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44.騒がしい胸の中
しおりを挟むエミリオンは、ブランフォード侯爵家の離れから絵を引き取り、その際にクレシアに使用人を新たに派遣することを告げた。
「ブランフォード侯爵から話があったら、今居る使用人達は、契約終了という名の解雇となるだろう。
エヴァンス公爵家の派遣事業に興味がある者は全て引き受けると、皆に伝えて欲しい。
全てエヴァンス公爵家で働くことは難しいが、今より給金は上がるし、働く場はきちんとした貴族を紹介しよう。
心機一転、誠心誠意仕えてくれれば、使用人達も安定した生活が得られるだろう。
クレシアは、ヴェリティとリオラとリディアに、また仕えてくれるか?」
「もちろんです!早くヴェリティ様やお嬢様方にお会いしたいです。」
クレシアは、この時を待っていた。
ヴェリティや双子達が居たことすら、なかったことのようになっているブランフォード侯爵家に、何の未練もない。
レオリックが少しでもヴェリティや双子達を気に掛けていたら、悔やんでいたら、クレシアはブランフォード侯爵家に居た筈だが、もうその気持ちは消えてしまった。
「ブランフォード侯爵は、ヴェリティやファーガソンの能力や忠誠心を軽んじていた。
リオラやリディアの話もしなかった。
自分とあの女と嫡男のことばかりだ。
あれが、十年も家族として過ごしてきた者の態度なのか?
俺は、それが許せない。今直ぐブランフォード侯爵家を潰してやりたい位だ。
しかし、優しいヴェリティはそれを望まないだろう。
でも、手を差し伸べてから、勝手に自滅していくのは仕方ないよな?」
クレシアは、薄ら笑いを浮かべたままのエミリオンに、途轍もない怒りが潜んでいることを感じ取っていた。
「この後のことは、全てブランフォード侯爵様や新しい奥様の責任でしょう。
私は、ヴェリティ様やお嬢様方のお傍で、皆様がお幸せに暮らすことを見届けたいです。」
「そうか。では、クレシアが見張っていてくれ。
俺がヴェリティやリオラやリディアを幸せにするかどうかを。」
「そんな!私などのような者が見張らなくても、既にお幸せなお顔が想像出来ます。
離れからヴェリティ様を救い出していただいた時、エヴァンス公爵令息様の表情を見て、私はヴェリティ様の運命が回り出したと思いました。」
「運命か…」
「はい。」
「俺は、運命の最愛を掴めたのだな。」
「私は、そう思っています。恐らく、ファーガソン様も。」
エミリオンは、薄ら笑いから本物の笑顔を浮かべた。
その笑顔は、ヴェリティや双子達を想う真実の愛が齎す微笑みだった。
「クレシア、ブランフォード侯爵家を去る日は、馬車を遣わす。真っ直ぐエヴァンス公爵家に来てくれ。」
「畏まりました。ご配慮いただき、ありがとうございます。」
クレシアは、あと数日でヴェリティや双子達に会えると、心を弾ませた。
ヴェリティが離れに移り住んだ日から、ずっと心を痛めていたクレシア。
体調を崩したヴェリティを、エミリオンとコリンヌに託すことしか出来なかったあの日から、クレシアは、ずっとヴェリティと双子達に再会出来る日を待っていた。
「ヴェリティ様、リオラお嬢様、リディアお嬢様、私はこの命が尽きるまで、皆様にお仕えしたいと思います。
エヴァンス公爵令息様、皆様をよろしくお願いいたします。」
騎士と去って行くエミリオンの背中に、クレシアは小さく呟いた。
それは、長きに渡り仕えてきたブランフォード侯爵家との決別を意味していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仕事で出掛けると言っていたエミリオンが帰宅したと耳にし、ヴェリティは急いでエミリオンの私室に向かった。
待ち構えたエミリオンは、ノックと同時にヴェリティに入室を促し、絵を持ち帰ったことを告げると、ヴェリティは驚いた。
「この絵は…」
「返してもらったよ。」
微笑むエミリオンに、ヴェリティはそっと涙した。
「っ!?えっ、何で?」
突然、ヴェリティの瞳から涙が溢れ、エミリオンの動揺が止まらない。
「ヴェリティ、何?どうしたの!?」
ヴェリティが落ち着くまで、エミリオンは優しく抱き締め、時を待った。
「この絵は…私の宝物だから…嬉しくて…」
「びっくりしたよ、急に泣き出すから。そんなにこの絵が大切だったなんて嬉しいけど。」
エミリオンにしがみ付いて、ヴェリティは声を絞り出す。
「リオラやリディアが寮に入って、離れに移り住んで…
エミリオン様にも会えなくて…この絵が心の支えだったと気付きました。
だから、この絵は私の宝物なのです…」
ブランフォード侯爵家の本邸から離れに移り住み、大丈夫、まだ大丈夫、何てことないという気持ちを心の底に押し込めたヴェリティは、エミリオンの絵に励まされ癒されていたことに、改めて気付いた。
リオラやリディアの笑顔と、額縁に彫られた天使は、ヴェリティのぎりぎりの心を支えていた。
エミリオンに救い出され、身体が回復してからも、ヴェリティは絵のことは気に掛かっていたのだ。
その絵が手元に戻り、エミリオンという頼れる夫が居ることで、ヴェリティはあの頃を振り返り、また一つ苦しかった想いを手放すことが出来た。
離れでヴェリティの心を支えた家族の肖像画は、何物にも変え難いヴェリティの宝物なのだ。
「この絵は、俺達の執務室に飾ろう。ヴェリティと片時も離れたくないから、執務室は一緒だよ?」
いたずらっ子のように微笑むエミリオンに、ヴェリティは安心感と、胸がきゅんとするような熱い想いを感じる。
「エミリオン様、愛しています。やっぱりあなたと居ると、胸が騒がしいです。」
「それは良いことだ。そう口にしてもらえると、ヴェリティに愛されているって実感出来る!ついでに、体感させてもらいたいのだが、今からいいか?」
「ーーっ!?今から?何を!?」
エミリオンは、ヴェリティを横抱きにし、ベッドに歩き出した。
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