キラースペルゲーム

天草一樹

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雷鳴轟く四日目

推理小説の様にはいかない

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「すみません東郷さん。まさか気絶してしまうなんて……」
「いや、むしろ当然だろう。あんな死体を目にして普通に行動できるのは、多少なりとも頭のいかれた奴らだけだ」


 鬼道院が立ち去ると同時に緊張から解放されたのか、神楽耶は気を失った。
 明としては鬼道院を追いかけ、彼の言葉の真意を聞いておきたいところではあったが、まさか気絶している神楽耶を置いて動くことなどできない。二人の死体と佐久間をそのままに、ひとまず自室のベッドまで神楽耶を運んでいった。
 相当疲れがたまっていたのか、神楽耶はベッドに横たえられた後も一切起きる気配はなかった。彼女がいつ目を覚ますか分からなかったため、明は単身動くことを控え、椅子に座ってぼんやりと思考に耽ることにした。
 結局神楽耶が目を覚ましたのは、六時間も経ってからだった。


 目の前にその普通の行動を取れた相手がいるため、神楽耶は肯定も否定もせず曖昧な笑みを浮かべる。
 それから話題を変えるように、横になっていたベッドから体を起こすと、部屋に備え付けられた時計へと目をやった。

「もう十六時ですか。お昼の時間はとうに過ぎちゃいましたね。東郷さんは何か昼食をとったりはしましたか?」

 明は軽く首を振る。

「特に何も食べてないな。正直あの死体を見た後ではものを食べようという気にはなれなかった。それに残りのプレイヤーの数もあとわずかだ。あまり館内をうろうろするのも得策じゃないように思えてな」
「それもそうですね。今残っているメンバーのほとんどのスペルを、私たちは知らないままですしね。まあそれはお互い様ですけど」
「スペルの所持情報か……」

 実際、誰がどんなスペルを持っているのか、それを半分でも理解している者がこの館に一人でもいるだろうか。明は天井を見上げ、少しばかり思考してみる。
 架城は基本的に部屋から出ておらず、誰とも接触はしていないはず。仮に接触していたとしても、彼女自身の使えるスペルが増えているだけで、明たちのスペルについて知っている(予想できている)とは思えない。
 佐久間や六道も同じく。明たちのスペルについては全く予想できていないはずだし、広間での一件を考えるに鬼道院の所持しているスペルも知らないだろう。彼らが架城のスペルを知っているかは……よく分からない。
 残るは鬼道院だが――厄介なことに、彼は全員のスペルを知っている(察している)可能性がある。明自身のスペルは自ら彼に教えてしまっている。六道のスペルについてはともかく、広間で明が推理を語ってしまったために姫宮や佐久間のスペルについてもおおよそ見当がついているはずだ。加えて鬼道院は秋華とも何度か親し気に会話をしていた。場合によっては彼女ともチームを組んでおり、そのスペルを手に入れている可能性すらある。さらに今日の大広間では架城とも何かを話し、彼女を追い詰めているように見えた。架城のスペルについても心当たりがあるのかもしれない。それだけでなく、そもそも鬼道院は藤城とチームを組んでいた。藤城のスペルを所持していても全く不思議ではない。
 現状の人数と、鬼道院が所持しているスペルの数とその能力。実はすでにゲームを終わらせる力を持っていて、後は誰を殺すか選ぶだけの状況であるとも考えられた。

「……やはり、教祖様が一番の問題か」
「ですよね。東郷さんも本心では鬼道院が怪しいと思ってるんですね」

 つい漏れてしまった言葉に、神楽耶が意味不明な相槌を打ってきた。
 何のことか分からず、明が訝しげな視線を神楽耶に向ける。神楽耶はその視線をどう読み違えたのか、まっすぐ視線を向け返しこくりと頷いてきた。

