キラースペルゲーム

天草一樹

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正義躍動する三日目

カウンタースペル

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「どんな経緯で橋爪が銃を持つことになったのかは分からない。それにここで大事なのは、橋爪が銃を持っていたことではなく、鬼道院が橋爪を殺した犯人が銃を持っていると勘違いしていることだ。この勘違いを利用して――」
「えっと、ちょっと待ってください」

 そのまま話を続けようとした明を手で遮り、神楽耶は集中した表情で顔を俯かせた。

「……橋爪さんが持っていた銃は、当然東郷さんが回収したんですよね。でも橋爪さんが試し撃ちをしたのか、部屋のどこかに銃痕が残っていた。鬼道院さんはそれを見て、橋爪さんを殺した人物が銃を持っていると勘違いすることになった。だから、犯人探しがあの場で進み橋爪さん殺害の犯人を突き止める流れになった際。犯人が手の内を知られるくらいならいっそと、銃を使って皆殺しを図るかもしれないと危惧して、鬼道院さんは犯人追及を止めるよう秋華さんに迫った。つまり、彼が秋華さんには話したことは、銃持ちのプレイヤーを触発しないようにとの警告。そしてその警告は秋華さんは自身の都合もあり、素直に受け入れられた。という流れでしょうか」
「……ああ、その通りだ。あれだけの説明から、よくそこまで理解できたな」
「東郷さんのお荷物になり続けるのも申し訳ないですから。せめて状況把握ぐらいは自分でできるようにしておきたいと思いまして、頑張ってみました」

 神楽耶はふわりとした笑顔を浮かべ、明を見つめる。
 久しぶりに見た彼女の笑みにどぎまぎと心をざわつかせつつも、明は心底からその推理力に感心していた。
 単独行動をしていた際の話もできる限り神楽耶にしているが、橋爪の件に関しては多くを語っていなかった。人殺しとは無縁な生活を望む彼女のこと。殺人に関する話など聞きたくないだろうと、橋爪殺害に関しては、彼を殺したこととその日時の二つしか告げていなかった。
 にも関わらず、あれだけの情報からここまで正しいストーリーを思い描けるとは。
 今までにも何度か思ったことではあるが、神楽耶はかなり優秀な頭脳を持っているらしい。ただ――その割にどこか、妙に頭の働かないところがあるように思えるのだが。
 また余計な思考が頭を侵食仕掛ける。
 今は聞かれた話にだけ集中しようと、明は軽く自分の指をひねり雑念を追い出した。

「さて、聞かれた順番としてなら次は宮城を殺した者についての話だが、先に佐久間があれだけ話して死ななかった理由からいくか。こっちから話した方が都合がいいだろうからな。
 で、佐久間が死ななかった理由だが、これはあいつが長々と話していた内容のほとんどが、自身がどう思っていたかの感情ばかりだったからだ。そもそも感情の虚実はその場その場で変わるものだ。昨日まで嫌いだった相手が、何らかのきっかけがあって大好きになる。昨日の時点でなら嫌いが真実で好きが嘘だが、今日には好きが真実で嫌いが嘘になる。感情なんてのはそんな曖昧なものだ。佐久間曰くあいつには催眠術の心得もあるらしいしな。黙って静かにしている間に自己催眠を行い感情を正の物に書き換え、あとは行為としての事実をそこに添えてやれば、嘘ではない話が延々と続けられることになる」
「……なんというか、本当に『虚言致死』って使い勝手の悪い力ですね。こんな風に抜け道があったら、まず成功しないじゃないですか」

 神楽耶が呆れたように言葉を吐く。だが、明は軽く首を振って否定の意を示した。

「本来これは宣言して使うものじゃないんだよ。それこそ普段の佐久間と話す直前にこのスペルを唱えておけば、開始一秒で佐久間は死ぬだろうしな」
「不意打ち専用のスペルってことですね。でもそれってやっぱり、大脳爆発とかの即死系スペルの劣化版ってことになりそうですけど」
「それも違うな。このスペルの怖いところは、発動しているかどうか本人以外には認識できない点だ。そしてその発動のタイミングも、ある意味誰にも予測はできない点。言ってみれば、時限発動機能を内在する常時牽制スペル、とでもなるか」
「うーん、分かるような分からないような。でも取り敢えず佐久間さんが死ななかった理由は理解できました」

 自分が使うつもりがないからか、虚言既死に対する神楽耶の関心は低いらしい。次の疑問へと移ってほしそうに足をぱたつかせた。

「そうか。なら宮城を殺した者についての話を始めるが、これに関しては今まで以上に想像の要素が強くなる。それでも構わないか」
「はい。東郷さんの考えが分かるだけでも、この先足を引っ張らずに援護できると思いますから」

 またも神楽耶は笑顔を浮かべる。
 明らかに今までと比べて彼女の態度が軟化している。明が直接人を殺害したことがなかったのが、そこまでプラスのイメージに繋がったのだろうか。仮にそうだとしても、ここに来てから自らの手で一人殺してしまっているというのに。
 いまいち神楽耶の基準がつかめず、どこまで素の態度なのか判断がつかない。何か裏があると勘ぐるべきか。純粋に信頼がより築かれたと喜ぶべきか。
 油断すると容易に後者に傾きそうな彼女の笑顔から目を逸らし、明は口を開いた。

