妹に婚約者を奪われた公爵令嬢は只今辺境伯に溺愛されています

紬あおい

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95.迷わずに行け




縛られた私は、ドレスに潜ませた短剣ダガーを、身を捩り何とか手にし、後ろ手に縛られた縄を切ろうと悪戦苦闘していた。

(騎士服じゃなくてドレスにしておいて良かったわ。世間知らずの辺境伯夫人が有事の時もふわりとしたドレスを着ていても、ジョクリスは不思議に思わなかったようね。ファルシオンの杖もバレなかったわ!)

一体何時間経ったのか、邸内はどうなっているのか、シェリーヌや領民は無事なのか、私にはまるで分からなかった。

しかし、領民は騎士達の家族であり、シェリーヌは医師だ。
特にシェリーヌは、ジョクリスを疑った程の勘の鋭さを持っている。

私は皆を信じて、一番お荷物となりそうな自分を護る為に動くことにした。
私を縛り上げて閉じ込めたことに油断したのか、幸いジョクリスはあれ以来顔を出さない。

(もう少し、もう少しで縄が切れそう!)

ブツッ

(切れた!でも、これからどうすれば…?)

食料倉庫からのこのこ出れば、また捕まるし、激昂したジョクリスが、他の者を傷付けるかもしれない。
それでは正に本末転倒だ。

私は足首を縛った綱を切りながら、思考を巡らせ、坑道に続く扉を思い出した。

(確か、この辺から出て来た筈。)

私は立ち上がり、ファルシオンと短剣ダガーを持つと、いきなり食料倉庫の扉が開いた。

「お前っ、綱を切りやがったな!?」

言葉と同時にジョクリスの平手が飛んで来て、私は一瞬蹌踉めいた。
しかし、ファルシオンの杖で辛うじて転ばずに済むと、ジョクリスは私を睨みつける。

私はファルシオンの剣のグリップ部分のボタンを押し、鞘の先端のカバーを外した。

「杖なんかついた女が、ここから逃げられると思ってんのか!?」

そして、二発目の平手を構え大きく振り被った時、私は躊躇わずにファルシオンでジョクリスを刺した。
シェリーヌが言っていた腹部の傷の深い部分を目指して、全体重をかけて。

「ぐわっ!クソ、お前っ!!あああっ!」

蹲るジョクリスの声を背に、私は坑道に続く扉を開ける為に壁を押した。
すると、冷たい空気が流れ、坑道が現れた。

(真っ暗だったけど、行くしかないわね。迷っている暇はない!)

私は歩みを進め、坑道側から扉を閉め、完全に閉まったことを確認し、暗闇を歩き出した。

背後からジョクリスの呻き声と怒声が交互に聞こえるが、気にしている余裕はない。

最初はヴェルシスの体型に合わせた坑道でも、あちこちぶつかりながら歩いていたが、しばらくすると暗闇で歩くことに慣れてきて、空気の流れも感じるようになった。

ただ、来た時はヴェルシスに横抱きにされていたので、距離感が全く掴めない。
どれだけ歩いても、岩を嵌めた出入り口には到達せず、流れる冷たい空気だけを頼りに前に進んだ。

(ふぅ…追手は来ないようね…少し休もうかしら…頬が痛いわ…)

しばしの休憩を取ろうと座り込んで、目を開けても閉じても真っ暗な不思議な空間の中、私は眠ってしまったようだ。

タッタッタッタッ!

その時、誰かの足音がして目が覚め、私は緊張で体が強張った。
でも、迷いもなく坑道を走るのは、たった一人しか思い浮かばない。
その足音は、私の直前で止まり、逢いたかった愛しい人の声がした。

「リルア!!!」

(あぁ…来てくれたのね…)

胸がいっぱいで声の出ない私をヴェルシスが抱き上げた。

「リルア、怪我はしていないか!?無事なのか!?」

暗闇の筈なのに、ヴェルシスは私だと確信していた。

「大丈夫よ、ヴェルシス。ちょっと頬を叩かれただけよ。あなたは無事なの?」

「何!?叩かれただと!?ぶっ殺してやる!!」

ひんやりした暗闇の温度が一瞬にして上がったのはヴェルシスの怒りだった。
でも、そんなことよりも私はヴェルシスに逢えた喜びの方が大きい。

「ぁぁぁ…ヴェルシス…逢いたかった…ぁぁあー!」

しがみ付いて泣きじゃくる私の頬をそっと撫で、ヴェルシスは痛い位に私を抱き締めた。

「待たせてしまって、すまない。頬が腫れているな…
俺も逢いたくて気が狂いそうだった…やっと逢えた…」

ヴェルシスが腫れていない方に頬擦りすると、二人の涙が混ざり合い、どちらの涙かも分からなくなった。
私達はしばらくそのまま再会を喜び合い、お互いの温もりを確かめた。

そして、私を抱え、ヴェルシスは邸内に向かって迷いのない足取りで進む。

「リルア、取り敢えず、今は大丈夫だ。」

「皆は無事なの!?」

「ああ、皆、無事だ。邸内の侵入者はフェリスとアンドレが捕縛したし、領民も大丈夫だ。
シェリーヌだけが少し怪我をしたが、命には別状ない。」

「シェリーヌが!?」

「ああ、後でゆっくり話すから、今は少し休め。」

「はい…」

ヴェルシスと逢えてほっとした私は、そのまま意識を失った。
でも、不安な日々を過ごした私は、頬の痛みなど気にならない位、愛する人の腕の中で幸せを噛み締めたのだった。



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