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魔法使いとブチ猫

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サフィールと使い魔猫の出会い編、五匹目はブチ猫のキースです。
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 大きな街と大きな街をつなぐおっきな道の途中にある、小さな宿場町。
 そばには大きな森があって。湖があって。
 いろんな人間が、やってくる町。
 この町で、オレは生まれた。

 オレの寝床は、この町にたくさんある宿屋の一つ。
 年寄りのじっちゃんとばっちゃんが切り盛りしている宿屋の、他にただ一人だけいるじゅーぎょーいんの、「ミナライ」の部屋。
 ミナライはじっちゃんの弟子、なんだって。
 じっちゃんの料理に憧れて、この町に来て、おしかけ弟子ってやつになって。
 宿屋の一室に寝泊まりしながら、働いている。
 ミナライはオレのたったひとりの家族だ。
 あんまり覚えてないけど、オレは雨の日に死にかけているところを、このミナライに拾われたんだって。以来オレは、ミナライと一緒に暮らしている。
 朝はミナライと一緒に起きて、ミナライが皿についでくれた山羊の乳を飲んで、外へ飛び出す。
 森でひとしきり遊んでから宿屋に戻れば、客に朝飯を作り終わったミナライが、俺にもゴハンをくれる。
 それを食べて、また外に飛び出して、遊んで。
 腹が減ったら、宿屋に戻って。ゴハンを食べて。
 またくたくたになるまで、外で遊ぶんだ。

 日が沈むころ、オレのお腹はぐうぐうと鳴る。
 それで、オレはミナライの所へ帰る。
「おー、ブチ。今日もいっぱい遊んできたか」
 ミナライは戻って来たおれの頭を撫でて、体についた森の落ち葉を払ってくれて、にっと笑う。
「今日も美味い飯、作ったぞ」
 って。
 オレはミナライの作るゴハンが大好きだ。
 ちゃんと猫の体に合うように、薄味に作ってくれるゴハン。
 待ちきれなくて、皿にゴハンをよそうミナライの足元をうろうろして。
「ほら」
 って床に皿を置かれた途端、がっついてしまう。
 はぐ、はぐ、はぐぐっ!
「美味しいか、ブチ」
「にゃー!!」
 美味しいよ、ミナライ。
 とっても、とっても、美味しいよ!!
 オレの言葉はミナライには通じないけれど、オレは大きな声で、にゃー!! と鳴くんだ。
「……はは。そう……か」
 ミナライは笑ってるのに泣きそうな顔で、ずるずると床に座り込む。
「オレ。今日も師匠に怒られちまったよ」
「にゃー」
「オレじゃあ、師匠のようにはなれねぇのかなぁ」
 なんだいミナライ。今日も弱音を吐いているのか。
 確かにじっちゃんは、怖い人だ。厳しい人だ。
 客にだって容赦なく怒鳴るし、オレがちょっと厨房を覗いただけで、「テメエこのクソ猫が!! おい見習い!! 猫を厨房に近付けんじゃねえ!!」って、めっちゃくちゃ怒るもんな。
 だけどさ、ミナライ。
 じっちゃんは厳しいけど、その料理でたっくさんの人を笑顔にする。すごい人だ。
 厨房に近付くと怒鳴るけど、たまにオレの頭を撫でてくれてさ。
「見習いには内緒だぞ」
 って、美味い魚を食わせてくれるんだ。
 それで言うんだ。俺にだけ。
「見習いなぁ、あいつ、頑張ってんだよなぁ」
 って。嬉しそうに、言うんだ。
 だから、大丈夫だよミナライ。
 じっちゃんはミナライが頑張ってるってこと、ちゃんと、ちゃんとわかってるよ。
「……ブチ」
 オレは励ますように、ミナライの手をぺろぺろと撫でる。
 じっちゃんと同じ、ごつごつしたミナライの手。
 じっちゃんと同じ、たっくさんの人を笑顔にする、手だ。
「……ありがとう、な」
 どういたしまして、だぜミナライ。
 俺達はたった一人と一匹の、家族じゃないか。
 そして俺達は、狭いベッドに一緒に眠る。
 一緒にいると、どんなに寒い夜だって、へいちゃらなんだ。


 最近、ミナライの様子がおかしい。
 ぼーっとする時間が増えて、たまに、オレのゴハンを作り忘れるようになった。
 オレが腹減った!! ってにゃーにゃー泣きわめけば、「はっ! わ、悪ぃブチ!!」って。すまなそうに謝ってから、いそいでゴハンを作ってくれる。
 ……その原因は、すぐにわかった。
 ミナライは、恋をしたんだ。
 まだ仔猫のオレには、その感情はよくわからなかったけど。
 最近引っ越してきた花屋の女の子に惚れてんだって、じっちゃんが呆れながら言っていた。「あの野郎、ぽーっとしやがって」って。
 それでもじっちゃんは、どこか嬉しそうで。
 ばっちゃんも、「あの子にもようやくねえ」って嬉しそうで。
 何より、ミナライがとっても幸せそうだったから。
 オレは、もうすぐ家族が増えるんだろうなって、思っていたよ。