「なら言うが、先に言ったように宮城殺害の犯人に関しては俺も判断しきれていない。だからこれからする話を聞いても鵜呑みにするのは止めてくれ」
「分かりました」

 いまだまとまりきらない自身の考えを整理しながら、明はゆっくりと話し出す。

「……宮城を殺した犯人は、姫宮か佐久間のどちらかだと、俺は思っている。宮城が死ぬことになる直前の場面。鬼道院に問い詰められた佐久間は、今まで話したいくつかの言葉が虚言であったと認めざるを得ず、スペルの効果で死ぬ可能性が高くなっていた。だがそこに姫宮が口を挟み、一度話をリセットしようとした。なぜ姫宮がそんなことをしたかと言われれば、これは以前話したように佐久間と姫宮、六道がチームを組んでいたからに他ならないだろう。要は仲間を助けようとしたわけだ。ところが、鬼道院と対するには姫宮じゃ圧倒的力不足。助けに入ったつもりが今度は姫宮自身が墓穴を掘り、嘘を吐かされそうに――つまりスペルで殺されそうになってしまった」
「真貴さんが言わされそうになった嘘……やっぱり、佐久間さんを死なせるのは心が痛いって言葉ですか」
「おそらくな。姫宮が佐久間を助けようとしたのはあいつが自身へ利益をもたらす仲間だったから。決して佐久間が死ぬことに悲しみを覚えたからではないはずだ」
「そういえば真貴さん、佐久間さんを助けたいって言う直前一度言葉を切って顔を俯かせてましたね。もしかしてその時スペルを唱えて宮城さんを殺したんでしょうか?」

 明は気難し気に顔をしかめると、「そこが判断の付かないところなんだがな」とぼやいた。

「あの瞬間に姫宮がスペルを唱えた可能性は大いにある。というより状況的にあのままなら姫宮か佐久間のどちらかは『虚言致死』で死んでいたはずなんだ。そしてそれは他プレイヤーからしたら好ましい話。だからあそこで宮城を殺す人物がいるとすれば、必然的に姫宮か佐久間、もしくは二人とチームを組んでいた六道ということになる。加えて、あいつらのうちの誰かが宮城を殺したとすれば、使われたスペルがどんなものかの予想もつきはする」
「スペルの予想までできるんですか? まあ宮城さんには外傷がありませんでしたから、心臓麻痺とか呼吸困難を引き起こす類のスペルが使われたんだろうとは思いますけど」

 唇に指を当てつつ神楽耶が推測を述べる。明は軽く首を横に振ると、「そうじゃない」と言った。

「ここで大事なのは宮城に怪我がなかったことじゃない。姫宮が、宮城が絶命したことを確認する前に嘘を吐いたことが重要なんだ。喜多嶋の話が真実であれば、一度発動したスペルは使用者の死後も働くはずだ。仮に姫宮がそれを知らなかったとしても、スペルの効果が切れるのは使用者の死後だと普通考えそうなところだ。なのに宮城が倒れるのとほぼ同時に、姫宮は嘘をついた。それが指し示す奴らのスペルは、自身にかけられたスペルを反射する類のもの、と俺は考えている」
「スペルを跳ね返すスペル……。言われてみれば、そうした力を与えられているプレイヤーが一人はいそうですね。気軽にスペルを唱えられなくする抑止力として働きますし、ゲームとしてはむしろあって当然の能力に思えます」
「まあ、自分で言っておいてなんだが厳密にはスペルを反射するわけではないだろうな。単にスペルを反射しただけでは、今回の場合宮城が死ぬことはなかったはず。おそらくは、自身に降りかかるダメージを他者に移し変えるような能力だ」

 即死系のスペルにとって最も相性が悪いカウンタースペル。運営の立場になって考えれば、即死スペル持ちが運よく三人組を作ったとしてもそれでゲームが終了してしまわないよう誰かに持たせておくのは当然のことに思える。
 新たなスペルの可能性を知り神楽耶が感心した表情を浮かべる中、明は逆に暗い表情でため息をついた。

「こうして敵スペルの予測が一つ立てられたのは前進だが、肝心の誰が唱えたかという点に関してはさっぱり判断ができていない。ああもあっさり姫宮が窮地に追いやられるとは六道も予想していなかっただろうから、あの場面で素早くカウンタースペルを唱えられたのは姫宮か佐久間のどちらかだと思うんだが……もし六道が『虚言致死』が発動してから唱えるタイミングをずっと窺っていたのだとしたら分からない。どれだけ考えても、三人のうち誰があの場面でスペルを唱えたか導き出せないんだ」
「つまり彼ら三人には気軽にスペルを唱えることができない、ということですね。……ああ、そこまでわかっていながら東郷さんは彼らに虚言致死を唱えたんですか。だから六道さんがあんな問いをしてきたと」
「そうだ。まあ実際のところ俺はあのスペルを唱えたりはしていなかったんだがな。あの場面。もし六道と姫宮のどちらかが既にスペルを唱えていたのだとすれば、俺を殺したとしてもお前のスペルを防ぐ手立てがない。だから名前を出すだけでも十分抑止力として働くと思ったんだ。さて、後は俺がどうしてあんな質問をしたかだが――」

 と、明が自身の考えを話し始めたとき。
 一定のリズムで扉を叩く音が聞こえてきた。
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