【完結】 大切な人と愛する人 〜結婚十年にして初めての恋を知る〜

紬あおい

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43.契約の場で

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その頃、ブランフォード侯爵家では、ヴェリティが居なくなったことにより、執務に滞りが出てきていた。
これまでは、レオリックは外商を担当していればブランフォード侯爵家は回っていたが、ヴェリティだけでなく、ファーガソンを解雇したことも大きな痛手となっていた。

そこでレオリックは、グラナード・エヴァンス公爵に手紙を書き、新しい執事や侍女達を早急に派遣するよう依頼した。
グラナード公爵からは折り返しで返事が届き、ヴェリティに贈った絵を引き取りがてら、エミリオンを遣わすと書いてあった。

「明日は、あいつが来るのか…」

ベッドで眠りにつく前、つい口から出ていたようで、オーレリアが不思議そうな顔をした。

「ああ、すまない、独り言だ。」

「どうされましたの?」

心配そうに顔を伺うオーレリアは、やはり儚げで美しい。

「新しい執事と使用人の話をする為に、明日エヴァンス公爵家のエミリオン殿が来るんだ。」

「まあ、そうでしたの。私も同席した方がよろしいでしょうか?
あまり歳の離れた使用人だと、私の方が気を遣ってしまって…」

一瞬、レオリックは躊躇った。
男爵令嬢だったオーレリアは、家庭教師ガヴァネスを付けていたが、マテオを妊娠したことにより、様々な教育は中途半端に終了してしまっていたからだ。
結局、オーレリアはマテオの面倒しかみていない。
しかし、レオリックはオーレリアの希望を話すだけだから問題ないと判断した。

「そうか。今の使用人は父上の代から居る者ばかりだしな。
一層の事、若い者で一新するか。マテオに長く仕えてくれるように。
乳母も二人雇おう。オーレリアとの時間も増えるしな。
では、オーレリアも同席して、希望を話すがいい。」

「はい、ありがとうございます。乳母が二人居れば、もっとレオリック様と過ごせますね。」

嬉しそうなオーレリアにレオリックが口付けると、安心したのか、オーレリアは寝てしまった。
未だ産褥期さんじょくきにあるオーレリアを抱けず、火照る身体を持て余しながらも、レオリックは眠りについた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



翌日、約束の時間通りにエミリオンはブランフォード侯爵家を訪問した。
通された応接室には、レオリックとオーレリアが既に居た。

「エミリオン殿、よく来てくださいました。どうぞ、お掛けください。」

「ご無沙汰しております、ブランフォード侯爵。」

「オーレリアです。」

エミリオンは、レオリックには薄らと微笑んではいるが、オーレリアをちらりと見ただけで用件に入る。

「では、早速、使用人の話をしましょうか。人数や年齢、こだわる家格や経歴などありますか?」

エミリオンに無視されたオーレリアが俯いたので、レオリックは少し機嫌が悪くなる。

「妻の意向も反映したいのでね。オーレリア、希望があれば言いなさい。」

「あまりお歳の方は遠慮したいです。
マテオの為に長く仕えてもらうには、お若い方がいいですわ。
あと、執事であれば、有能で全面的にお任せ出来る方がいいです。」

オーレリアは、エミリオンを真っ直ぐ見て話すが、エミリオンはティーカップの縁を見つめたままだ。

「なるほど。若くて有能な人材ですか。人数的には何人位を希望されるのでしょう?」

レオリックは頭の中で試算する。

「執事は一人だが、補佐的な者が欲しい。
今までは元執事ともう一人で回していたから、男性二人で何とかなるだろう。
後は、乳母と侍女だな。乳母は二人、侍女は一新したいので、若い者を二十人程度か。」

エミリオンは、ヴェリティとファーガソンの名をぼかしたレオリックに呆れた。
そして、この二人で回してきた執務を、男性二人ならば回せると安易に判断したということ。
その程度の能力と思っているレオリックに、内心では腹が立っていた。