「六道さんと佐久間さんは姫宮さんとチームを組んでいました。二人とも姫宮さんには好意的な感情を持っていたようですし、人を操るようなスペルが存在したとしてもそれで彼女を殺す理由がありません。
 それから架城さんが犯人だというのもおかしいと思うんです。二人に暴行された痕がある以上、少なくとも犯人は男性の力を借りないといけません。でも架城さんにそんな力を貸してくれるような人がいるでしょうか? 彼女は一貫して全プレイヤーを見下す態度を取り、皆と距離を取っていました。勿論それが演技で、実は仲間を作っていた可能性もありますけど……その候補に挙がる人物がいるとしたら、鬼道院ぐらいしかいないと思うんです。一井さん、野田さん橋爪さんは初日に殺されていて深い仲になる時間はなかったと思いますし、二日目に殺された藤城さんはほとんどの時間を鬼道院と過ごしていたので、やっぱり架城さんとチームを組めたとは思えません。宮城さんは正義の使者ですし、六道さんと佐久間さんは姫宮さんの仲間ですから架城さんには靡かないかと。後、東郷さんも架城さんに協力なんてしていませんよね?」
「ああ……勿論だ」

 特に言葉の調子に変化はないものの、なんとなくプレッシャーを感じて明は声を上擦らせながら頷いた。
 元よりその問いかけは確認程度のものだったのか、神楽耶はあっさりと話を再開する。

「となると架城さんの協力者として考えられるのは鬼道院だけ。でも鬼道院が協力者であるのなら――いえ、男の協力者がいる時点で、あの小細工はデメリットの方が多くなりかねません。何せ殺害の責任をその協力者に押し付けるような行為です。場合によっては仲間割れになる恐れすらあります。つまり架城さんが犯人で鬼道院とグルだというのにも矛盾が生じる。そして私と東郷さんも二人を殺していません。となると必然的に、鬼道院が犯人であるという結論が導かれます」

 神楽耶はそこまで言うと目に力を込めて数秒宙を睨み付けた。しかし大きく息を吐き出すと、全身から力を抜き疲れた様子でベッドに倒れこんだ。

「でも、鬼道院さんは『虚言致死』を受けながらもはっきりと殺人を否定することができた……。そこがどうしても気にかかる……。やっぱり人を操って殺させた可能性を――」
「口頭でだから確証はないが、あいつは『死体操作』と『記憶改竄』という二つのスペルを持っているらしいぞ」
「え!」

 神楽耶の妄想に歯止めをかけようと、明は言うかどうか迷っていた手札を公開した。
 この二つのスペルのどちらにおいても、神楽耶が悩んでいる矛盾は解消される。それゆえこの発言は神楽耶の妄想を加速させかねないものではあったが、無数に考えられるスペルに思いを馳せ続けさせるよりはましに思えた。
 それに何より、明としてはこの話に早々に片をつけ、ある仮説について話し合いたかった。鬼道院が二人を殺していたかどうかは、ゲームの攻略に必ずしも必要なものでもないのだから。
 明の提示した情報から、神楽耶は表情を険しくして何かを考え出す。彼女の思考がまとまる前に、明は口を開いた。

「まあ、鬼道院が疑わしいのは心の底から賛成だ。佐久間、六道、架城の中の誰かが二人を殺したと考えるより、鬼道院がやったと考えた方が遥かに合理的ではある。お前の言う通りな」
「なら――」
「だがあいつがやったと確定させるのは難しい」

 体を乗り出した神楽耶を静めようと、彼女の顔の前に手を突き出す。

「さっきのお前の推理は一見正しいように思えるが、穴がないわけじゃない。六道と佐久間が姫宮と手を組んでいたことは事実でも、あいつらが陰で別の誰かとも同盟を結んでいた可能性だってある。もしくは純粋に姫宮が役に立たないと見限り、秋華を殺すついでに姫宮も殺したのかもしれない。それともこのままでは姫宮が自分たちを裏切るのではないかと考え、先手を打ったとかな。佐久間はどうか知らないが、六道ならそれぐらいのことは平気でやってのけそうだ」

 数秒話を止め、神楽耶が反論してこないのを見てから先を続ける。

「それから気づいていないようだから言っておくが、人を操るスペルなんかなくとも、佐久間には二人を殺す時間が十分にあったはずだ。俺たち四人がババ抜きに興じている間、誰一人として佐久間の姿を見ていたものはいない。こっそりと娯楽室を抜け出して二人を殺しに行くことは可能だった。加えてあいつは死体の第一発見者でもある。怪しいという点では教祖様ともそこまで変わらない」
「……でも、架城さんだけは容疑者から外れますよね」

