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夜鷹編

種まきしてクロノ死す

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 アルバに戻ってきてからの襲撃は、散発としたものだった。相手はすべてレンジャー系統であり、夜鷹になって日が浅そうな、弱く未熟な敵ばかり……。


 その理由は、ここがアルバの町だからだろう。門番によって人の出入りは監視されており、隠密スキルによって警備をかいくぐって侵入できるやつか、まだ魂を染められていないやつが正面から入るしかない。


 夜鷹筆頭のアインを倒した今、俺の敵は居ない。レンジャー系統の職では、俺のシャドーデーモンアーマーは突破できない。


 町の外に出れば、いつかの森での戦いのようにパーティーを組んだやつらが完全武装して殺しに来るかもしれないが、アルバの町から出ない限り、俺が負けることはないのだ。


 だから今日の襲撃も楽勝だった。鼻くそほじってても勝てた。いつもなら適当に見逃すのだが、今日からは種まきの時間だ。


 捕らえた暗殺者たちの中から、手頃な女に話しかける。


「君、女の子だよね? 暗殺者を辞めて、おじさんと一緒に暮らさない?」

「えっ……? 本気で言ってるんですか……?」

「本気だよ。暗殺者を辞めたいなら、お友達を連れて、逃げてくるといい。あとは君次第だね。ばいばーい」


 仮面と黒い衣装で顔を隠そうとも、おじさんの目を持ってすれば骨格から性別を見分けるのは簡単なことだ。女の子には、すべて同じ提案をして、開放する。


 その中に紛れて、逃げようとする男も居る。こいつにも種を撒く。


「待て。お前は男だな。開放してやってもいいが、少し話をしよう」

「……よ、夜鷹のことは……話せない……っ」


 拷問姫ヌル。その存在を頭に入れた今なら、こいつらが頑なに口を割らないのも納得だ。おそらくは見せしめで、その光景を見たか、されたのだろう。


「これから話すことは二人だけの秘密だ……一ヶ月やる。一ヶ月で夜鷹を卒業できなかったら、二度と犯罪に加担するな。約束できるか?」

「や、約束する!」


――闇の契約は交された。これを破ること叶わず……。


「いっ、今の声は何だ……!?」

「何も聞こえなかったぞ? お前は開放する……次のやつ!」


 暗殺者からすれば、口約束をしてその場をしのぐだけ。内心は俺のことを間抜けと嘲笑っているだろう。だから【闇の契約】による死刑宣告だと気づかない。とびっきりの時限爆弾を手土産に開放してやった。


「……あとはお前だけだな。どうする?」

「こ、断る! 約束はできない!」


 最強最悪のスキル【闇の契約】には明確な弱点が存在する。断られる……たったそれだけで無力化されてしまう。だからそういうやつは……。


「【ダークネス】【ナイトスワンプ】」


 殺して、沼に埋める。衛兵に突き出してもいいが、もし魂が染められてなかったら手続きが面倒なのだ。


 約束をすれば一ヶ月後に死に、断れば即死。苦渋の選択を強い続ける。


「……運が良ければ、生き残れるかもな」


 彼らが生き残る唯一の方法は、約束を守ること。俺自身がやつらの尻を叩く形になるが、もう手段は選ばない。


 すべては、拷問姫とヘルムをこの手で始末するために……。




 翌朝、テレサちゃんと一緒にお勉強を始める。内容は、算数である。最初こそ余裕をぶっこいていたテレサちゃんだったが、すぐに頭をかきむしって勉強あるあるを言ってくる。


「……ねぇ、これ何の役に立つの? りんごが19478個ありますって何よ。多すぎでしょ! 5947個食べたら残りは何個かって? 食べ過ぎでしょ!」

「世の中は理不尽でできている。いい勉強になったな!」

「これそういう話なの!? 今までで一番、納得したかも!」


 そんなはずないだろう。計算式を教えてあげたら、すんなり解けたテレサちゃんは調子に乗っていた。


「簡単じゃん。あたしってば天才かも!」

「そこはおじさんの教え方がうまかったって言うの」


 よいしょの大事さも教える。場合によってはこちらのほうが役に立つのだ。


「えっ、服って畳むの? どうして?」

「上手に畳めたら、その服はテレサちゃんにあげよう」


 飴もしっかり与える。いかにやる気を出させるかが大事である。


「次は魚の捌き方……ここをこうこうこう! これで三枚おろしになる。あとは身を焼くだけ」

「ふーん……できた。あたしのほうがうまくない?」


 こやつ、やりおるわ。さすがは元暗殺者。手先が器用だしナイフを使わせたら一流だ。


「……この魚、苦いのね。しかも固いわ」

「焦がしただけだろ。罰としてちゃんと食うように。利き手にナイフ、反対でフォークを持つ。なるべく音を立てない」


 火の扱いは三流であったが、テーブルマナーというか、音を出さない一点においては一流であった。


「そんで、これがアルバ周辺の魔物の種類と特徴だ。頭に叩き込め」

「……ザコばっかり。覚えなくても余裕でしょ」

「やかましい。レベル低い俺に負けただろ。あとスライム」

「うっ……スライムの話は止めて……」


 油断大敵である。ガンガン命を大事にしようぜ!


 テレサちゃんに教育を施すうちにいろいろと様になってきたので、飽き始める時期である。俺の予想通り、テレサちゃんから不満の声があがった。


「もう飽きた。何の役に立つのよ……」

「これ、テレサちゃんの花嫁修業だぞ」

「はぁ!? 花嫁って……あんたの……?」

「まさか。いつかテレサちゃんに好きな人ができて、その人のハートを射止めるためのものだ」

「ふぅん……よく分からないわ。そもそも、外に出られないなら見つけようがなくない?」

「今は時期が悪い。家の中なら好きにしていいから、辛抱してくれよ」


 テレサちゃんに勉強を教え、夜になれば暗殺者に種を撒く。そんな生活を続けていると、ようやくひとつめの種が芽吹いた。


 拷問姫ヌルの居場所は、アインですら分からない。じゃあ誰なら知っているのかというと、ヌル本人と被害者だろう。


 ヌルは拷問が好きらしいので、女たちに夜鷹の脱退を勧め、シャドーデーモンを付けて動きがないか罠を張っていたのだ。


 サモンスキルによる視界共有には距離による制限がある。離れすぎると意思疎通すらできなくなるが、予め命令を出しておけばちゃんと帰ってくる。


 そして、待ちわびていたシャドーデーモンが、単独で帰ってきた。あの日から女たちは誰一人としておじさんの元に逃げて来ていない。


 拷問が大好きなヌル……定期的に住処を移動するとして、大量の餌があったらどうだろう? 今もきっとお楽しみの真っ最中で、その場に留まっている可能性が高い。


 テレサちゃんは連れて行かない。適当な宿題を出して、お留守番させた。おじさんは予め遠征の準備を済ませていたので、すぐに町を出た。


「ヌル……最後の晩餐をせいぜい楽しめ。悪魔が迫っているとも知らずにな」


 シャドーデーモンの案内を受けて、地図を頼りに東へと歩き出した……。



あとがき

次はヌル戦。
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