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二章

十五話 ~語らい。意外な共通点~

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 シャルロット王女を部屋に連れて行き、サムに事情を説明することに終始費やすことになった。シャルロット王女のアレなかんじを既に周知しているので、特に疑うことなく信じてもらえた。

 王女も命に別状はないと判明もして、なんとも例えられない忙しなさのまま夕食を迎えた。

 もしかして、王女が屋敷にいる間ずっとこうなのだろうか?

 身を守るどころの話ではないぞ。

「・・・・・・・・・あの子は?」
「シャルならば、部屋でまだ休んでいます」

 いつもより冷たいと感じる視線を注がれているようで、居心地が悪さがある。おかげでサーモンとキノコのバタームニエルの風味も損なわれて感じる。

 そそくさとしながら食べ終わると、そのまま使用人の居住スペースに。調理室や貯蔵庫、庭の勝手口に繋がる奥のほうにあるが、赴いたことは今までなかった。燭台を手にしていても狭まった通路はほの暗く、一寸先まで闇が広がっている。

 聞いていたシャルが使っている部屋の前で立ち尽くし、ノックをするかどうか迷う。使用人とはいえ、女性。それも相手が相手なだけに躊躇われて仕方ない。

「でしたら今度は下着で迫ってはいかがですか?」

 ノックをしようとした間際、中から会話が漏れ聞こえた。

「し、下着だなんて、はしたないですわ・・・・・・・・・」
「殿方の入浴に飛びこむはしたない貴方様に、そんな迷い事を宣う権利はありません」
「~~~~~~~~っ!」

 なんだ、王女様一人ではないのか? よく聞こえないが、もう一人いるぞ。

「それに、もう正体を知られたのでしょう? でしたらもうフリをするのは無理です。なんのために王宮を抜けだしたのですか?」
「そ、それは・・・・・・・・・・・・」
「まったく・・・・・・・・・それでは一生この屋敷で働いていても願いは成就しないでしょうね」
「う、うう」
「はぁ~~~~~~・・・・・・・・・・・・・いまだに後悔しています。王女様にお仕えしたことを・・・・・・・・・」
「そ、そんな。失礼な」
「とにかく。私はもう疲れたので。続きはまた明日。おやすみなさいませ」

 いきなりドアが開くと、勢い余ったジャンとぶつかってしまった。

「お前だったのか」
「旦那様、すみません。ですがどうしてこちらへ?」
「シャルは中か? 彼女に用があってな」
「・・・・・・・・・・・・なにか?」
「頭を打ったから大丈夫かとおもってな」
「さようですか」
「お前こそ、シャルとなにか話していたのか?」
「ええ。僕も同じ理由です」
「そうか」
「シャル。旦那様がいらっしゃいました」
「!?」

 バタバタ、ガン、ゴン! なにをしているのか予想が簡単な騒がしい音。「では私はこれで」と、ジャンが去っていった。

「あ、だ、だんなしゃま・・・・・・・・・・・・」
「お怪我の具合は?」
「お、お気になさらず・・・・・・・・・」

 ベッドの上で毛布を被り、身を守るように隠している。年頃の少女らしく寝間着を見られたくないのだろうか。小動物めいた可愛らしさがある。

「ジャンと仲が良いのですか?」
「え、ええ・・・・・・・・・・・・なにかと助けてくれたりアドバイスをいただいてます。本当に、色々と」
「そうですか。お怪我のほうは?」
「いえ。もう大丈夫ですわ・・・・・・・・・・・・です」
「それはよかった」
 
 窓から差し込む月明り、寝台の側に置いている角灯でぼんやりと薄暗い空間。モジモジとした落ち着きのない王女の衣擦れにこちらまで落ち着かなくなっていく。

「先程の話の続きですが、俺はあなたの正体を知っています」
「はい・・・・・・・・・・・・」
「最初は驚きましたが、成程。納得いたしました。このエリク・ディアンヌ。身命を賭してお守りいたします」
「え、ええ。それは本当にありがたいのです・・・・・・・・・本当に・・・・・・・・・」

 ? あまり喜んではいないな。

「しかし、女中として扱うのは憚られるのです。マリーやサムにも怪しまれるかもしれません」

 このまま仕事の失敗が連続しても解雇をしないことを疑問におもうだろう。いっそのこと彼らにだけは王女だと説明し、改めて我が家で預かることにすれば。

「いえ。よろしいのです。それは私も覚悟の上。どうぞ私のことはシャルと。本当の女中として接していただいて」
「しかし、王女様」
「女中のお仕事もまだ不慣れですが、努力しますわ。それと、呼び捨てで敬語も無しになさってください」
「シャルロット様」
「いえ。いっそマリーさんに並ぶメイドとなるまでは私帰れません!」

