プロパガンダのヴァールハイト

デミグラス公爵ハンバーグⅢ世

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タバコのにおい

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ーーー  リーベ新聞社 1990年 帝国首都ランツベルク ーーー

新聞社は戦争が始まってからというもの、大忙しであった。
国民はメディアからもたらされる戦争報道を最初こそ奇異の眼で見ていたものの、
いざ帝国が連戦連勝と知るとそれは娯楽の一つになり下がった。

「南部戦線では連戦連勝なんだろ?多少事実と違くても構わん。発表しちまえ」
編集長はタバコ休憩をしようと席を立ちながらそう言い置いた。

最近はタバコの値段が下がった。
戦時中だというのに、というが当然原材料の生産地を押さえれば値段は下がる。
そして帝国はそれをやってのけたというのだ。

「その銘柄だいぶ安くなりましたよね」
編集長が煙を味わっている脇で部下の一人が語り掛けて来た。
「そう、それに関連してその会社が実は南方の労働者を・・・・」
と部下は得意げな顔でスクープを話そうとした。

「やめろ、そんな話誰も聞きたくない」
編集長はタバコを消してその話を遮った。

「しかし」と若い記者は食い下がる。
「この戦争でわが軍は現地徴発と、強制労働をさせています」

だが編集長はそれに冷ややかな調子で告げる。
「馬鹿いえ、誰がそんな記事読むかよ」
「あっという間にそれはフェイクニュースにされちまうぞ」

記者は眉間に皺を寄せる。
「フェイクも何も、これが真実ですよ」

編集長はそれを聞いて大笑いする。
「お前、記者何年目だ?」
「戦争報道はな、嘘にまみれてるんだよ。今更真実のジャーナリズムとやらを布教しても誰も見向きしないぞ」

若い記者はそれに顔をしかめ、「先輩はジャーナリズムないんすか」と悔しそうに言う。

「お前、真実を伝えれば世の中を変えられるとでも思ってるのか?」
「馬鹿げてるだろ。たかが新聞やメディアが戦争なり平和を作り出せるとでも?」
「すべては需要と供給さ、戦争はな市民が求めて初めて行われるんだ」
「そりゃあもちろん、俺達や軍の広報部あたりがあれこれと手を加えることだってできるだろう」
「だがな、結局のところ戦争は国民が求めなきゃ始まらないんだ」

記者は打ちひしがれた表情で編集長から目を逸らす。
「じゃあ、我々は・・・なんなんですか」

「俺たちも戦争に集るゴミ虫と変わらねぇ」
「報道や情報操作で世の中を操ろうなんて傲慢さ」
編集長は最後の一本をふかすと重い腰を上げて再びデスクへ戻った。


若い記者は暫くしてからデスクに戻った。
あまり軽い気持ちではなかったが、食い扶持を得るためには仕方があるまい。

それに、どれだけ現実が乖離していようとこれは小さいころからの憧れの職業だったのだから。

「なんだこれは」
記者がオフィスに戻ると年長の副編集長が激怒しながらある文章を叩きつけた。

「やられたな。こいつは、戦争報道のやり方が変わるぞ」
編集長はニヤリと笑いながら椅子に凭れた。

そこには”戦場記者の前線部隊への帯同を禁ずる”という軍参謀本部からの通達が簡素に記されていた。


ーーー
「どこへ行かれるのですかッ!?」
参謀本部の屋上のヘリポートに中型の輸送機の爆音が鳴り響く。
佐官用のコートを靡かせたままイオネスク中佐はヘリコプターに向かって意気揚々と乗り込んでいった。

私は彼に気に入られたのか判らないが、そのヘリに同乗するように言われた。
「目的地はどこなんですか?」
と私はローターの音でかき消されないように大声で質問する。
それに中佐は「心配することはない。ほんの最前線までだ」と軽い口調で言う。

