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33.レオリックの決断
しおりを挟むグラナード公爵とエミリオンは、この場では終始笑顔を絶やさない。
レオリックは、ヴェリティを手放せば、ブランフォード侯爵家の嫡男の母として、オーレリアを正妻として迎えることが出来ると思い始めていた。
ヴェリティは、確かにブランフォード侯爵夫人としては優秀だ。
レオリックが外商に出掛けても、滞りなく進む執務、使用人達のヴェリティを慕い尊重する態度。
実の娘である双子達がヴェリティの絶対的な味方であり、父との食事や一緒に過ごす時間がなくなっても、不満を言う訳でもなく、食卓には当たり前のようにエミリオンが入り込んでいた。
レオリックは、その全てが疎ましく思えてきていたのは事実だった。
双子達が産まれてから、どんどん妻から母になり、出会った時の儚さは失われていった。
レオリックが心から愛した筈のヴェリティは、もう居ないのだ。
だからと言って、目の前のエミリオンにヴェリティを差し出すことに、まだ納得はいかない。
「少し…考えさせてください。」
レオリックは、深い溜息を吐きながら、言葉を絞り出した。
「良かろう。三日待つ。赤子の成長は早い。確かな地位を築くなら、早目に決断した方がいいだろう。」
「承知しました。」
項垂れるレオリックに、エミリオンは笑顔で言い放つ。
「良いお返事をお待ちしています!」
客間を出て行くグラナード公爵とエミリオンを見送ることもせず、レオリックは頭を抱えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
体調が良くないから一人寝をしたいとオーレリアに告げたが、レオリックは結局一睡も出来ないまま朝を迎えた。
それでも、取り引き先に行かなくてはならず、馬車を準備させようとした。
「ファーガソン、馬車を!」
その声に反応したのは、クレシアだった。
「ファーガソン様は、昨夜ここを出て行かれました。馬車は他の者に準備させますので、しばしお待ちくださいませ。」
「あっ…そうか…そうだったな。頼むよ。」
怒りのあまりクビにしたのは、レオリック自身だった。
短慮であると分かっていても、レオリックは認めたくなかった。
(エヴァンス公爵家から優秀な人材をもらえばいいか…?)
また一つ、ヴェリティを手放す意味をレオリックは手に入れた。
そして、訪れた取り引き先のエスター伯爵から驚くべき発言を耳にする。
「わざわざご訪問いただきまして、ありがとうございます。
男のお子様が産まれたとお聞きしまして、お祝いの品を準備させていただきました。」
エスター伯爵は、丁寧に包まれたブルーの箱を差し出した。
「っ!?誰から聞いたのでしょう?」
「合成繊維の卸売り業者が、ブランフォード侯爵家様に売り掛けの集金に参った時、赤子の泣き声を聞いたそうです。不思議に思って侍女に尋ねると、嫡男となるお子様が産まれたと。」
「そ、そうでしたか。」
「あと…お産みになったお方が…」
エスター伯爵が口籠った瞬間、レオリックはオーレリアが平民であることが広まりつつあると悟った。
「そのことは…?」
「まだ、卸売り業者と私しか知りません。口止めはしましたが、人の口に戸は立てられぬと言いますからねぇ?」
エスター伯爵は、黙っている代わりに、何かを要求するような、含みのある笑いをした、
「妻の出自については、噂通りではない。
我が家の侍女が勘違いしたのだろう。
取り敢えず、今は赤子も産まれたばかりで、騒ぎ立てたくない。
変な噂が広まらぬよう、貴殿の協力を得たい。」
「承知しておりますよ。合成繊維は今人気ですから、次回からも当家を融通していただければ助かります。それに価格もご相談ということで?」
「販売量は、現状維持は確約出来るが、増やす方向も検討してみよう。価格については、今は即答は難しい。」
「そうでございますか。現状維持だけでも助かります。
ありがとうございます。これからも、よろしくお願い申し上げます。」
エスター伯爵家を後にし、レオリックは馬車に揺られながら考えた。
このままでは、オーレリアが平民であることが露見し、嫡男となるマテオの存在が軽んじられる可能性がある。
今日は何とかエスター伯爵を言い包めたが、このままでは足元を見られ、事業にも影響が出るだろう。
こんなことが続けば、ブランフォード侯爵家の危機にも繋がりかねない。
それだけは阻止しなければならない。
レオリックは、エスター伯爵家を出て、そのままエヴァンス公爵家に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エヴァンス公爵家に到着すると、直ぐに応接室に通された。
「先触れも出さず、申し訳ありません。」
「いやいや、問題ない。よく来てくれた。
考えはまとまったのだろうか?」
急な訪問だったが、グラナードは機嫌良く出迎えた。
エミリオンは、この場に同席せず、グラナード一人だ。
「はい、エヴァンス公爵様のご提案に従おうと思います。」
「まだ二日猶予はあるが、本当によろしいか?
ブランフォード侯爵とヴェリティの離縁と、オーレリア嬢との再婚と、我が家のエミリオンとヴェリティの再婚の手続きが、ほぼ同時に行われるのだぞ?
社交の場では、ちょっとした騒ぎにもなるだろう。」
探るような視線がレオリックを射るが、レオリックはきっぱりと言った。
「ヴェリティと離縁し、オーレリアをエヴァンス公爵様の勧めてくださる男爵家の養子にして、再婚する。
そして、ブランフォード侯爵家に必要な人材を手配してくださる。
先日のご提案、全てお願い致します。
ヴェリティと双子の娘達は、エヴァンス公爵令息にお任せしたいと思います。」
「その言葉に二言はないな?
双子達は、正式にエヴァンス公爵令嬢となるのだぞ?
血の繋がった子達を手放すことになる。」
「はい、致し方ありません。」
「何故、躊躇っていた筈が急に了承する気になったのだ?」
レオリックは気不味そうな顔をした。
「噂、か…?」
「はい…オーレリアの出自が、我が家への集金の際に、取り引き先の耳に入っていました。
今は食い止めておりますが、これ以上、噂が広がると、ブランフォード侯爵家にも影響が広がります…」
「噂と言うか事実であろう?しかし、私も鬼ではない。
噂の収拾にも協力しよう。息子の初恋の為でもあるからな。」
「ありがとうございます。よろしくお願い申し上げます。」
こうして、レオリックはブランフォード侯爵家の為だと割り切るように、ヴェリティとの離縁や双子達を手放す決意をした。
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