 ・・・・・・・・・本末転倒なのではないだろうか。

「敬語も無しでお願いいたします。誰にいつ聞かれるかわかりません」
「シャルロット――――」
「シャルと」
「・・・・・・・・・・・・」
「シャルで――――」
「シャル。これで良いか?」
「はいっ♫」
「この屋敷にいる間、そして人がいる前では、こう呼ぼう」

 致し方ない。決して自分が望んだことではない。王女を守るため、刺客にバレないため。チクチク苛まれる良心と忠誠心を、誰に対してかわからない弁明でグッと支とえる。

「今後は、主と使用人として振る舞えるよう、徹底しようとおもいます。それでよろしいですね?」
「・・・・・・・・・」
「徹底しようとおもう。いいな? シャル」
「はいっ♪」
「それと、いくつか聞きたいことがある」
「はい、なんなりと!」
「どうして女中なんだ?」
「え?」
「正体を隠すためだったら、そこまでする必要はないとおもうのだが」
「そ、それは・・・・・・・・・・・・」

 嘘が下手な子だな。

 言い淀んでいるだけじゃない。なにか別の思惑があるというのが見てわかる狼狽ぶりじゃないか。

「私が良く読む書物がありまして」
「・・・・・・・・・・・・ほう?」
「女中を主人公にしていて、どのように生きているか描かれているのです」
「ほう」
「それだけでなく、どのようにしてお金を得ているか。どのような仕事をしているか。働くというのがよくわからない私にとっては興味深い内容ばかりで。平民の人達はなにを食べているのかが詳しく描かれているのです。王宮で過ごしていない人達はこのように生きているのかと、それは夢中で。何度も繰り返し読んでしまうのです」
「つまり、これを機に一度平民がどのように過ごしているか体験もしてみたかったと?」

 為政者の治世は、時として横暴なものとして市井に反映されやすい。産まれながらにして人々の上に立つ立場で、それ相応の教育と暮らしをしているし、平民と接する機会など皆無。下々の暮らしや感情を度外視せざるをえない。

 外交や戦争は国同士の事情、利権に基づいている。税金をはじめとした内政の指針として市井を調査することもあるが、それも自らはしない。

「ははっ」

 可笑しかった。

 この王女、いやシャルという少女にそんな崇高な思惑はないだろう。王族にふさわしくない年頃の女の子らしい、ちょっとした好奇心と興味本位に端を発していたんだと。それも、命を狙われているにも関わらず楽しもうとしているだなんて。

 笑わずにはいられないだろう。

「笑われると、そのようなお顔になるのですね」
「! すまない」
「いえ」
「シャルは本が好きなのだな」
「は、はいっ。特に恋物語を紡いでいる作品や」
「そうか。この屋敷には書斎がある。時間があるときに、気に入りそうな本を探してみるといい」
「まぁ、まことですか?」
「ああ。読んでもいい」
「しかし私は女中ですし」
「かまわん。サムやマリーにも薦めているが、あいつらはあまり好まないからな。俺が買ってきてくれと頼むと、顰め面をされるほどに」
「旦那様も本がお好きなのですか?」
「・・・・・・・・・・・・・小さい頃からな」

 パアアアアア、と華が咲いたようにキラキラ満面に輝く王女、いやシャル。

「そうなのですかっ。どのような本がお好きなのですかっ?」
「歴史、文学、英雄譚、他国の見聞録。特に決まったものはないな。恋物語が描かれているものも」
「まぁっ。まぁまぁまぁっ」
「最近嵌まっているのは――――」

 本の話をできる人はいなかった。それもこれほど嬉しそうに、期待して、ああこの人も本が好きなんだと同志を見つけた錯覚に陥り、気づけば心のままに語っていた。

「わ、私もですっ!! 私もその方の作品が大好きですっっ! 貴族の殿方に見初められた花屋の女の子を主役にした本で知ったのですが!」
「それは処女作ですね。平民から見たら貴族の価値観や暮らしは平民が味わったらこう苦悩するのか、と描かれていたし感心したな」
「ええ、ええ! けれど相手の方のお気持ちも描かれていて、誤解をしたり擦れ違ったり恋敵が登場して先の展開が読めなくて!」
「手に汗を握った。まるで本当に体験したのではないかという戦闘の描写もあって。最後に心を通じ合わせて結ばれたときは不覚にも涙が出そうになったよ」
「ええ、ええ! 私は泣いてしまいましたが!」

 没頭してしまった。この部屋にどれだけいるのかも、なにをしに来たのかも忘れて。心の底から楽しいとおもいながら過ごしていた。

 バフ、バフバフ。

「?」

 シーツを叩く尻尾に気づくまでは。

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