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二章
十六話 ~尻尾。呪われた体
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「っ!」
「きゃっ」
一体いつの間にこれほど距離が縮まっていたんだろう。それほど熱がこもっていて話に夢中になりすぎていたんだろう。前のめりになっていたシャルの髪の毛に、尻尾を押さえようとした手が掠めた。
「きゃっ」
「す、すまない!」
「い、いえ。私は大丈夫ですが」
「すまない。本当に・・・・・・・・・」
(浮かれてしまっていた・・・・・・・・・・・・)
体の内側に篭っていた熱が、急速に冷えていく。
「大丈夫か? 本当にすまん。どこかおかしいところはないか?」
「え、えっと? 私はなんともないのですが」
「本当か? いやしかし、すまない。今後は触れないよう気をつけよう」
楽しい時間は終わってしまった。他ならぬ俺自身の失態のせいで。目的を見失っていただけではない。どんな存在なのかすら忘れていた自分が情けなく、申し訳ない。
「なにかあってからでは遅いしな」
「あの、旦那様?」
「な、なんだ?」
こちらに伸ばされたシャルの手が、なにかを握りたそうにニギニギと迫ってくる。さっきのことと、その手つきが怪しくひょいっと伸ばされたのを避ける。
「ちょ、シャル。なにをしている?」
そのままひょい、バッ。ひょい、バッ。ひょい、バッ。ひょい、バッ。避ける、避ける、避ける。まるで敵の攻撃を避けるための訓練と似ているから造作もないが、意味がわからない。
「お、おい。一体なんだ突然」
「やっぱり」
「シャル?」
「旦那様は、以前から触れられるのを避けているようにおもうのですが」
ピタッと止まって、そのままう~~~んと唸りそうな様子なシャル。さっきの動きといい、なにをしたいのかなにを目的にしているのか読めない。
「何故ですの?」
「何故って。それは・・・・・・・・・・・・俺が呪われているからだ」
「????」
「俺が呪われているのは知っているだろう?」
「ええ」
「だから俺の呪いが伝染るかもしれないだろう」
「????????????」
どうしてわからないんだこの子は。
「旦那様の呪いは他の人に伝染るのですか?」
「それは・・・・・・・・・・・・」
「もし本当に私に呪いの影響があるのでしたら、庭園で襲われたときに伝染っているのではないでしょうか?」
「・・・・・・・・・」
「それに、マリーさんやサムさんも。私よりもエリク様のお側に長い間いるのですよね? ですが、それらしい様子もございませんし」
シャルなりにキチンと考えていたらしい。俺の伝えたいことの意を汲んで、似つかわしくない冷静な理知的な思考をしていた。だからこそ俺の認識とずれていることに困惑していた。
(だが、そうじゃない)
「俺が周りからどうおもわれているか知っているだろう? 呪われ騎士だ」
触れるのも、目にするのもおぞましい。呪いという得体のしれない力で変貌した異形の姿を忌避されるのが当たり前だった。
(なのに何故だ)
「はい、聞いておりますが?」
目の前にいる少女の俺を見る二つの眼に、嘲りも恐怖も侮蔑も貶めもない。同情も憐憫すらだ。誰からも向けられたことのない視線に、こちらが怯んでしまう。
「シャルはおそろしくないのか? 俺に触れられても」
「はい。むしろもっと触れたいとおもっており・・・・・・・・・・・・」
「あ・・・・・・・・・・・・きゃあああああっ」と黄色い、くぐもった歓声。腰を捻らせ恥ずかしい、言ってしまったという羞恥・後悔を見せてくれている。
この子のことを知っているとあざといわざとらしさなんて微塵もない。本当についやってしまった、という正直さしか感じられない。
「あ! ですが勿論旦那様がお許しいただければです! ただでさえご迷惑をおかけしているのですから! むしろお給金の代わりに――――す、すみませんおこがましくって!」
「呪いのことは正直、伝染するのかどうかわからん」
心と体から臆病さが抜けていき、張っていた肩意地もほぐれていく。
