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絆編

ネーミングセンスでクロノ死す

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 数日に渡って調査を続けたが、やはり森に変化はない。赤龍との戦闘の爪痕は、土の魔術師たちが埋めて修復してくれたらしい。


 人が手を入れて管理しているからこそ、動物たちや弱い魔物が生息し、繁殖してくれる。それを見習い冒険者たちが倒して実力を付けていく。強敵は町が一丸となって倒す。世の中、うまく回ってるもんだ。


 こうして、赤龍の騒動は完全に終結した。俺の調査も終わり、夜にマイホームに帰ると、シャドーデーモンが勝手に明かりを付けてくれる。


「カラス、梟、帰ったぞー」


 二階の吹き抜けからカラスが飛び降りてくる。ちゃんと寝床は用意しているのだが、ナイトメア通訳によると、『怪しいやつが入って来ないか監視している』らしい。もちろん、たまにサボる。うたた寝もままあるが、許す。でも、そのまま落ちるのはどうかと思う。危ないぞ。


「かー!」

「よしよし、出迎えご苦労。いいカラスだ」


 梟は出迎えに来なかった。あいつは気分屋だからな。


『いつまでもカラスくんと呼ぶつもりかい? そろそろ名前を付けてあげたらどうだい?』


 ふむ、一理ある。カラスくんは赤龍戦で、レスキューバードの役目を果たした。援軍は来なかったが、それは別の話だ。いわば一緒に戦った仲間なわけで、少し豪華な死肉? をあげただけでは報酬としては物足りないもんな。


「……俺、名前付けるの苦手なんだよなぁ」

『キミがちゃんと考えて付けた名前なら、きっと喜んでくれるさ』


 カラスくんは鳥だ。カラスだ。だからそれらしい名前がいいと思う。真っ先に浮かんだのは、クロ。すぐに却下した。


 黒いカラスだし安直な感じだし、これはペット全般に使われそう。そして何より、俺の名前と被る。俺の正式名称がクロノだし。呼べる人ほとんど居ないけどな。クロの○○なんて遠回しに俺の名を呼ぶ幻のシチュエーションなどいらん。


 次は、キョ口ちゃん。某お菓子のキャラクターである。銀はいくつか集めたけど、いつの間にか捨てているのでお宝を拝んだことはない。ちなみに、『ロ』ではなく『くち』だからきっと怒られないと信じたい。


 他には、トリ○ピー。ピーは修正音だからこちらもセーフ? この手の発想はギリギリを攻めてこそ意味がある。まぁ、そういうやつはだいたい事故って死ぬんだが。


『やめなよ』


 ナイトメアにもお叱りを受けたので、真面目に考える。これから何度も呼ぶわけだから、呼びやすい名前がいい。そして閃いたのは……。


「よし、お前の名前は……カークだ!」

「カー!」

「よしよし、自分の名前を覚えたな。この名前は、いわば称号だ。赤龍の戦いに参加した称号だ。カークとしてこれからも適度に励むんだぞ」


 カラス改め、カークと喜びを分かち合っていると、白い塊が音もなく飛んでくる。気分屋レディ・梟である。


「ほー」

『梟も名前が欲しいってさ』

「こういうときだけ素直なんだから……」

『どうもカークのせいらしいよ。よく見てごらん』


 カークは梟の横に立ち、じーっと横顔を見ている。微妙に近い距離で。表情の違いは分からないが、これは煽りでは?


 俺は名前もらったけど、梟ちゃんは!???!?!? きっとこんな感じなのだろう。すぐ調子に乗るカークは、逆に親近感が湧くなぁ。


「しゃーない。梟は俺のペットだ。ペットはファミリー。名前を付けてやろう」


 最初は、本当に定住すると思っていなかった。そのうち飽きて故郷に帰ると思っていたので、別れが寂しくなるから名前を付けなかったのである。どうやら居座る気満々のようなので、いつまでも梟ではいかんな。


 この梟は白い。だから最初に浮かぶのは、某ファンタジー超大作で有名なヘドウ○ッグだが、これまた怒られそうなので言葉には出来ない。名前を呼んではいけないあの人状態である。


 ちなみに、誰に怒られるかというと、俺と同じく転生した人が居るかもしれない。そいつがファンかもしれない。だからどこかの何かから名前を取ってはいけないのである。うん。


 頭からあの鳥のイメージを振り払おうとするも、どうもそのイメージが強すぎる。ちょっと名前を変えれば許されるのではないか?


「うーん……ヘルウィッグ?」

『地獄のカツラ』

「ホォォォッ!!」


 これには梟も激おこ。飛び上がって俺の肩の肉を掴みながら、くちばしで頭を攻撃してくる。俺の髪は巣の材料ではない。ハゲとそこまで並びたくない。


「痛い痛い! 防具は外してるんだから、肩に止まるのはやめろって!!」


 肩だけ部分的ダイエットになる前に、真面目に考えよう。


「よし、梟。お前の名前は、ネロだ」

『意味が知りたいらしいよ。キミが地獄のカツラなんて出すからだよ』


 まるで信用されていない。一応、理由はある。梟から『ふく』を取り、福という漢字を崩してネロにしたわけだが、漢字だと言っても伝わるまい。そうなると……。


「昔の偉いやつだ。ほら、お前も見た目は高貴だし、ピッタリじゃないか?」


 暴君などと言われていることもあるが、その実態は定かではない。歴史は勝者が作るもの。このご時世……前世だとデマはすぐに論破されるが、当時は有力者の意向が反映されやすい。ぶっちゃけ、俺はどっちでもいい。


