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34.自己肯定 Side レオリック
しおりを挟むエヴァンス公爵家から戻り、俺はオーレリアとマテオの元に向かった。
嫡男誕生ということで、新品の赤子用品の溢れた癒しの場。
オーレリアは、うとうとしているマテオを見つめ、微笑んでいた。
「オーレリア、ただいま。」
「レオリック様!」
俺が子ども部屋に入った瞬間、きらきらした瞳で見るオーレリアに、思わず俺も微笑み返す。
「もうお体は大丈夫ですの?昨夜は何かおつらそうに見えたし、今日もお忙しかったのでしょう?」
「ああ、もう大丈夫だ。オーレリアとマテオを見たら、疲れも吹き飛んだよ。」
「それは良かったです。
マテオは、ずっと泣いているということもなく、手の掛からない良い子なのですが、やっぱり赤子のお世話は慣れないので…
ちょっとだけ疲れていましたの。
でも、レオリック様のお顔を見ると、私も安心だし嬉しいし元気が出ますわ。」
「そうか、オーレリアは、母になっても可愛いな。」
オーレリアに口付けしながら、俺は心が休まるのを感じた。
素直に俺を頼る儚げで美しい妻、手の掛からなくて、俺にそっくりな息子。
俺が求めているのは、こういう在り来たりな安らぎだ。
「オーレリア、ヴェリティと離縁し、君を正式な妻として迎えることになったよ。」
「えっ!?本当ですか?」
「ああ、本当だよ。マテオという嫡男も産まれたことだし、オーレリアの立場を確実なものとしたくてな。」
「私…ずっとレオリック様のお傍に居られるのですね…?嬉しい!」
「愛してるよ、オーレリア。安心して俺の傍に居てくれ。」
肩を震わせ、静かに涙を流すオーレリアが愛おしい。
正妻として、しっかり守っていかねばと俺は心に誓った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オーレリアに執務の残りを片付けてくると告げ、俺は先ずクレシアを探した。
ヴェリティが離れから連れ出されるまでの状況を確認したかったからだ。
「クレシア、話がある。」
「はい、旦那様。」
「ヴェリティが離れに移り住んでからのことを聞きたい。」
クレシアが然程驚かないところを見ると、何か察していたのだろう。
「奥様は、離れを出ることなく執務を熟し、侍女のコリンヌと生活を共にしておられました。
あまり動かないからと、お食事を召し上がる量が減っていき、体力が弱っていたのだと思います。
そして、高熱が出てしまい、一晩経っても下がらなかった為、心配したコリンヌがファーガソン様を頼って本邸に来ました。
しかし、マテオお坊ちゃまがお産まれになった直後でしたので、ファーガソン様は旦那様にお伝えすることを躊躇っていらっしゃいました。
その後のことは、私にも分かりません。」
「そうか…もう、行ってよい。」
しかし、クレシアは立ち去らず、俺の目を見て言った。
「旦那様、ファーガソン様が辞められた時に、こんなことを申し上げるのは気が引けるのですが…」
「何だ?」
「私も、もう年ですので、辞めさせていただきたく思います。
体調が優れないことも多く、私のような者がオーレリア様やマテオお坊ちゃまの傍に居るのは良くないと思うのです…
先代の侯爵様や奥様にも大変お世話になりましたし、旦那様にも良くしていただきました。
だからこそ、ご迷惑をお掛けする前に、自ら退きたいと思います。」
俺は、正直ファーガソンとクレシアの二人がブランフォード侯爵家を去るとなると、かなりの痛手だと思った。
しかし、オーレリアとマテオのことを考えると、ヴェリティを慕っていた者達よりも、使用人を一新した方が良いのかとも思った。
「分かった。紹介状は必要か?」
「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいのですが、紹介状などいただけません。
こんな時に、このような形で辞めさせていただくことをお詫びしなければならない位ですから。」
「そうか。近々代わりの者を手配する。それまでは居てくれるか?」
「はい、もちろんでございます。」
クレシアは深々と頭を下げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
静かな夜更け、俺は蘭燈を持ち、離れのヴェリティの寝室に行ってみた。
そこは質素な部屋だった。
高熱で連れ出されたのだから、大した荷物も持たずに、ここを出たのだろう。
しかし、数着のドレスと部屋着だけで、宝石類など見当たらない。
「元々離れに持ち込むリストにはなかったからな。」
殺風景な部屋の花瓶の花が枯れている。
「そう言えば、最近は本邸にも花が飾られていないことが多いな。あれは、ヴェリティがやっていたのか…」
その後、俺はヴェリティの執務室に向かった。
飾り気のない物を置くだけの机と、座り心地の悪そうな椅子。
「こんな部屋で仕事をしていたのか…」
書類が片付いていたのは、ヴェリティが離れを連れ出されてから、ファーガソンが執務を代行していたのかもしれないと思った。
そして、蘭燈の淡い光に照らされた壁の絵を見つけた。
エヴァンス公爵令息がヴェリティに贈った絵だろう。
そこには、ヴェリティとリオラ、リディアの双子達が満面の笑顔で描かれていた。
愛しい妻と子ども達。
その時、ふと思った。
俺は、いつからヴェリティの名を呼んでいなかったのだろう。
いつから双子達との食事を反故にしたのだろう。
いつから家族の笑顔が俺に向けられなくなったのだろう。
いつから?
いつから?
いつから?
オーレリアと過ごす時間が長くなるにつれ、俺は、俺の愛した妻や家族との距離が離れていったのだと自覚した。
しかし、オーレリアに惹かれる自分を抑えられなかった。
子を授かった時、オーレリアに対する気持ちは真実の愛だと気付いた。
そして、その真実の愛が齎したものは、心の奥底で切望していた、このブランフォード侯爵家の嫡男だ。
「これで良かったんだ。この絵は、エヴァンス公爵令息に返そう。もう、ここには不要だ。」
敢えて口に出してみると、もやもやしていた気持ちがすっきりしたような気がした。
「これでいいんだ。」
俺は、もう一度口にした。
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