私は思わず聞き返してしまった。
「そうだ最前線だ」
中佐ははっきりともう一度告げた。
どうやら私の聞き間違いではないようだ・・・

我々はそのまま首都から暫く飛んで、次いでバターヒン空軍基地に降り立った。
そしてそこからさらに輸送機に乗り込んで数時間のフライトをした。
今思えば、これが初めてのヘリコプターの搭乗だったのに、あまりに突然のことで味わう暇もなかった。

到着したのは東部戦区司令部。
すなわち東部戦線の総本山である。
それはそれは軍事的重要施設なわけであるが中佐はそこにずかずかと乗り込んでいった。

彼は司令部でまず高級参謀の一人に会った。
「久しぶりだな、イオネスク」
と中佐と握手を交わした彼はいかにも神経質そうな丸眼鏡とオールバックの大佐だった。

「今回の施策、司令官殿にはもうお話いただいているのだな?」
と中佐。

「あぁ、もちろん反発もあったがな。しかしまぁ危険であるためという理由は上手く刺さったな」
「結局のところ、金のために命までは張れない」
大佐は笑いながらそう言った。

彼らの話をまとめると、
今回の参謀本部からのお達し”従軍記者の最前線部隊への帯同を禁ずる”という命令を徹底するという事が目的らしい。

「なぜ東部戦線に来たんだ?徹底させるにしてもデスクの上から人をよこすのですむだろう」
「それができないほど下っ端じゃあるまい」
と私が疑問に感じていたことは大佐が質問してくれた。

イオネスク中佐は言う。
「帝国本土から陸続きで、もっとも近いのは東部戦線だからな。記者共が一番跋扈してるのもここだろう」
「つまり、彼らとの主導権の取り合いさ。俺らの放送と、新聞。どちらの方が読まれるかのね」

ーーー
帝国で2番目の出版部数を誇るリーベ新聞社はいち早い戦争報道で、戦時中で評判を大きく伸ばした。
それは強固なコネクションと老舗としてのネームバリュー。そして幾つもの取材班を長期派遣できる企業体力あっての物であった。

しかしそれは参謀本部から出された”従軍記者の最前線部隊への帯同を禁ずる”という文言で一気に崩された。

彼らとてそんなものは到底受け入れられない。
出版社はこぞって抗議の書簡と文章を用意し始めた。

この日編集長は重役に呼び出された。
彼はしけたタバコを吸ってから嫌々上階へと昇って、執務室の扉を叩いた。

「どうも」

「臭いな。またタバコを吸っていたな」

「そりゃすいません。労働環境が悪いもんで」

「・・・・」

「本題に移ろう」
「お前もあの布告は知ってるな?」
「アレを打破するためにお前に動いてもらう」

「従軍記者への部隊帯同の禁止ですか」
「それで?どうしろと」

「東部戦線の高級士官らにはリーベ新聞社と縁がある者も多い」
「お前には前線へ行ってそいつらに直接交渉してもらう」

「・・・つまり軍中央ではなく方面軍レベルで取材交渉をすると」

「”たまたま”記者が居るならこの勧告には当たらない」
「それが何十回と続こうが、方面軍司令部さえ抱き込んでいれば追い出されはしないだろう」

編集長はそれを聞いてふっと鼻で笑った。

「そんなことまでして知れるのが殺し合いかよ」
と去り際に行った言葉は重役には届いていない。

ーーー
そのまま編集長は社用のヘリコプターに乗り込んで東部戦線へと飛んだ。
地対空ミサイルに落とされやしないかと同行の記者は心配したが
「そんときゃ気づきもせずに死ねるから安心しろ」と言ってさらに怖がらせた。

そんな杞憂もよそにヘリは東部方面軍司令部にたどり着いた。
司令部とは名ばかりのそれは奪い取った博物館で、付近には至る所に巡航ミサイルによってできた穴が開いていた。