 ひとつだけハッキリしていることは、ネロは偉いやつなのだ。昔の偉人にあやかって名付けをするのは、普通のことだろう。


『ネロでいいらしいよ。良かったね』


 後出しで作った理由を説明すると、梟も納得してくれた。めでたしめでたし。まぁ、皇帝の名前をペットに名付けるって、ちょっとドSっぽい。出来ることなら俺が美少女に飼われたいよ。理想は交代制だけどな。


「名前も決まったし、俺は疲れている。夜も遅い。早くネロ」


 おじさんの渾身のダジャレは通じることもなく、鳥たちは大人しく巣箱に戻っていった。寂しくなんてないもん。




 翌日、ギルドに出勤すると、ギルド長がお出迎えしてくれた。


 ギルドにはふたつの太陽がある。ひとつはハゲ頭。もうひとつは、美人の存在そのものである。むさ苦しい冒険者が大半を占めるギルドにおいて、ギルド長は太陽と呼ぶ他ないだろう。


「やぁ、おはよう。さっそくだが、少し話をしよう。ついてきたまえ」


 爽やかな笑顔から、有無を言わさぬこの感じ。間違いなく、作り笑いだなぁ。察したからこそ、黙って別室に続く。ソファーに腰を下ろした。


「君に頼みがある。赤龍戦の話を、私に売ってはくれないか?」


 言い出されたときは了承するつもりだったが、少しくらい、探りを入れてみるか。


「ちょっと困りましたね。他の冒険者から、赤龍の話を聞きたいって言われることも増えそうだし。昔とは状況が違うというか?」

「なるほど。分かったよ。金貨20枚出そう。ファウストくんは、了承してくれたが?」


 ファウストから手紙は来ていない。この場でファウストの名前が出たということは、王都ギルドは既に口止めをしたか。嫌な予感ばかり当たっちまうな。


「それで王都からとんぼ返りしてきたわけですか」

「私も上から話を聞かされたときは、本当に驚いたよ。素直に祝福したかったのだがね、上司風を吹かせねばならなくなってしまった」

「称号を得た人が現れるたびに、こんなことを?」

「極めて稀なケースだよ。よりによって、赤龍とは。他の魔物はともかく、赤龍は最悪だね。人の言葉を理解する彼らが、答えに近いヒントを与えてしまうからね」


 そう、龍は会話が出来るのだ。俺と赤龍の会話内容は、まさしく称号習得の条件である。これをべらべらと周りに話されると、誰でも気づく。


「幸いにも、君は重要な部分を隠して話したそうじゃないか。用心深い君らしい行いに、感謝してもしきれないよ」


 俺は赤龍戦の話を宴で話したが、ダークレイやオーバーロードなど、各々の切り札となるスキルの話はしなかった。だから、3人で頑張って倒しました……そういう話だったのだ。今思えば、紙一重だったな。


「うっかり話していたら、どうなっていたんでしょうねぇ」

「ゾっとする話だね。町を救った功労者を、嘘つき者として叱らねばならなかっただろうね。その場に、私とハーゲルも居たとね」


 消されるとかじゃなくて良かった。俺はまだやることがあるんだ。意地悪はこれくらいにして、さっさと売るか。


「ありがとう。称号の話に関わらない部分は、好きに話してくれて構わない。聡明な君のことだ、うまくやるだろうからね」

「それはどうも。本日初めてギルド長の笑顔を見ましたよ」

「意地悪なことを言わないでくれたまえ。これで無駄に人が死なずに済む……あぁ、君をどうこうするとか、物騒な話ではないからね」

「分かっていますよ。見知った顔が、ある日突然居なくなるなんて、嫌ですからね」

「うむ。上は戦力としか見ておらずとも、我々は違う。称号の秘密を守ることで、友人や仲間を不用意な危険から救える。あれはハイリスク・ローリターンだ。仲間の命と引換えに手に入れた称号など、虚しいものだよ」

「俺もだいたい同じ意見ですよ。それが分かるのは、称号を習得するほど、紙一重を生き抜いた人だけなのもまた、面倒なところですね」

「まさしくね。私が隠居するときは、君をギルド長にしようかな」


 ギルド長なんて面倒なだけだろう。死んでも嫌だね。ギルド長が隠居したくなったら、隠居したくなくなる話をしてやろう。クリスタルゴーレムの地域特性とか、きっと詰め寄ってでも聞きたがるだろうしな。

「さて、私の話はおしまいだ。今日も頑張ってくれたまえ」

「その笑顔がいつまでも見れるように、精進します」


 厄介事をナチュラルに回避していた俺は、しばらくの間は平凡な日々を過ごしていた。


 そんなある日のこと、いつも通りに出勤すると、ハゲが深刻な表情で話しかけてきた。


「ブサクロノ……言おうか迷ったが、言う。良くない知らせが届いた」

「どうした? 俺のお仕置き時間が伸びたか? 町中で駄々こねちゃうぞ」

「ファウストが……行方不明らしい……」
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