プロパガンダのヴァールハイト

デミグラス公爵ハンバーグⅢ世

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ーーー
訓練を終えて私は早速首都の参謀本部、広報部門に配属された。
首都に行くまでの列車はひどく混んだ。というのも戦時ダイアルのせいで客車の本数が減っていたからだ。

首都に着いてからは土産や観光をする暇もなくすぐさま合同庁舎ビルへ向かった。
参謀本部はできたばかりの政府庁舎に入っており、エレベーターなどが完備されていた。

エントランスまで来て館内図を見たが私はてんでその意味が理解できなかった。
田舎出身の私には何十階もあるビルの上など複雑でわかりゃしない。
仕方が無いので私はそこを歩いていた兵士に声を掛けて案内を頼んだ。
「すみません、広報部はどこでしょうか」

「あ?広報室?あっちだよ」
彼はやや不機嫌そうに答えた。
質問に対してそんな風に答えるのはいささか礼儀がなってないのではないか?それに私は将校だぞ。
私は、他人の上に立って少し気が大きくなっていた。
彼らは階級章に対して敬礼しているのであって私に敬礼しているのではないことぐらいわかっていたが、
いつもドベだった私にとってこの経験は味わったことのない愉悦であった。

ともかくその眠たそうな、慇懃無礼な従兵の導きに従い私は一つの部屋の前までやってきた。
「参謀本部・・・広報室」

私は掛けられたボロボロの看板を読みあげた。
従兵は気だるげに扉を開いて中へ私を招き入れた。

そして部屋の真ん中に座っている偉そうな、ずんぐりむっくりの男の前に私を引きだした。
「新しい補佐をお連れしました」

と従兵が言う。彼はまるで囚人を連れて来たかのような調子で述べた。

「そうか。ご苦労」

一方の偉そうな男も同じような感じで、気だるそうに答えた。
私はちらりと机の端に目をやって、そこに据えられた”局長”という表札を見た。

ははぁ、なるほど。この男が局長なのだな。しかしなぜ”広報部”なのに局長というのだろうか?

私が訝し気に男を眺めていると彼は立ち上がり、どこかへ去ろうとする。

私はあわてて、自己紹介を申し上げる。
「あ、あの着任いたしました。ヘレナ・ヴァールハイトです」

しかし彼は「お前の名前などどうでもいい」と告げるとバタンと不機嫌に扉をしめて去っていった。

私は大変不愉快になった。従兵と言い局長といい、いい加減な奴しかいないのか。
心なしか、この部屋もそんな風に思えてきた。部屋の隅ではがれた塗装や
消えたり付いたりしている電灯も、この部屋の陰気さに拍車をかけている。

私はため息をつくと、そのまま空席となっていた校正担当の席に着いた。
そうすると、機を見計らって壮年の軍曹が私の下へ尋ねて来た。

「ヘレナ少尉殿ですか」

「そうだ」

「貴方も物好きですね、予備将校過程を出てすぐにこちらへ来るなんて。日陰部署ですよ」

「私は物書きだからな」
私はちょっとカッコつけた。
”物書き”なんて名乗れるほど大層な称号は有していないのに。

だがそれに軍曹は目を輝かせているようだ。
「実は私も文字が好きでして。と言っても学は無いんですけども」
「それでも文字書きは好きで、そんな趣味が高じたのかこんなところに居る次第です」
軍曹、もといクライス一等軍曹はそう言うと笑いながら頭を掻いた。

私はそのまま部屋を一通り見て回った。
机には大量の書類が山積みで、さながら出版社の様だった。
新任の私が挨拶回りをする、というような雰囲気でもなく何やら忙しそうであった。



私が初な様子であちこち見渡していると軍曹が
「最初の任務は、戦争報道の発表です」
「と言ってももう新聞社が発表してますがね」
とクライス軍がおどけて言った。

私は口をへの字に曲げて「じゃあ、一体私たちは何をやるの?」
と率直な疑問を問いかけた。

それに軍曹は目を丸くして「・・・新聞社と同じような報道を戦意高揚の言葉と一緒に発表します」と告げた。
私の疑問はますます深まった。
ーーー

「戦局は熾烈なるを極め!!」
「西部戦線では日夜激闘が続いており、兵士たちは必死の攻勢を続けているのである!!」
声高々に陸軍の将校が国営放送のカメラに向かって叫ぶ。

私はそれを遠巻きに見ていたが、なるほど普段街中で流れている戦意高揚のプロパガンダはこうやって作られているのかと感心した。
しかしその仰々しい喋り口と具体性と正確性に欠く報道は全く持って魅力がない。

父が戦時報道が始まるとテレビのチャンネルを変えていたのを思い出した。
民放は綺麗な女性キャスターとタレントが報道してるというのに
40も半ばのおやじが青筋立てて適当な事を叫ぶニュースなど誰が見るというのか。