 ミナライが、花屋の女の子の話をよくするようになった。
 笑顔が可愛いんだ、って。
 とっても働き者なんだ、って。
 今日はこんな話しをした、って。
「でな、でな、ブチ」
 猫相手に惚気るなよ、って思ったけど、オレは花屋の女の子の話を聞くのが好きだった。
 だってミナライが、とっても、幸せそうだったから。

 花屋の女の子に恋をした、ミナライ。
「嫁にしたい女ができて、やっと身ィが入るようになったな」って、じっちゃんは笑う。
 そう。ミナライはこのごろ、とってもとっても、頑張ってるんだ。
 じっちゃんに、「よくやった」って褒められることも多くなって。
 オレが慰めてやることは、少なくなった。
 ……少しだけ、寂しかったけど、オレも嬉しかったよ。
 そんなある日のこと。
 ミナライが、嬉しそうな顔でオレに言った。
「今日、あの子が遊びに来てくれるんだ」
 って。
「お前を、オレのたったひとりの家族を! 彼女に紹介するぞ、ブチ!!」
 って。
 オレは今日も森に遊びに行きたかったけれど、新しい家族と会う日だからって我慢して、いつもより念入りに毛づくろいをして、部屋で大人しく待っていた。
 ミナライはいつもより念入りに部屋を掃除をして、朝早くからご馳走を仕込んでた。
 テーブルにはそのご馳走がいーっぱい、並んでる。(もちろんオレのゴハンもさ)

「……汚い部屋だけど、どうぞ」
 夕方になって。
 ミナライの声がしてドアが開いて、一人の人間の女の子が、入って来た。
 その子はミナライと同じ、幸せそうな笑顔で「ありがとう」って部屋に入ってきて。
「…………」
 オレを、見て。
「っ」
 びくっと、体を震わせた。
 その時にはオレは、どうして女の子が怯えたのかがわからなくて、とびっきり愛想よく「にゃあ~」と鳴いて、彼女の足元に擦り寄ったんだ。すりすり、って。
 こうすれば、たいていの人間は「かわいい」って言ってくれるから。喜んでくれるから。
 だけど……
「いやあっ!!」
 女の子は大きな悲鳴を上げて、逃げてしまった。
 ひょうし、女の子の足にすり寄っていたオレは軽く蹴飛ばされてしまう。
 な、なんで……?
 オレはただただびっくりして、床に転がったまま目を丸くする。
 ミナライは女の子の名を呼んで、追いかけて、出て行っちゃった。

 それからしばらくして、落ち込んだ様子のミナライが一人帰って来た。
「……あの子、猫が嫌いなんだってさ」
 嫌いっていうか、怖いんだって。
 子供の頃から、わけもなく。猫が怖くてしょうがないんだって、さ。
 大好きな人が、「家族だ」って、とっても可愛がっている猫だから。
 とっても、大切にしている猫だから。
 我慢しようって。仲良くしようって、頑張って来てくれたけど。
 やっぱり……駄目だったって。
 だからオレと一緒に暮らしているミナライとは、一緒に暮らせない、って。
 ミナライのことは大好きだけど、一緒には暮らせないって。
 ごめんなさい。ごめんなさい。って。
 そう言って泣くんだ、って。
 ミナライも泣きそうな顔で、言う。
「……あの子とは、暮らせないなあ……」
「にゃあ(ばかだなあ)……」
 優しい、ミナライ。
 なあ、オレの家族。
 オレを追いだせば済む話なのにさ。
 優しいお前は、それをしようなんて考えもしないんだな。
 オレは久しぶりに、ミナライの手を舐めた。
 慰めるように、舐めた。
 これが……最後だ、ミナライ。
「っ!! ブチ!?」
 オレはだっと、住み慣れた宿屋の一室を飛び出した。
 そして走る。走る。走る。
 もう二度と、あの部屋へは戻らない。
 ミナライの元へは、戻らない。
 だって、さ。
 オレはお前が、どれだけあの女の子を好きなのか、知ってる。
 オレはさ、まだ恋がどんなものかは知らない仔猫だけど、さ。
 お前のことが、いっとう大好きなんだよ。ミナライ。
 お前がいつか、じっちゃんの後を継いで、あの女の子と家族ってやつになるのを、楽しみにしていたんだ。
 それをこの目で見ることは、もう叶わないかもしれないけれど。
 お前が、幸せになるんなら。
「……っ」
 お前が、幸せ……に……っ
 なるんなら……

「…………っにゃああああああああああああああ」

 オレはお前の傍にいられなくなっても、いいんだ。
 お前のゴハンがもう食べられなくったって、いいんだ。

 走って、走って、走って。
 走りつかれて。
 立ち止まって。オレは鳴いた。
 大きな、大きな声で。鳴いた。

「にゃあああああああああああああああああああおおおおおお」

 あれ? おかしいな。
 雨は降っていないのに、顔が濡れてる。
「にゃあああおおおおおおおおおおお」
 おかしい、な。
 今は叫びたくって、叫びたくってしょうがないんだ。
「にゃああおおおおおおおおおおお」
 オレは、鳴いたよ。
 初めての、夜の森で。
 オレの顔にだけ降る雨に打たれて、鳴いたよ。