「呪いについて詳しい者も描かれている書物もない。詳しい者もいないし、調べようがない」
昔の伝承、それこそお伽噺になっているような朧気な知識しかこの世界には残っていない。呪いといういかにもいかがわしい怪しげな表象と見てくれから判断されても仕方がないだろう。
俺自身でも、わかっていないというのに。
「では、旦那様は、私を慮って?」
「それも、あるが」
「あ! ではでは! 私が旦那様のお背中を流すのを拒まれたのもあ~~んをさせてもらえなかったのも嫌だったからではないのですか!?」
それは正直別件だ。
「あ、ありがとうございますっ」
「どうしてそこでお礼を言うんだ・・・・・・・・・・」
「だって、私を気遣ってくださったのでしょう? 私になにかあってはいけないと」
この子は、自分の都合の良いように受け取っている気しかしない。
「私は、呪いのことはよくわかりません。ですが旦那様が・・・・・・・・・エリク様がどういう御方なのかはわかっております」
「俺が?」
「はい」
「どんな奴だというんだ・・・・・・・・・」
「命を助けてくださった恩人です」
「っ」
「それから立派な騎士様で、女性に優しい紳士で、本が好きな旦那様です」
「・・・・・・・・・・・・」
「使用人にも優しくて、慕われていています」
(この子は)
抜けている少女だ。王族にふさわしからぬ、突飛な行動をとる。感情のままに表情がコロコロと変わる純粋さがある。世間知らずで物を知らない。今言っている俺のことも、一つ一つ否定することができる。
仕事だから助けた。騎士としてありたいだけだ。女性に対する期待なんてないし、本しか楽しみがない。サムもマリーも望んで仕えてもらってるわけじゃない。
(俺のなにを知っているんだ)
それでも、周囲からの意見に囚われていない。この異形に臆していない。呪われ騎士としてではなく、エリク・ディアンヌとして接して、一人の人間としての内面を語ってくれている。
「それから食べているときのお顔がキュートで、尻尾の動きがわかりやすくて」
嬉しかった。
王女として。主として。護衛の対象として。一切が真っ白になってしまい、心を奪われるほどに。
どうしようもなく、嬉しかった。
「きゃっ」
一体いつの間にこれほど距離が縮まっていたんだろう。それほど熱がこもっていて話に夢中になりすぎていたんだろう。前のめりになっていたシャルの髪の毛に、尻尾を押さえようとした手が掠めた。
「きゃっ」
「す、すまない!」
「い、いえ。私は大丈夫ですが」
「すまない。本当に・・・・・・・・・」
(浮かれてしまっていた・・・・・・・・・・・・)
体の内側に篭っていた熱が、急速に冷えていく。
「大丈夫か? 本当にすまん。どこかおかしいところはないか?」
「え、えっと? 私はなんともないのですが」
「本当か? いやしかし、すまない。今後は触れないよう気をつけよう」
楽しい時間は終わってしまった。他ならぬ俺自身の失態のせいで。目的を見失っていただけではない。どんな存在なのかすら忘れていた自分が情けなく、申し訳ない。
「なにかあってからでは遅いしな」
「あの、旦那様?」
「な、なんだ?」
こちらに伸ばされたシャルの手が、なにかを握りたそうにニギニギと迫ってくる。さっきのことと、その手つきが怪しくひょいっと伸ばされたのを避ける。
「ちょ、シャル。なにをしている?」
そのままひょい、バッ。ひょい、バッ。ひょい、バッ。ひょい、バッ。避ける、避ける、避ける。まるで敵の攻撃を避けるための訓練と似ているから造作もないが、意味がわからない。
「お、おい。一体なんだ突然」
「やっぱり」
「シャル?」
「旦那様は、以前から触れられるのを避けているようにおもうのですが」
ピタッと止まって、そのままう~~~んと唸りそうな様子なシャル。さっきの動きといい、なにをしたいのかなにを目的にしているのか読めない。
「何故ですの?」
「何故って。それは・・・・・・・・・・・・俺が呪われているからだ」
「????」
「俺が呪われているのは知っているだろう?」
「ええ」
「だから俺の呪いが伝染るかもしれないだろう」
「????????????」
どうしてわからないんだこの子は。
