死がふたりを分かつまで

やまだ

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病室のドアが、軽くノックされる。

「……はーい」

かすれた声で返すと、ゆっくりとドアが開いた。
顔を出したのは、もうすっかり見慣れてしまった──それでも特別な人物だった。

「今日は起きてるところに間に合った」

そう言って、尚人は優しく微笑む。
その笑顔を見るだけで、胸の奥が少しあたたかくなる。

最近、奏は薬の影響で眠っている時間が長い。
尚人が来てくれても、気づかないまま眠り続けてしまうこともある。
そのたびに、言葉にできない申し訳なさが胸に残った。

──せっかく、来てくれているのに。

だから、起きているときに会えると、それだけで嬉しかった。
尚人さんも、目を開けている僕を見ると、決まって少し安心した表情を浮かべる。

その顔を見るたび、嬉しさと、ほんの少しの切なさが重なって胸に広がる。

本当は、番になりたい。
ずっと一緒にいたい。

の幸せが、ほしかった。

尚人はベッドの横に腰を下ろす。
触れそうで、けれど触れない距離。

「お仕事忙しいのに、いつも来てくれてありがとう、尚人さん」

「ここに来てカナの顔を見ると、疲れが消えるんだ。感謝するのは俺の方」

そう言って、少しだけ照れたようにはにかむ。
優しい表情、優しい声、優しい香り。
そのすべてが好きだ。

「今日も、花持ってきた」

尚人はそう言って、慣れた手つきで窓際の花瓶の花を交換する。

尚人さんは毎日、欠かさず花を買ってきてくれる。
もし僕が眠っていても、ここに来たことがわかるように。

だから、目を覚ましたとき、窓際に新しい花が挿してあると、胸がほっとする。
──ああ、今日は会えなかったけど、来てくれたんだって。

「今日は、カスミソウだよ」

白くて小さな花が、水の中で揺れる。

「……かわいい」

「派手じゃないけど、いいだろ」

そう言って尚人は、少しだけ誇らしそうに笑った。

「花言葉、覚えてる?」

「え?」

「“感謝”とか、“幸福”とか」

何気ない声で言われたその言葉が、胸の奥に静かに沈む。

感謝も、幸福も。
本当は、全部尚人さんに返したいのに。

でも今は、こうして花を受け取ることしかできない。

「ありがとう、尚人さん」

「どういたしまして」

そのやり取りだけで、今日一日が報われた気がした。

そばにいるだけで、心が静かになる。
尚人さんと二人でいるこの時間が、ずっと続いていきますように。
そう願わずにはいられない。

でも、この優しさが──
ほんの少しだけ、苦しくなるときもある。



──僕と尚人さんが出会ったのは、ほんの少し前のこと。

記憶は、彼が僕のことを「カナ」と呼ぶようになる前の過去へと静かに引き戻されていった。

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