 自身の推理がことごとく覆されるのが悔しいのか、神楽耶は若干声を震わせながらそう言ってくる。明は数秒沈黙した後、「現時点では絶対とは言えないな」と首を横に振った。

「そんな! 架城さんには協力者がいないとあの状況を作り出すことはできないはずです。でも協力者になりそうな人はいないわけで――」
「今日ではなく、もっと前から姫宮を操っていたとすればその問題も解決する。それにこれは流石にないと思うが、架城が実は女装趣味の男だったとすればお前の説は否定されるな」
「そ、そんなの……」

 どう考えても馬鹿げているが否定しきれないことを言われ、神楽耶は数秒の間固まった。明はその隙を逃さず、話を結論へと持っていく。

「それにお前は消去法から鬼道院を犯人だと考えたみたいだが、あいつが犯人だとしても疑問は残る。なぜあんな自分だけが疑われるようなタイミングで殺したのか。犯人だと疑われることは間違いないのだし、そもそも否定をする必要があったのか、とな」

 まああの状況で素直に肯定していたら神楽耶に殺される恐れがあったため、否定はやむを得ずだった可能性もある。とはいえ、この状況で死体を辱めるなど、特定の誰かを挑発するぐらいの効果しかないはず。ゲーム終盤となった今、わざわざそんなことをして敵を増やす意味などあるようには思えない。まさか教祖様に限って、性欲が我慢しきれなくなったなどと言うこともないだろうし。
 反論の言葉が出てこない神楽耶を一瞥し、明は締めの言葉を口にした。

「あいつらが可哀そうだとは思うが、二人の復讐をするのは諦めろ。現実じゃあ推理小説のように綺麗に犯人を特定できたりはしない。特に情報の限られた、科学捜査もできないような館ではな。
 それに――どんな理由があろうと、お前に殺人は似合わない」
「あ……」

 明の言葉にはっと神楽耶は顔を上げる。そして明の真剣な眼差しを見つめると、一瞬どこか安堵したような表情になり――続いて歯痒そうな表情へと変わった。
 しばらくの間、お互い無言のまま時間だけが過ぎていく。
 やがて神楽耶はどこか自虐的な笑みを浮かべ、口を開いた。

「こんなことを言うのは今更ですけど、私って凄く卑怯で最低な人間ですよね。自分が人殺しの悪人になりたくないからって、東郷さんに殺人という悪事を任せきっている。このゲームで生き残るって決めた時点で殺人は避けて通れない――人が死んでいくことを許容したにも関わらず、まだ私は皆さんと違うと思い込もうとしている。どんな理由があれ人を殺せる者は罪人だと考えている以上、他者に人殺しをお願いしている私だってもう立派な罪人のはずなのに。
 ……私、今ちょっとだけ安堵しちゃったんですよ。東郷さんの言葉を聞いて、ああまだ私は人殺しの悪人にならなくて済むって。もう、立派な人殺しなのに」

 神楽耶のその自嘲的な発言を聞きながら、明はふと我が身を振り返った。
 血命館に無理やり連れて来られ、喜多嶋からキラースペルゲームという殺し合いを強制された。その時に考えたのは、自身に降りかかった理不尽な状況に対する憤りでも、これから命を奪い奪われることに対する恐怖や躊躇いでもなく、純粋にどうすれば生き残れるかの生存戦略のみ。
 一瞬たりとも人を殺すことへの葛藤など覚えなかった。
 明は「ありきたりな言葉だが」と前置きし、虚ろな瞳で天井を見上げる神楽耶に言った。

「そんなことで悩んでいる時点で、お前は俺や他の参加者みたいな本当の悪人ではないと思うぞ。ゲーム参加者の中にお前以外一人でも、人を殺すことに葛藤を覚えた奴なんていないだろうからな。別にそこまで自分を卑下する必要はないんじゃないか」

 神楽耶は何度か目をぱちりと瞬かせた後、「本当にありきたりな言葉ですね」と微笑んだ。
 心を優しく包み込まれるような可憐な笑みに、明は一瞬放心状態に陥る。それから彼女の笑顔に釣られるようにして、明もぎこちない笑みを浮かべ彼女の隣に腰を下ろした。
 神楽耶は一瞬驚いたようにこちらを見つめたが、特に何も言わず再び微笑みを浮かべる。
 明は、そんな神楽耶の笑みをしばらく眺め、やがて――
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