「旦那様の呪いは他の人に伝染るのですか?」
「それは・・・・・・・・・・・・」
「もし本当に私に呪いの影響があるのでしたら、庭園で襲われたときに伝染っているのではないでしょうか?」
「・・・・・・・・・」
「それに、マリーさんやサムさんも。私よりもエリク様のお側に長い間いるのですよね? ですが、それらしい様子もございませんし」
シャルなりにキチンと考えていたらしい。俺の伝えたいことの意を汲んで、似つかわしくない冷静な理知的な思考をしていた。だからこそ俺の認識とずれていることに困惑していた。
(だが、そうじゃない)
「俺が周りからどうおもわれているか知っているだろう? 呪われ騎士だ」
触れるのも、目にするのもおぞましい。呪いという得体のしれない力で変貌した異形の姿を忌避されるのが当たり前だった。
(なのに何故だ)
「はい、聞いておりますが?」
目の前にいる少女の俺を見る二つの眼に、嘲りも恐怖も侮蔑も貶めもない。同情も憐憫すらだ。誰からも向けられたことのない視線に、こちらが怯んでしまう。
「シャルはおそろしくないのか? 俺に触れられても」
「はい。むしろもっと触れたいとおもっており・・・・・・・・・・・・」
「あ・・・・・・・・・・・・きゃあああああっ」と黄色い、くぐもった歓声。腰を捻らせ恥ずかしい、言ってしまったという羞恥・後悔を見せてくれている。
この子のことを知っているとあざといわざとらしさなんて微塵もない。本当についやってしまった、という正直さしか感じられない。
「あ! ですが勿論旦那様がお許しいただければです! ただでさえご迷惑をおかけしているのですから! むしろお給金の代わりに――――す、すみませんおこがましくって!」
「呪いのことは正直、伝染するのかどうかわからん」
心と体から臆病さが抜けていき、張っていた肩意地もほぐれていく。
「呪いについて詳しい者も描かれている書物もない。詳しい者もいないし、調べようがない」
昔の伝承、それこそお伽噺になっているような朧気な知識しかこの世界には残っていない。呪いといういかにもいかがわしい怪しげな表象と見てくれから判断されても仕方がないだろう。
俺自身でも、わかっていないというのに。
「では、旦那様は、私を慮って?」
「それも、あるが」
「あ! ではでは! 私が旦那様のお背中を流すのを拒まれたのもあ~~んをさせてもらえなかったのも嫌だったからではないのですか!?」
それは正直別件だ。
「あ、ありがとうございますっ」
「どうしてそこでお礼を言うんだ・・・・・・・・・・」
「だって、私を気遣ってくださったのでしょう? 私になにかあってはいけないと」
この子は、自分の都合の良いように受け取っている気しかしない。
「私は、呪いのことはよくわかりません。ですが旦那様が・・・・・・・・・エリク様がどういう御方なのかはわかっております」
「俺が?」
「はい」
「どんな奴だというんだ・・・・・・・・・」
「命を助けてくださった恩人です」
「っ」
「それから立派な騎士様で、女性に優しい紳士で、本が好きな旦那様です」
「・・・・・・・・・・・・」
「使用人にも優しくて、慕われていています」
(この子は)
抜けている少女だ。王族にふさわしからぬ、突飛な行動をとる。感情のままに表情がコロコロと変わる純粋さがある。世間知らずで物を知らない。今言っている俺のことも、一つ一つ否定することができる。
仕事だから助けた。騎士としてありたいだけだ。女性に対する期待なんてないし、本しか楽しみがない。サムもマリーも望んで仕えてもらってるわけじゃない。
(俺のなにを知っているんだ)
それでも、周囲からの意見に囚われていない。この異形に臆していない。呪われ騎士としてではなく、エリク・ディアンヌとして接して、一人の人間としての内面を語ってくれている。
「それから食べているときのお顔がキュートで、尻尾の動きがわかりやすくて」
嬉しかった。
王女として。主として。護衛の対象として。一切が真っ白になってしまい、心を奪われるほどに。
どうしようもなく、嬉しかった。
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