「歴史的建造物が聞いてあきれるな」
編集長は横目でそれを見つつパスカードを見せて中へと入って行った。

そして社長や重役たちのつてを辿って東部方面軍の高級士官達との面会を取り付けた。
その間、僅か小一時間の待ち時間に編集長は我慢できずにタバコの箱を空けた。

「出先ですよ?少しは憚ったらどうですか」と帯同の記者が反目したが
編集長は「こいつは俺の燃料なんだ」と言って聞かなかった。

しかし彼は肝心のライターを本社に置いていてしまったようで火をつける事が出来なかった。
「おい、お前ライター持ってないか」と記者に尋ねると「私は吸いません」と返された。

「全く最近の若いやつはタバコも吸わんのか」
と編集長が苦い顔をしていると後ろから「どうぞ」と低い声の男性がシルバーのライターを差し出した。

編集長は感謝しつつ煙を吸い込み、そのまま吐くと横目でその男の事を見た。
「・・・あんた、帝国軍じゃねぇな」「ツェペシュ王国軍か」

「ご名答。流石は新聞記者ですね」

「・・・不自然だな。連絡将校ってわけでもなさそうだ」
編集長が睨みを利かせるとライターの男。
もといイオネスク中佐は彼の前の席に腰かけた。

「私は貴方とお話がしたくて来たんです」
と中佐は穏やかな口調で言う。

編集長はそのダウナーな目を細めタバコを火皿で消すと
「・・・訳アリ、ってわけだな」と彼の意を汲みとった。

イオネスクは手を組みながら体を編集長の方へ少し傾ける。
「編集長。私が話をしたいのは、リーベ新聞社の貴方としてではなく」
「一人のジャーナリストとしての貴方とお話ししたいのです」

編集長は目の色を変えた。

「中佐、それはどういう意味かな」

「私もこう見えて中々に顔が広くてね。諜報機関にも友人がいるんです」

「それで、私の事はなんでも知ってると?」

「えぇ、知っております」「貴方の誕生日も。奥様と最近上手く言ってない事も。2日前に買ったブルストがまずかったことも」
「そして、貴方が最近の拝金主義的なメディアに飽き飽きしていることも」
イオネスク中佐は少し口角を上げ、得意げな表情になった。

編集長は少しあたりを見回して静かに唾を呑んだ。
「・・・なるほど、お手上げだ」「それで、どうしたい?」
「煮て焼いて食うか?俺は旨くねぇぞ」

「いえいえ、そんなつもりはありません。私は貴方から買いたいのです」

「買いたい?」

「ジャーナリズムを、です」
中佐の言葉に編集長と記者は理解できずに固まった。

「ジャーナリズムを売れだと?」

「私は知っています。編集長」
「貴方が拝金主義のメディアに辟易して、ジャーナリズムに世の中を変える力が無いという絶望を知っていても」
「貴方の中にはまだ、”真実”と”正しい情報”を追い求めたいという熱意があることを」
中佐は立ち上がって演技がかった言い方で告げる。
身振り手振りをつけ、さながらバタ臭いアイドルの演技の様に。

編集長は口を一文字で結んでいる。

「編集長、貴方は賢い。だが一つ勘違いしていることがある」

「・・・・」

イオネスク中佐がぐいと体を寄せる。
「”メディアは世の中を操れる”のです」
「人々の殆どは正しい情報やニュースを聞くだけの学も、冷静さもない」
「ニュースを見る人間はキャスターに意見できない」
中佐は言葉を締めくくるとドン、と机を叩き編集長ににじり寄った。

編集長は鋭いそのブルーの目つきで中佐を睨んだ。
そして1分ほどの沈黙のあとにやっと口を開いた。
「ほほぉう」
「つまりアンタは、俺に情報操作の尖兵になれ、と」

「えぇ、ですがそれは貴方が心の中にあったジャーナリズム」
「つまり、正しい情報を良識ある人々に届ける。といったようなモノとは真逆です」

「だから、俺にジャーナリズムを売り払え、と?」

「はい」
イオネスク中佐は起き上がるとにんまりと笑って叩いた拍子によれた白手袋を直した。

「言いえて妙だな」
編集長はタバコを咥えると天井を仰いでふかした。

「俺も悪魔になってやるよ」
その一言と共に。
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