それに、乳母を二人雇うことは、オーレリアは子育てが出来ないと言っているようなものだ。
エミリオンは、ファビオラ夫人やヴェリティしか知らないが、二人共、時間の許す限り子ども達と過ごそうとする。
グラナード公爵のように、子育てに参加するような父親も見てきたし、エミリオンもそうなりたいと思っている。
だから、目の前のレオリックやオーレリアは、全く理解出来なかった。

「ならば、今仰られた人数を確保しましょう。エヴァンス公爵家の事業からの派遣契約で、期間は一年間。
今までブランフォード侯爵家が負担していた金額で、使用人達の給金は据え置き。
一年後は、自由にブランフォード侯爵家で契約更新をしてください。」

「ずっとエヴァンス公爵家を通した金額ではないのか?」

レオリックは食い付いてくるが、エミリオンは薄ら笑いを崩さない。

「当方は、一年とは言え、優秀な人材を据え置きの給金で派遣する。
それは、使用人達の給金はそのままで、エヴァンス公爵家として、手数料は取らないということだ。
父は、相応の人材を紹介し、身元も保証するとは申したが、永久的に契約を保証するとは言っていない。
ただ、ブランフォード侯爵家が使用人にとって居心地が良いのならば、定着するだろう。」

薄ら笑いのエミリオンを不快に思いながらも、今の滞りつつある執務を考慮するならば、エヴァンス公爵家を利用した方がいいと、レオリックは考えた。

「分かりました。しかし、家格は伯爵家以上のそれなりの者でお願いしたい。その方が躾も行き届いているだろう。」

「承知しました。では、数日中に派遣しましょう。
正式な人材派遣契約書を二部作成し、明日にでも我が家の執事のベンジャミンに届けさせよう。
この二部ともブランフォード侯爵にサインしてもらい、お互いに一部ずつ保管する。
再度こちらで契約書のサインを確認し、使用人達を引き渡す際に、引き渡し書にもサインをもらったら契約完了だ。
使用人達の給金は、今までのように個々に払ってもらえばいい。
但し、一年間はエヴァンス公爵家の派遣事業としての契約なので、給金支払いの遅延が発生した時点で、契約違反として即時に全員撤収するので、この点は注意していただきたい。」

「給金の未払いや遅延など、とんでもない。ブランフォード侯爵家は、そんな家ではありません。」

「それなら安心だ。では、用件は終わったので、絵を引き取りたい。」

「まだ離れにあるので、クレシアに案内させます。」

「そうしてもらえると助かる。私は護衛を連れて来ているので、その者が梱包して運び出すから手伝いは無用だ。」

レオリックはクレシアを呼び付け、エミリオンを案内させた。

応接室に残ったレオリックとオーレリアは、何とも言えない雰囲気の中、お茶を飲む。

「あっ…あの…」

オーレリアはレオリックに話し掛けた。

「希望は聞いていただけたようですが、私は無視されたのでしょうか…」

「何だ、そんなことが気になったのか?」

「い、いえ、何となく…」

「エミリオン殿が気になるのか?」

「そ、そんなことはありません!」

「なら、いいが…まあ、エミリオン殿の態度は、正直良かったとは言えないが、執務や使用人のことを考えたら、仕方ない。
有能な者が来ると期待しよう。
取り敢えず、新しい使用人が来たら、オーレリアはゆっくり出来る筈だ。
マテオの世話も楽になるだろうから、また夜は俺の相手もしてくれ。」

「はい。」

オーレリアは返事をしながらも、エミリオンが気になっていた。
ブランフォード侯爵夫人となり、少しはヴェリティの上に立てたと思っていたオーレリアは、ヴェリティがエミリオンの妻となったことを、まだ知らなかった。
絵の指導に訪れた時も、オーレリアはエミリオンに遭遇しておらず、今日初めて会ったのだった。

(あの方がエヴァンス公爵家の令息…整ったお顔だわ。態度は冷たいけど…)

コモンズ男爵令嬢だった頃には、出会える筈もない眉目秀麗な公爵令息に、オーレリアの胸は波立った。
しかし今は、その感情の意味すら気付かないオーレリアだった。
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