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42.あーんして?
しおりを挟む目が覚めた時、私はエミリオンにすっぽりと包まれていた。
微笑みを浮かべたような寝顔のエミリオンを見て、私も幸せな気持ちになる。
頬に掛かるショコラ色の髪を指で梳き、エミリオンにそっと口付ける。
「ヴェリティは、俺に触れるのが好きだったのか?」
エミリオンの琥珀色の瞳がゆっくり開き、くすくす笑う。
「っ!?」
「いくらでも触って?俺も触りたいから。」
「いくらでもと言われましても…も、もう大丈夫です…」
「それは残念だなぁ…まっ、そろそろ起きようか。
このままだとベッドから出られなくなりそうだ。
俺はそれでもいいんだけど、ヴェリティは恥ずかしいだろう?
だから、このまま待ってて。コリンヌを呼んで来るから。」
エミリオンは、微笑みながらちゅっと口付けを落とし、シャツやトラウザースを身に付け、部屋を出て行った。
私はバスローブを羽織り、コリンヌを待つ間、昨夜のことを思い出していた。
エミリオンの唇と熱い息遣い、そっとなぞる手や指先、気遣う視線。
何もかもが優しくて、夢のような時間だった。
不安定な立場で受け入れては申し訳ないと思っていたエミリオンの気持ち。
やっと何の壁もなくなり、自分を曝け出せた嬉しさ。
自分の立ち位置を気にしなくていい、私のままで甘やかされて溺れる感覚。
初めての気持ちに名前を付けるならば、やっぱり恋なのだろう。
「恋って楽しいのね ♪ 」
「そうですよ?ヴェリティ様!」
呟いた瞬間、コリンヌの声がした。
「ーーーっ!?コ、コリンヌ!いつ来たの?」
「ノックもお声掛けもしましたけど、ヴェリティ様がずっと微笑んでいらっしゃるから、どうしようかと思いました。ふふふ。」
「もうっ、早く言ってよーー!は、恥ずかしいっ!!」
「とても素敵な夜だったのですね!私も嬉しくなります。
ヴェリティ様、お顔が幸せいっぱいです。
さあ、湯浴みに参りましょう。
エミリオン旦那様が昼食をご一緒されたいそうですから。」
「はい、お願いします…」
「ヴェリティ様、私のご主人様なのですから、敬語はおやめくださいませ。
離れに居た時のように接してくださるのは嬉しいですが、ここはエヴァンス公爵家様です。
もっと堂々と振る舞ってくださっていいのです。
私はヴェリティ様とリオラお嬢様とリディアお嬢様に、一生お仕えさせていただきます。」
私は、十歳以上も年下のコリンヌに年齢詐称疑惑を持つところだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エミリオン様、お待たせしてすみません。」
湯浴みの後、コリンヌに身支度を手伝ってもらい食堂に行くと、既にエミリオンは着席していた。
大きなテーブルなのに、エミリオンと並んでちょこんと座る。
「皆様は…?」
「陛下はもう帰られて、皆、好きに過ごしてるよ。」
「っ!?へ、陛下とエルドランド殿下のお見送りっ!」
私は、見送りもせずに、エミリオンとのんびり過ごしていた自分が恥ずかしくなる。
「大丈夫だって!って言うか、改めてその話を皆の前でしないでね?
皆、察しているみたいだから、かえって恥ずかしいし!!」
「ーーっ!昨夜のこと…?」
「うん。グレイシアや母上がわざわざ言ったんじゃないだろうけど、さっき父上とすれ違ったら何か笑ってた…」
「……………」
「あっ、でも、リオラやリディアは、朝からグレイシアと遊んでるから安心して?」
「はい…」
「ほら、冷める前に食べよう?」
お腹が空いているのか、黙々と平らげるエミリオンとは反対に、私は食が進まない。
皆にバレているという羞恥心でいっぱいなのだ。
「ヴェリティ、自分で食べないなら、俺が食べさせてあげよう。はい、あーん!」
「んぐっ!?」
つい口を開けてしまったが、これは恥ずかしい。
しかも、ひと口のサイズではないチキンだった。
「あれ?ちょっと大きかったか!?すまない!」
エミリオンはレモン水を片手に私を見つめている。
「あっ…ちょっと大きかったです…」
「そうか、すまない。はい、これ飲んで。また、あーんして?」
横目で見ると、コリンヌが笑いを堪えている。
(これは駄目だわ!)
「エミリオン様、一人で食べられます!」
強く出てみたが、エミリオンはしゅんとして私を見ている。
「ヴェリティ、駄目?あーん…」
「二人きりの時なら…?」
「ヴェリティ様、私は何も見ておりません。私は今この瞬間、壁になりました。」
「ほら、ヴェリティ、あーん!」
(何だろう…このコンビネーションは!?)
結局、お皿が空っぽになるまで、私はあーんし続けた。
「エミリオン様…」
「ん?」
「有能な『駄目妻製造機』ですわ。これじゃ私、本当に駄目な妻になってしまいます…」
くくくっとエミリオンは笑い、話題を変えた。
「食事も終えたし、これからのことを話そう。」
「これから?」
「エヴァンス公爵家として、ヴェリティにやってもらいたいこと!」
どうやらこの話がしたくて、でも早く食べろとも言わず、あーんを楽しんでいたようだ。
相変わらず、エミリオンは私のペースを乱さないように気を配る。
「ヴェリティにはね、まずドレスを仕立てて、結婚の披露パーティでエヴァンス公爵家の者として、俺の妻として、社交デビューしてもらう。
リオラとリディアが帰宅した時に話したように、双子達の誕生パーティも同時に行い、俺の娘だということも公にする。
これが一番最初の仕事だよ。」
ブランフォード侯爵夫人の時は、執務さえ滞らなければ、あまり社交の場に出なくても、レオリックには何も言われなかった。
しかし、今度は違う。
エヴァンス公爵家の者としての社交は、きっと駆け引きも必要なのだろう。
「社交…私に出来るでしょうか…」
「大丈夫だよ。俺はなるべく傍に居るし、離れなければならない時は、必ずグレイシアを傍に置く。
グレイシアの社交を参考にするといい。
でも、ヴェリティは今のままでいいから。
グレイシアを真似たりしないでね?ククっ!」
私はその時まだ知らなかった。
エミリオンの楽しそうな笑いの意味や、社交の場でのエヴァンス公爵家の地位と、グレイシアの強かさと凄さを。
そして、グレイシアを凌ぐ強者がここに居たことも。
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