 ひとしきり、鳴いて。
 オレはフラフラと、木の洞に潜り込んだ。
 ミナライのベッドとは違う、湿った落ち葉の寝床だ。
「……つめたい……」
 そういえば、まだ、ゴハン食べてなかったなあ……
 ミナライの作ったご馳走、美味そうだったなあ……
 腹、減ったなあ……
 これからはオレ、自分でとった鼠とか鳥を食べるのかな。
 今までは遊びで捕まえて、食べたことなかったけど。(だってミナライのゴハンの方が美味しいんだもんな)
 これからは……

「……ああ、こんなところにいた」
「っ」

 洞の中で、うつらうつらと眠っていたら、かさっと、落ち葉を踏む音が聞こえて、覗きこんでくるのは、一人の人影。
 ミナライ!? ……じゃ、ない。

「お前、ずっと泣いていたろう?」
「…………」

  手にランプを持ってオレを見つめるのは、黒いローブに身を包んだ銀の髪の人間。
「……迷子になったのか?」
 ちがう……。ちがうよ、人間。
「オレは家を出たんだ。ひとりで、生きて行くんだ」
「……ほう」
 え……?
 オレの言葉、通じるの!?
 びっくりするオレに、その人間は言った。
「俺は魔法使いだから、お前達の言葉もわかる。迷子が泣いているのかと思ったが、そうじゃないなら……」
「待って!!」
「?」
 あ……
 なんでオレ、呼び止めちゃったんだろう……
 ひとりで生きて行くって、決めたばっかりなのにな。
 でも……もしかしたら。
 ミナライや、あの花屋の女の子も。じっちゃんも、ばっちゃんも。
 この魔法使いみたいに、オレのこと、探してくれてるかもしれない。
 見つかるまで、探してしまうかもしれない。
「……アンタに、頼みがあるんだ」
 そしてオレは、願った。
 オレの言葉がわかる、人間の魔法使いに。


 そしてオレは、魔法使いに抱かれて町に戻った。
 町では、じっちゃんと、ばっちゃんと、ミナライと、そして花屋の女の子が……
「ブチー! どこにいるのー! ブチー!!」
「出てきてくれ、ブチ!! ブチー!!」
 オレのことを、探してくれていた。
 ……変だな。また、じわりって雨が降りそうだ。
 でも、オレは心を決めたよ。

「……オレ、ずっと前から使い魔に憧れてたんだ。だからこの人についていく。今まで、いっぱい、いっぱい、ありがとう!! 花屋の女の子と、幸せになって。世界一の、料理人になって。お前ならなれるよ、ミナライ!!」

 それが、魔法使いを通してオレがミナライに伝えた言葉。
 ミナライ達は、魔法使いに抱かれて戻ったオレに、泣きながら「よかった。本当に良かった」「ごめんね、ごめんね」って言ってくれて。
 また前みたいに一緒に暮らそうって、言ってくれたけど。
 俺はやっぱり、ミナライには幸せになってほしいから。
 女の子と二人で、幸せになってほしいから。
 生まれて初めて、嘘をついたよ。
「この魔法使い様の使い魔猫になる」って。
 そして、オレの嘘に付き合ってくれた魔法使いと一緒に、町を出た。
 魔法使いは、隣の大きな街へ向かう途中、だったんだって。
 森を通っている時に、オレの鳴き声を聞いて、探してくれたんだって。
「……で? お前はこれからどうするんだ? ブチ猫」
「……さぁね。気ままにあちこち回ってみるよ」
「……そうか。なら」

「本当に俺の使い魔になるか? ブチ猫」

「え……?」
「どうせあちこち回る気なら、俺達と一緒に、来るか?」
 そう言って、魔法使いは地面を歩く俺を見つめた。
 あ、この人。
 目の色が、みぎとひだりで違うんだ。
 いつか見た、ビー玉見たいな赤と青の目。
 ……綺麗、だなあ。
「……食いっぱぐれない?」
「ああ。三食昼寝付きだ」
「……寂しく、ない?」
「……他に使い魔猫の仲間が四匹いる。皆、良い奴らだ」
「……オレ、一緒に居ても、いいの……?」
「ああ」
「……じゃあ、なる」

 そして俺は、魔法使いサフィール・アウトーリ様の五匹目の使い魔猫になった。
 使い魔になると、人の言葉が喋れるようになるし、人の姿にもなれるんだって。
 人の姿になったなら、花屋の女の子を怖がらせることもないかなあ。
 その話を聞いた時、思った。
 人の姿になって、いつか。
 いつか、会いに行ってみようかな、って。
 あの町の、宿屋に。ミナライの、ところに。
 今すぐに、じゃないよ。
 これでも一大決心して出てきたんだ。すぐには帰れない。
 オレが、ご主人様の使い魔として立派になったころ、に。
 また、ミナライのゴハンを食べに行きたいな。
 新しい仲間と、新しいご主人様と、一緒に。

 きっとそのころにはミナライも、もう「見習い」じゃ、なくなってるよね。


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