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52.精鋭部隊
しおりを挟む穏やかな日々が続いているようで、日にちはあっという間に過ぎていく。
今日は、ブランフォード侯爵家に、新しい使用人達を送り込む日だ。
エヴァンス公爵家の広間には、グラナード公爵、エミリオン、ヴェリティ、ファーガソンの他に、執務担当二名、乳母二名、侍女二十名が集まった。
「ヴェリティ、ファーガソン、ブランフォード侯爵家の経験者としての注意事項はあるか?」
「僭越ながら、私の意見を申し上げてもよろしいでしょうか。」
グラナード公爵にファーガソンが伺いを立てる。
「もちろんだ、ファーガソン。君の意見は重要だと思っている。話してくれ。」
「はい。先ずは、ブランフォード侯爵様は外商をお得意とされておりますので、契約以降、支払い完了まで、全てヴェリティ様が行っておられました。
ヴェリティ様はマニュアルをご自身で作成していらっしゃいましたので、そちらをご覧いただき、執務にあたることとなる筈です。
そのマニュアルは、離れの机の引き出しに入っております。」
この時点で、エミリオンは既に薄ら笑いをしていた。
グレイシアが言っていた『どんなに整った顔立ちでも、お兄様が怒りを我慢して薄ら笑いを浮かべると、身の毛が弥立つ程、不気味』というのは、このことだろうかとヴェリティはふと思った。
(エミリオン様…また私達の代わりに怒ってくださっているのかしら…不気味とは思わないけど、私には見せたことのない表情だわ…)
「ヴェリティ、君からは何かあるか?」
グラナード公爵に尋ねられ、ヴェリティは答える。
「契約に関しては、人件費と商品代金は支払い日が違いますので、マニュアルの一覧表にまとめてあります。
ブランフォード侯爵が、大幅に価格を下げて仕入れている業者は、期日に支払いをしないと倒産する恐れがありますので、必ず期日に払ってあげてください。
あと、侍女としてお仕えする皆様は、食事の時間がまちまちなので、毎日確認すると良いでしょう。
その他、社交に関することは、ブランフォード侯爵様が在宅の際に、まとめてお伺いを立てる必要があります。
慣れてくれば、任される可能性もあると思いますが、それまでは都度確認してください。
あと…新しい奥様につきましては、私が分かることはないので、申し訳ありません。
実際にお仕えしてみて、臨機応変に、としか…」
グラナード公爵は頷いた。
「ここに集まった者達は、伯爵家以上の者達で、エヴァンス公爵家の派遣事業では、なかなかの精鋭部隊を揃えた。
一年間の契約だが、満了時にブランフォード侯爵家に残りたい者は、個別に契約して良い。
これから一年、理不尽な扱いを受けた場合、エヴァンス公爵家は、そなた達を全面的に護る。
給金の未払いや遅延があった場合、即撤退し、次の派遣先を紹介する。
心して職務を全うするように。
新しい執事となるクロードには、恐らく苦労を掛けると思うが、些細なことでも判断に迷ったら、遠慮なくエヴァンス公爵家に連絡しなさい。」
「はい!エヴァンス公爵家様にご迷惑をお掛けしないよう最善を尽くして参ります。
ただ、一つ、一年後、ここに集まった全ての者がブランフォード侯爵家を去りたいと申した時も、公爵様は護ってくださいますか?」
「全て、か………まあ、その可能性も否めないな。
分かった、約束しよう。」
「承知致しました。私達、惜しまれる程に職務を全うして参ります。」
クロードは微笑み、他の使用人達も頷いた。
その表情に、これ程までに統制の取れた集団を初めて見たヴェリティは驚いた。
グラナード公爵に対する信頼と忠誠、プロ意識に感動する位に。
「では、皆、頼んだよ。」
「はい!」
子ども達を送り出すかのような優しい顔のグラナード公爵に、皆、笑顔で出発した。
「皆様、とてもお若い方々ばかりですね。」
私が疑問に思うと、エミリオンが答える。
「年寄りは気を遣うからと、あの女に言われたのさ。全く失礼な話さ。
クロードは二十歳だが、執務には秀でた強者だ。
他の者も十六歳から二十歳までだが、経験を積んだ者ばかりだよ。
まあ、あの者達は卒なく働くだろうが、果たして一年後はどうかな?」
エミリオンは不敵に笑うが、ヴェリティとファーガソンは、やや不安げだ。
「そんな顔をしなくて大丈夫だよ。父上は、抜かりなく、あの者達を見守るだろうし、ブランフォード侯爵家を潰すつもりはない。
それに、入れ替わりにクレシアがこちらに来るぞ?」
「えっ?クレシアが??」
「そうだ、エヴァンス公爵家で働いてもらう。
ファーガソン、クレシア、コリンヌは、皆、今まで通り、ヴェリティとリオラとリディアに仕えてもらうよ。
ヴェリティ達の新しい生活を支えてもらうんだ。」
「ありがとうございます。今も良くしていただいていますのに…何とお礼を申し上げたらいいか…」
涙ぐむヴェリティに、エミリオンは焦り、肩を抱き寄せた。
「泣く話じゃないから!クレシアも会いたがっていたから、引き継ぎが終われば、直ぐにでも会える。笑顔で迎えよう。」
「はい!」
ファーガソンは、そんなエミリオンとヴェリティを見て、わくわくしていた。
「ほら、ヴェリティ。ファーガソンは楽しそうだぞ?」
「もちろんです。またクレシアと、コリンヌと私で、ヴェリティ様やお嬢様方と、エヴァンス公爵家様にお仕え出来るなんて、幸せなことですから。」
「ファーガソンも、ありがとう。これからも支えてくださいね。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
恐らく、今のブランフォード侯爵家の使用人達は、ヴェリティを慕って、皆集まるだろう。
そして、ヴェリティはその者達の新たな生活に心を配るだろう。
(我が妻は、とんでもない人たらしだな…)
エミリオンは、ヴェリティを見つめながら、改めて思った。
ーーーーーーー
昨日の近況ボードにてお知らせしましたが、スピンオフとしてグレイシアのお話を公開しております
タイトル
『嫌われ悪女は俺の最愛』
まだこの本編には出て来ていないグレイシアの恋人目線のお話です
本編との兼ね合いもあり、不定期更新ですが、よろしければご覧いただけますと嬉しいです
また、作者をお気に入りに登録していただけますと、新作や続編等の突然の掲載時もお知らせ通知でご確認いただけます
何卒よろしくお願い申し上げます!!
╰(*´︶`*)╯♡
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