「これじゃあ見る気も起きないよ」と私は小声で毒づいた。

「確かにな。これはひどい」
そして意外にもそれに賛同の声が返された。

私は驚いて振り返るとそこには見慣れない茶色の軍服に身を包んだ一人の将校が立っていた。
星が...2つ、という事は中佐殿だ。

私は慌てて「あっ!し、失礼しました今のはただのたわごとでして・・!!」と取り繕った。
しかし彼は「いやいや、事実だよ。むしろ君の様に一般人の感覚を持ち合わせてくれている人がいてくれて嬉しい」と喜んだ。

私ははて、と頭に疑問符を浮かべたが彼はそれを横目に軍人をかき分けていくと
居並ぶ帝国将校たちを前に説法を始めた。

「皆さま、お初にお目にかかります。同盟国であるツェペシュ王国からやってきました。ミハイロ・イオネスク中佐です」
「この度は貴国参謀本部からの依頼で”戦時報道”についての指導にやってまいりました」

それに報道部の士官たちは騒めいた。
そして口々に「聞いてないぞ」や「ツェペシュなぞ、我々の足元にも及ばない国力の分際で」と不信感をあらわにした。

しかしそのような帝国軍の反応など意に介さずミハイロ中佐は
「貴方がたのお手前、拝見させていただきました」
「はっきり言って0点です。貴方方はわかっていない。プロパガンダというものを」

「いいですか?これは単にこなせばいいだけの閉職でも、軽んじられるべき仕事でもない」
「プロパガンダはもう一つの戦場なのです。これは、陸軍や海軍、空軍の一大会戦に匹敵する影響力を持っている」
「私がそれを教えて差し上げましょう」
中佐は自信満々な様子でそう述べた。

ーーーー
広報部、或いは報道部に配属される陸軍の将校たちは総じてやる気が無い。
武勇を重んじる帝国軍において銃後の部署は長らく”閉職”とされてきたからだ。

つまりここに配属された士官たちは大抵幕僚上級課程(大佐以上の高級士官になるために行う試験)を落ちた者や
或いは高級士官でこそあれ、軍内部の権力闘争で負けた様な人間ばかりが集まっていた。

中佐は流ちょうな帝国後で語る。
「プロパガンダは新しい領域の戦争です。我々がかつて戦った40年前の戦争とはすでに状況が全く違う」
「今や、市民一人一人に直接訴えられる手段は5万とある。ラジオ、テレビ、劇場など・・・」
「新聞や公共電波しかなかったあのころとは全く違うのです」
「しかし悲しいかな、帝国軍はその強さのあまり銃後のそれらに気づけなかったのです」

士官達はそれを鼻で笑った。
しかし私は講堂の端っこに座りながら彼の話に食い入るように聞き入った。

これなら、私でも活躍できる。これなら、私の力を示せる。
鬱屈とした私の未来に風穴を開けてくれる。
そんな予感がしたから。


さて、そんなこんなで参謀本部広報部には新しい旋風が巻き起こった。
広報部の人間は二つに分別された。
一つは今までと同じく仕事に熱意を持たない者。
そしてもう一方は私と同じく中佐の演説に心打たれた者。
後者の人間は早速彼の元へ会いに行った。

「賛同者がこんなにいてくれて嬉しいよ」
と中佐は意外にもたくさん集まった支持者に喜びつつ彼らにまずは報道の内容を改善するように指示した。

「具体的には?」
と老大尉が手を挙げて聞くと彼は「報道を統制するのです」と述べた。

あたりが騒めく。
「それは・・・言論統制、という意味ですか?」
と恐る恐る下士官が尋ねると中佐ははにかんで
「いいえ、そんな手荒な真似はしません。そもそもそれは我々ではなく秘密警察の仕事でしょう?」
とおどけて見せた。

「ある戦闘が起こったとしよう。そしてそこである街を占領したとする」
「その事象に最も早く触れるのは誰だ?」

その質問に士官たちは自分が思うようにあれこれと答えた。
しかしそのどれも中佐を満足させるものではないようだ。

私は勇気を振り絞って一言「戦場の・・・兵士たちでしょう、か」とポツリと言った。
それを聞いた瞬間士官たちは私の方を見て「何を言っているのか」と呆れた顔をした。

しかし中佐は「その通りだ」と肯定し「戦時報道の殆どは従軍記者が出した情報によるものがほとんどだ」
と説明を始める。

「彼らは確かに戦場に身を置いている。巷では”生の戦場をお届けする”なんて言ってる出版社もあるみたいだが」
「彼らが見るのはせいぜい治安戦か占領下の街ぐらいだ。本当の撃ち合いを取りに行くような記者は滅多に居ない」
「その点、我々は詳細にその”戦場”に触れることができる。何故ならその撃ち合いをしている当事者だからだ」

「つまるところ、我々はただ詳細に報道を行えばメディアを出し抜けるのです」
と中佐は雄大に語る。

本当にそうかよ、と大抵の士官たちは信じようとしなかった。
しかし私は彼の話に魅入られてしまった。

田舎から出て来た生娘が、熱に浮かされて都会の大学生に惚れてしまうような。
そんな衝動で。
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