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32.エヴァンス公爵からの提案
しおりを挟むエミリオンの行動は迅速だった。
先触れを出し、即座にグラナード・エヴァンス公爵、護衛のジオルグで、ブランフォード侯爵家を訪問した。
「ご無沙汰しております。一体何事でしょうか?つい先程、先触れを受け取ったばかりで…これでは、先触れの意味がありませんが…?」
「いやー、すまないね。急用があるので、息子と連れ立って訪問させてもらったよ。」
「どうぞこちらへ。今、お茶をお持ちします。」
「いや、気を遣わなくていい。ジオルグはここで待たせていただきなさい。」
「はっ!」
ジオルグを残し、戸惑いながら応接室に案内したレオリックは、ソファを掛けるよう勧めた。
グラナードは愛想良く話し掛け、エミリオンは薄らと微笑みを湛え、花も飾られていない客間を見渡していた。
そして、慌ただしくクレシアがお茶を出し、退室すると、話が始まった。
「それで、急用というのは…?」
「ブランフォード侯爵家に、嫡男が産まれたと耳にしたんだ。」
「ーーーっ!?何故、それを!」
「エヴァンス公爵家には、いろんな情報が入って来るしな。それに、今ヴェリティ夫人を我が家で預かっているのだよ。」
「はっ!?ヴェリティですか?家内はここに居りますが?」
やはりヴェリティに関心がなかったのかと、エミリオンは、内心では怒りに震えるが、まだその時ではないと、微笑みは崩さずに、じっと拳を握る。
「ここに居ると言うのなら、連れて来なさい。」
グラナードは、穏やかな表情のままレオリックを見据えた。
「ちょ、ちょっとお待ちください。」
レオリックは応接室を出て、執事のファーガソンを呼び、命令した。
「ファーガソン、至急ヴェリティを連れて来い!」
「旦那様、ヴェリティ様は、離れにはいらっしゃいません。」
「何だと!?本当にエヴァンス公爵家に居るのか?」
「私には、どちらにいらっしゃるかは分かりません。ただ、ヴェリティ様が高熱を出し、意識不明でしたので、エヴァンス公爵令息様にお任せしました。」
「何故!?何故、俺に言わなかった?」
「その日、オーレリア様が出産されたので、旦那様はオーレリア様に付きっきりでした。」
離れに居る筈のヴェリティが、エミリオンに連れ出された日は、ブランフォード侯爵家の嫡男が誕生した日だった。
確かに、その日、ヴェリティに熱があるとファーガソンに話し掛けられても、自分は恐らく無視したであろう。
しかしレオリックは、苛立ちを抑え切れず、ファーガソンに言い放った。
「そんな大事なことを主人に伝えないとは!当日ではなくても、話は出来ただろう。この役立たずがっ!!貴様はクビだっ、紹介状などもらえると思うなよ?」
ファーガソンは、一瞬悲しみに似た翳りを瞳に宿したが、レオリックを真っ直ぐに見て答えた。
「ヴェリティ様が離れに移られてから、半年以上経ちますが、一度も尋ねられなかったので、いろいろお忙しい旦那様への報告を失念しておりました。
申し訳ございません。
先代の侯爵様からお仕えし、長きに渡りお世話になりました。
私物をまとめたら、直ぐにでも出て行きます。
ブランフォード侯爵家の物を持ち出したりは致しませんので、どうなご安心ください。」
ファーガソンは、くるりと背を向けて歩いて行った。
「クソッ、何なんだ、あいつは!?生意気な!ええい、あんな奴などどうでもいい!!」
それでも、グラナードやエミリオンをこれ以上待たせることは出来ないと、レオリックは応接室に戻った。
「お待たせして、申し訳ありません。
執事が私への報告を怠ったようです。
あのような者は、即刻解雇しました。
それで、ヴェリティはいつこちらに戻りますでしょうか?」
苛立ちを隠し切れないレオリックは、ソファにどかっと座るなり、グラナードに問うた。
「ヴェリティ夫人は、このまま君と離縁してもらう。」
グラナードは、にこやかな表情でレオリックに告げた。
「はっ!?何故、ヴェリティと離縁しなければならないのですか?
確かに、体調が優れないヴェリティに気付きませんでしたが、何故、私達夫婦間の話に、エヴァンス公爵家様が口を挟むのでしょうか?
納得のいく説明をお願いしたい!」
気色ばむレオリックに、グラナードは少し恥ずかしそうに言った。
「ヴェリティ夫人は、息子の初恋の女性なんだ。」
隣に座るエミリオンも、照れた顔で微笑む。
「はっ!?ヴェリティは私の妻ですよ?人妻に懸想するとは…」
「でも、ブランフォード侯爵には、オーレリア嬢という嫡男をお産みになった方が居るではないか。」
「いや、オーレリアは…まだ側室ですらなく…」
「そこだ!オーレリア様が没落した男爵家のご令嬢だったことも存じている。
なので、オーレリア嬢を私の知り合いの身元がしっかりした男爵家の養女にし、即ブランフォード侯爵の正妻として迎え入れたらいい。
そうすれば、嫡男の母として、正式に社交の場にも紹介出来るだろう?」
「だからと言って、ヴェリティと離縁しなくても、それは可能ではないですか!?」
「いや、私もね、いつまでも結婚しないこの息子が頭痛のタネでね。
どうしても初恋のヴェリティ夫人を忘れられないと、息子がごねるのだよ。
いい歳をした息子だが、可愛い息子だしな。
ブランフォード侯爵も、嫡男が産まれて、それはそれは可愛いだろう?
だったら、この申し出を受けてくれないか?」
グラナードは、息子とエヴァンス公爵家の行く末を案ずる父の姿勢を崩さない。
「恥ずかしながら、オーレリアには侯爵家の執務は任せられません。
ヴェリティの時は、私の母が手取り足取り指導していましたので…」
「そんな心配は要らない。我が家は優秀な人材を世に出す仕事をしている。
オーレリア嬢に執務を任せる必要はない。
相応の人材を紹介しよう。もちろん、身元も保証するよ。」
「しかし…」
レオリックは、頭の中で、この提案が悪い話ではないと思い始めていた。
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