるけど、肯定するように軽く何度か頷いた。まじかよ。二人しかいないのに大型バス使うなんて。いっそのこと電車のほうがよかったんじゃ?

「うちの高校、無駄に豪華っすからね。それに電車だと満員電車だったりで大変だし」
「あ、あははは。改めて、今日はようこそ」


 心を読んだようなタイミングの指摘に、愛想笑いでごまかして、名簿を確認する。めんどうだったからスルーしてたけど、本当に二人しかいないじゃないか。見渡せば他のバスに乗っていたのはまばらで、一瞬少子化かそれとも我が大学の魅力がないんじゃないかって疑ったけど、杞憂だったらしい。
 
 それに、この子たちが女子校に通っているのも影響してるんだろう。工学部は基本的に女性の入学希望は少ない傾向にある。けど、大人数だったら説明したり質疑応答に困るんだろうけど、こじんまりとしているから精神的に随分と楽だ。


「じゃあ確認するけど、北条院真莉愛さん?」
「はいっス」
 
 小さいポニーテールを結った女の子は人懐っこい笑顔と挙手で返事をしてくれた。この子の性格か、それとも若いからか。暑さにも負けない活発さが垣間見れて、好印象を抱く。
 
反対に隣にいる子は、反応が薄い。キリッとした表情で、こちらを見ている。不思議と既視感を覚えて眺めてしまうけど、なんだか俺を値踏みするような視線で、目が合いそうになった瞬間、慌てて名簿に戻る。

「え~っと、次・・・・・・・・・・は・・・・・・?」

 とまってしまった。次いで女の子の顔と名前を何度も往復して確認する。信じられなかった。

「れみ・・・・・・?」
 
 竹田零実。名簿にはしっかりとその名前が記されていた。確認のためじゃなく、記憶にある少女へ呼びかけるように、自然と声が出てしまっていた。

「・・・・・・・・・そうですが。いきなり下の名前だけで、しかも呼び捨てにするなんてそれほど私の名前がおかしいですか?」

 はっとして、現実に戻る。彼女、れみは不愉快だって感情を前面に押しだして睨んでいる。

「ごめん。そんなつもりじゃなくって、俺は――」
 
 予想外すぎる。まさかこの子とこんなところでまた会えるなんて。動揺しすぎて、うまく言葉が出てこない。

「か、かわいい名前だっておもってさ!」
「・・・・・・・・・ナンパですか?」
 
 パニックのまま口走ったことは、どうも失敗だったらしい。明らかに嫌悪感と不信感むきだしで、距離をとるためなのか一歩下がった。

「あははは~。お兄さん私はかわいくなってことっスかぁ~?」
「いや、そうじゃねぇよ!? ナンパとかじゃねぇって!」
「まぁどうでもいいっスけど、この子は諦めたほうがいいっスよぉ~。れみ男の人嫌いだし苦手だし~」
「ちょっとまりあ。そんなことこの人に言わないでください」
 
 そのまま二人はちょっとしたやりとりをはじめて、助かった。

「きっとこの人はその話題に食いついて質問してきます。そのままグイグイと私の連絡先のみならず、実家の住所とスリーサイズを聞いてくる下世話なことをするんです。それから友達を装いつつ近づいてくるんです。大学生なんて遊びまくってる人は、そんなことをするのが日常茶飯事なんですよ。ナンパにはよくある手法だと本で書いてありました。そのまま私を・・・・・・・・・」

 なに言っちゃってんのこの子。偏見がすぎるだろ。いや、俺自身が招いた結果だけど。

「じゃあお兄さん、立ち話もなんだし、早速案内お願いするっス」

 まりあと呼ばれている子に促されて、ようやく本来の仕事に戻れる。周囲は続々と大学内に入っていってる。


「ああ。じゃあ改めて我が大学にようこそ。今日は楽しんで行ってくれ」

 気分を切り替えて、歩きだす。案内するルートを掘り起こして、練習通りにできることに集中。できるだけれみのことは考えないように心がける。幸い、道すがら話しかけてくるのはまりあちゃんのほうで、れみはなにも聞いてこない。
 というか避けてる雰囲気すら発している。ズキ、という胸の痛みと一抹の寂しさ。けど、俺にはなんの資格もない。自分から話しかける権利すらないんじゃないか。

「そういえばお兄さんのお名前はなんていうんスか?」
「ああ、俺はウエ・・・・・・・・・」
 
 下手こいたああぁぁ! ここで名乗ったられみにバレちゃう! 

「ウエ?」
「ウエ・・・・・・ウエ・・・・・・」

 ここで名乗ったら絶対大変なことになる。れみにばれる! オープンキャンパスとか案内どころじゃねぇ! ここはごまかさないと!

「ウエストハイマー・田中だ」
「・・・・・・・・・日本人っスよね?」
「キラキラネームってあるだろ? 和名で西琲魔(うえすとはいまー)なんだ」
「へぇ。それはなんとも。カジュアルっスねぇ」

 ちらり。れみのほうをなんとなく見るけど、そもそも興味すらないみたい。よかった。

「じゃあウエストハイマー先輩。さっそく質問なんスけど」

 ・・・・・・・・・? ウエストハイマー先輩って誰だ? そんなやつうちの大学にいたっけ?

「あの、先輩?」
「あ、ああうん! ウエストハイマーは俺だようん! ウエストハイマーウエストハイマー!」

 咄嗟に名乗った偽名過ぎて、一瞬で忘れるところだった・・・・・・・・・。俺の馬鹿・・・・・・。やべぇ。無事に乗り切れる気がしねぇ。

「あはははは~! 先輩って面白いっスねぇ! 大学には先輩みたいな人たくさんいるんスかぁ?」
「あははは。どうかな。まぁいろんな変わった人がいるよ」

 特に怪しまれもせず、和やかに話しながら案内を再開する。滞りできたって自信はあったし、まりあちゃんは質問しまくって楽しそうだった。けど、れみのことが時折気にかかってしまう。まりあちゃんと話しているときも、案内をしているときも何度となくチラ見してしまう。

 だって仕方がない。 

「先輩、大学って楽しいっスか?」
「あははは。そうだねぇ。基本講義は九十分が基本で実験やら提出やら単位やらで大変なときは多いけど、楽しいぜ?」

 何故なら竹田零実は、俺の義妹だった女の子で、今日数年ぶりに再会したんだから。
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